楽しんでもらいたいのは、イタリアンというより“おいしい”もの
小石川のイタリアン「In Bosco(インボスコ)」が、神宮前に拠点を移し、カウンター席のみの店として生まれ変わった。オーナーシェフ渡部敏毅さんが迷ったのが、新店をオープンするにあたり、店名をどうするかだった。
これまで大切にしてきたのは、自身が惚れ込んだ食材を一番おいしい形で提供したいという思い。そのため、前店ではイタリアンでありながら、和食や中華、いわゆる洋食などをコースに取り入れ、その枠組みを超えることが多かった。新店ではその思いをさらに表現していくため、イタリアンにこだわることなくいこうと、店名はそのままに平仮名にしたそうだ。
そして、よりライブ感を出してわくわくしてほしいと、席はカウンターのみ。中央のキッチンはまるで舞台のようなしつらえで、料理のベースを担当するひろみシェフの様子を見ながら、渡部シェフの親しみあるトークを聞くことができる特等席仕様となっている。
最初に心を掴まれる、極上のキャビア
「いんぼすこ」では、料理は10品前後でおまかせコースのみ。7~8月は「千葉外房の黒鮑と雲丹のコース」(33,000円)で、秋には国産マツタケ、11月になれば白トリュフを主軸としたコース(コース料金未定)になるなど、約2ヶ月ごとに旬のおすすめ食材に合わせて組み立てられる。
そんな中でも常にコースの最初に提供されるのが「ブッラータ キャビア」。「いんぼすこと言えばコレ」と代名詞の一つにもなる、極上のキャビアとクリーミーなブッラータチーズを組み合わせた一品だ。
「これを食べなければ始まらない」という人もいるほどの「ブッラータ キャビア」は、驚くほどやわらかなキャビアと、濃厚ながらも塩味を抑えたチーズとの組み合わせ。初めて同店を訪れる人は、まずこの一皿で心を掴まれるだろう。
キャビアのやわらかさに驚いていると「小さな缶に入ったキャビアは粒が圧縮されてつぶれてしまうので、うちではこのサイズ。食感がまったく違うんですよ」と教えてくれた。食材について楽しそうに話す渡部シェフの姿が見られるのも、カウンター席ならではだ。
蕩ける生ハムをくるりと巻いて生春巻きに
次の一品も、同店の名物料理。「季節のフルーツと生春巻き」ではこの時期、メロンを添えている。
生ハムとメロンというと王道の組み合わせだが、同店のものはひと味もふた味も異なる。一般的にイメージする大きめにカットされたメロンでは「メロンの味が強すぎてバランスが悪い」そうだ。特にこの日のメロンは熊本産の糖度の高いもので、このサイズであっても生ハムに負けずに甘みと香りをしっかりと感じ取ることができた。
一見するとサラダのように見えるが、生ハムの下にライスペーパーが敷かれているので、手でくるくると巻いていただく。すると、その下にソースが姿を現した。ミントとディルのさわやかなソースが、生ハムの穏やかな塩味と熟成香を引き立ててくれる。
何よりも印象的だったのが、生ハムのやわらかさ。時に、飲み込むタイミングが分からない生ハムがあるが、同店の生ハムは口の中でとろりと蕩けてしまう。衝撃の食感だった。
そしてこの食感は、渡部シェフの絶妙な手さばきで、最適な厚さでカットされるからこそ生まれている。まさに、一つひとつの食材を吟味し、その食材の最もおいしい食べ方を追求しているからこその料理だ。
トウモロコシとウニの甘みが奏でるハーモニー
この日のコースではその後、鰹のタタキなど和の要素が組み込まれたものも提供され、後半にパスタが登場する。
ウニを贅沢にのせているのは、トウモロコシのソースでからめた極細のカッペリーニ。夏らしく、冷たいパスタでいただく。トウモロコシの濃厚な旨味と甘みに、ウニ特有の甘みが見事に重なり合っていた。
同店がかつてイタリアンらしからぬ、と言われた理由の一つに、和食や中華といったメニューがコースに組み込まれている点があるのだが、その和食の要素を支えているのが最高品質とも言える魚介類の調達力だ。
懇意にしている魚屋は、豊洲で高級食材を扱う仲卸。確かな目利きで質の高さに定評があり、過去に提供した鮑では、様々な店を食べ歩く経験豊かな70代の常連をして「これだけ大きな鮑は初めて見た。寿司屋でも見たことがない」と言われたそう。
そういった、こだわり抜いた生産者や仲卸などから仕入れる食材が、同店の強みだ。