シチリアで10年間星を守り続けた名店が丸の内に誕生「byebyeblues TOKYO」(バイバイブルース トウキョウ)
「バイバイブルース トウキョウ」。1930年、世界的な大恐慌時代のアメリカで生まれた陽気なブルースナンバーを店名に冠したシチリアの名店が、昨年11月、東京・丸の内にオープンした。
“憂鬱よさようなら”の意味を持つその店名だけを聞けば、ハンバーガーやフライドポテトなどを出すカジュアルな店を思い浮かべがちだが、ここはれっきとしたリストランテ。しかも、オーナーのパトリツィア ディ ベネデットシェフは、シチリアの州都パレルモで唯一ミシュランの一つ星を10年にわたり取り続けた実力派シェフだ。
といっても、1991年の創業当初は、サンドイッチなどの軽食を出すバールのような店だったのだとか。それが、1997年、イタリアの五大レストランガイドの一つ「エスプレッソ」で、同店のセミフレッドが“最高のペストリー賞”を受賞したことが転機となり、ハイエンドなリストランテへと変貌を遂げていくことに。
加えて、イギリスやフランスで修業を積んだパトリツィアシェフの料理も評判を呼び、世界中のフーディーたちが、パレルモのビーチサイドにあるこの店に足を運ぶようになると、2010年には、シチリアの女性シェフ初のミシュランの星を獲得! 名実共にシチリアを代表する存在となったこの店を、東京へ招致したのが、20年来の付き合いがあった「サローネグループ」だ。
その出会いは、2002年。「サローネ」の統括総料理長の樋口敬洋氏が、シチリアで最初に修業した店がここ「バイバイブルース」だったことをきっかけに、2016年には日本橋三越でコラボレーションを催すなど様々な交流を深めていった由。そうした中で、パトリツィアシェフ自身も、次第に日本を好きになり親しみを持つようになったそうで、日本出店は、パトリツィアシェフにとっても夢だったというわけだ。統括総料理長の樋口氏もこう語る。
「これまで“イタリアと時差のないリストランテ”をテーマに、イタリアから帰国したばかりの料理人を起用したり、スタッフを研修のために現地へ送り込んだりしてきたサローネですが、コロナによるパンデミックでそれもままならなくなってしまいました。では、“イタリアの今”をどう伝えればいいか——と考え抜いた末の結論が、“イタリアのリストランテそのものを持ってこよう”というものだったのです」
まさにパトリツィアシェフのラブコールとサローネ側の思惑が一致、満を持しての今回のオープンとなったわけだ。
パトリツィアシェフ監修のもと、東京店の厨房に立つのは、サローネグループのエース永島義国シェフと「ロットチェント」で最後の料理長を務めた渡辺政彦シェフ両氏。「サローネ」のお家芸とも言えるWシェフ体制だ。
両名ともオープンにあたり、1カ月ほどキッチントレーニングを受けてきたそうで「シチリア料理伝統の料理や食材を、自らのフィルターを通して創造性あふれる一皿に仕上げるパトリツィアシェフの料理は、実に軽やかです」と永島シェフ。
確かに「季節の白身魚 塩漬けケッパーマリネ」にしても、フレッシュのトマトソースを敷いたり、じゃがいものピューレを添えたりしてはあるものの、盛りつけはシンプル。
白身魚は塩漬けのケッパーでマリネしているそうで、程よく水分が抜け、魚本来の旨味を凝縮させて、素材感を生かしたその味わいは、どこか和食的……と思っていたら、やはり発想は昆布締め。日本で食べた昆布締めを気に入ったパトリツィアシェフがシチリアの食材を使って再現したのだという。
また、シチリアではお馴染みの家庭的な手打ちパスタ「カバテッリ」も、パトリツィアシェフの手にかかれば、洒落たリストランテの一品に昇華する。
海老とイカをあしらった「イカスミのカバテッリィ ヤリイカと高エビ ウニのスプーマ」は「バイバイブルース」のあるモンデッロの海の香りを表現したそうで、イカ墨を練り込んだカバテッリは、海底の火山岩の色に見立てたもの。
海老の赤、イカの白と彩りのコントラストも鮮やかなら、具をすべてパスタと同じサイズにカットし、食感をそろえたバランスの妙も見事。濃厚なウニは、そのままのせるのではなく泡状にすることで、磯の香りを纏わせつつ、味の調和を守っている。
だが、コースを飾る料理の数々の中でも、ハイライト的な逸品といえば、やはり、これ。シチリアでもお馴染みのマグロを用いた「本鮪タジャスカ種オリーブの包み焼き カポナータのジェラート添え」だろう。パトリツィアシェフの“素材のポテンシャルと鮮度を最大限に生かす”というポリシーを、強く感じさせるスペシャリテでもある。
パトリツィアシェフによれば、メッシーナの伝統料理「ギオッタ風魚の煮込み」からヒントを得て生まれた料理だそうで、本来は、魚を黒オリーブと共に軽く煮込んだ家庭料理。パトリツィアシェフは、この料理が持つ味わいのニュアンスは残しつつも、軽くデリケートな逸品に再編集。
魚は、シチリアでもよく食べられているマグロを用い、これを煮込まず黒オリーブとパン粉のペーストを纏わせてオーブンに入れて優しく火入れ。焼き加減はレアにと現代的に仕上げている。
マグロの旨味を生かし、パサつくことなくしっとり半生に仕上げるのは日本仕様?と思いきやさにあらず。永島シェフによれば「シチリアの本店でもレアに焼いていますよ。郷土料理店ではしっかり火を入れていますが」とのこと。このように、あくまでも本店と同じ味に徹している。とはいえ、日本とシチリアでは環境も変わり、同じ食材でも質が異なるのは否めない。
マグロも然り、で、パトリツィアシェフ曰く「日本のマグロは、捕った後の処理が優れているため、味わいがとてもデリケートですが、それに比べてシチリアのマグロはワイルド(な味)」だそうで、その差を補うため、黒オリーブのペーストに一工夫。黒オリーブとパン粉の量を調節して同じ食味になるようにしているそうだ。
そして、コースの掉尾を飾るのが「羊リコッタチーズのセミフレッド オレンジソース」。1991年の開業当時から30年以上作り続けているデザートで「バイバイブルース」が世界に飛躍する契機となった看板メニューだ。パレルモの伝統菓子の一つカッサータをアレンジし、食後でもさっぱりと楽しめるようにとライトな味わいに仕上げている。
パトリツィアシェフは、伝統料理をモダンに作りかえることを“再構築”とは言わず、“再編集”という言葉を使う。そこに、パトリツィアシェフのシチリアへの愛と伝統料理への敬意を感じるのは、筆者だけだろうか。
ランチ7,260円 〜、ディナー24,240円。