年に1回、食べログユーザーからの投票で決まる「The Tabelog Award」。全国に星の数ほどある飲食店から選び抜かれる受賞店。その魅力を伝えるとともに、店主の行きつけの店をご紹介。フレンチ「銀座 大石」の店主が、自信をもっておすすめする名店とは?
〈一流の行きつけ〉Vol.8
フレンチ「銀座 大石」東京
「The Tabelog Award」は高評価を獲得した全国の飲食店の中から、年に一度食べログユーザーたちによって厳選される。どの受賞店もそれぞれに熱烈なファンがいる店ばかりだ。当連載では受賞店の魅力やこだわりと併せて、店主の行きつけの店を紹介してきた。一流店の店主は、いったいどんな店に惹かれるのか? そのラインアップから、ぜひ受賞店のエッセンスを感じていただければと思う。
「一流の行きつけ」最終回となる今回は、2021年、2022年と2年連続でSilverを受賞しているフレンチ「銀座 大石」が登場。いつもベースにあるのは「お客様に楽しい時間を過ごしてほしい」という強い思いだ。その真意とは? オーナーシェフの大石義一氏にお話を伺った。
目指すのは「楽しく食事ができるフランス料理店」
大石氏は東京にある正統派フレンチの老舗「北島亭」で、16年もの間、北島シェフの片腕として腕を振るってきた人物だ。もともとは、地元である北九州市のホテルに勤務していた。ホテルでは宴会や結婚式、レストランなどのあらゆる料理を作っていたという。朝から晩まで、目が回るような忙しさの中、がむしゃらに働く毎日。時にはウェディングケーキまで作ることもあった。でも大石氏にとっては、それが楽しかったのだそうだ。「僕は飽きっぽいので、そうやっていろんなものにチャレンジさせてもらえるのが性に合っていました」
不思議な縁に恵まれ、ホテルに3年間勤務した後「北島亭」で働くこととなる。最初の1年は、提供する料理に触らせてもらうことすらできなかった。やがて先輩が独立のために退職していく中で、少しずつ仕事を任されるようになったという。その後長きに渡り「北島亭」のスーシェフとして実力を積んだ大石氏は、2019年9月に独立し「銀座 大石」をオープンすることになった。
銀座 大石はカウンター12席の店だ。お話好きの大石氏いわく「料理を作りながらお客様と話せるから、このスタイルが自分に向いているかなと思ったんです。フレンチっぽくないので、小料理屋や寿司屋みたいだと言われることもありますが、そう言われるのも嫌じゃない。白いテーブルクロスでかしこまった雰囲気より、このほうが日本人にはなじみがあるし、居心地もいいんじゃないかな」
たしかにフレンチというと、ちょっと緊張しながら、静かに食事をするイメージだ。ハードルが高いと感じる人も少なくないだろう。また、一人では入店できない店も多い。そんな中、大石氏が目指すのは、わいわいとカジュアルに過ごせる「楽しく食事ができるフランス料理店」。ドレスコードやテーブルマナーといった堅苦しいルールはなくし、フレンチの世界へのハードルをぐっと下げた。もちろんお一人様もOKだ。
「一人で来られるお客様には、過ごしやすいよう、僕の目の前の席に座ってもらっています。僕から話しかけたりもしますが、何よりカウンターで次から次へと料理を仕上げていくので、それを見ているだけでも退屈しないと思いますよ」。カウンターを舞台に繰り広げられる大石氏のトークと料理パフォーマンスは、時に「大石劇場」とも称されるほどで、それを楽しみに店を訪れる人も多い。
「僕はトークが自分の武器だと思っています。お客様は店を選ぶ時点で、必ずそれぞれの好みが出てくる。どうせそこで好き嫌いがあるのなら、僕は自分ができることを精一杯やって、振り切るぐらいがいいのかなと思うんです」
【おまかせコース】全15皿を最後までおいしく食べてもらいたい
「北島亭」にいた時は、味はもちろんのこと、その量も持ち味の一つだった。一皿一皿ボリュームがあるので、ほとんどの客は全7品の料理をシェアするのだという。「いろんな料理を少しずつ楽しみたい人が多いのだと思います」。そこで「銀座 大石」で取り入れたのは、コースの皿数を倍に増やし、それぞれを小さなポーションでお客様に提供するというもの。つまり「少量多皿」のスタイルである。
ただいかに少量ずつとはいえ、15皿となればかなりのボリュームだろう。初めて来店する客も最初は「15皿も食べられない」と思うそうだ。でも最後にはペロリと完食できてしまうのが「銀座 大石」のおまかせコースなのだ。
その大きな理由の一つは、バターを使用しないこと。もちろんパイやお菓子など使うべきところには使うが、それ以外のところではできるだけバターの量を抑えている。それゆえ「フレンチなのに軽いね。これなら全部食べられちゃうね」と言わしめ、最後の15品まで楽しんでもらうことができるというわけだ。
大石流フレンチの主役は、ソースではなく食材。だからソースには頼らない。魚を盛りつける時も、まずは素材の味を楽しんでもらうため、ソースは上からかけずに横に添えることが多い。あくまでもソースは、客の好みで味の変化を楽しんでもらうための脇役なのだ。
コースの前半に供される八寸には、ゼリー寄せやテリーヌが少量ずつ、色鮮やかに盛りつけられて登場する。一見和食を思わせるが、一口食べればそこに体現されているのは古きよき伝統のフレンチ。まさに大石氏が「北島亭」で培った16年の集大成がそこにある。時には料理の横に、紫陽花や赤紅葉などを添えることもある。日本の美を感じるようなちょっとした工夫で「きれいだね」「秋だね」と喜んでもらえるのがうれしいのだという。
レストランとして、おいしい料理を出すのは当たり前のこと。そこにプラスαで、どんな楽しい時間を過ごしてもらえるか。料理以外にも、大石氏のフレンドリーなトークやスタッフのサービス、あるいはカウンター越しに楽しむシェフの手さばきや、皿に添えられた季節の花など、そのどれもが客にとっては喜びのタネとなりうるのだ。
大石氏は現在41歳。これからあと30年位は店を続けていくだろう。だから今の時点で「俺はこうやっていくんだ」ときっちり固めてしまうつもりはないという。「お客様が喜ぶことは、これからもどんどん取り入れていくつもりです。立ち止まった時点で終わりだし、そもそも自分が楽しくない。それにお客様だってついてきてくれないですよね」。客に喜んでもらうために進化を続けていく「銀座 大石」がこれからも楽しみである。