年に1回、食べログユーザーからの投票で決まる「The Tabelog Award」。数ある飲食店の中から選ばれた受賞店の魅力を伝えるとともに、店主の行きつけの店を紹介する。焼鳥・鳥料理「鳥しき」の店主が通う名店とは?

〈一流の行きつけ〉Vol.7

焼鳥・鳥料理「鳥しき」東京

全国の高評価を獲得した店の中から、さらに食べログユーザーたちによって厳選される「The Tabelog Award」。受賞店はどれもファンに熱く支持される店ばかりだ。

当連載では受賞店のこだわりや魅力とともに、主人の行きつけの店をご紹介。ぜひ一流店のエッセンスを感じていただきたい。

第7回では2017年から2022年まで、6年連続でGoldを受賞している焼鳥の名店「鳥しき」を紹介する。常に心にあるのは、お客様への気配りと、焼鳥一串一串にこめる熱い思い。そんな店主の池川義輝(いけがわよしてる)氏にお話を伺った。

こだわるのは「お客さまの居心地のいい空間」

辣油は飲み物
出典:辣油は飲み物さん

2007年にオープンした「鳥しき」は、カウンター12席というこぢんまりとした店だ。今や押しも押されもせぬ人気店でありながら、常に心がけるのはお客さまへの気配り。じつは池川氏は、サラリーマンを経て焼鳥の世界へ入ったという異色の経歴の持ち主だ。

都内の下町で生まれ育った池川氏。小学生の頃は商店街が通学路だった。店先に香ばしい匂いが流れる焼鳥屋がお気に入りで、時々買って食べるのが何よりの楽しみだったという。串に刺さった肉といい、炭の香りが染み込んだタレといい、焼鳥は池川氏に非日常を感じさせてくれる特別な存在だった。

「こんなにおいしいものを毎日食べられたら、きっと幸せだろうな」。子ども心にそう思い、焼鳥職人に憧れていたという。

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出典:komug710さん

時は流れ、いざ就職を目の前にした時、池川氏の心に再び甦ってきたのは、子どもの頃に抱いた焼鳥屋になる夢だった。心に決めたのは「お客さまの気持ちが分かる焼鳥職人になる」こと。

当時、焼鳥屋や寿司屋の中には、店主の職人気質が強すぎて高圧的な店もあったという。当然そんな店ではなかなかリラックスできず、食べたものの味もよく分からない。正直、また行きたいとは思えなかった。そんな経験から「もし自分が焼鳥屋を開くなら、お客さまが求めているものを理解できるような店にしたい」と思ったのだという。そしてそのためにはまず社会や人について知りたいと考え、サラリーマンの道から始めることを決めた。

池川氏が就いたのは、人材派遣会社の営業職だった。どんな仕事だったのか?

まずスタッフの派遣先となる会社の希望をヒアリングする。例えば「こんな人材が欲しい」「こんなスキルの人が必要」といったニーズを聞くのだ。そしてどの登録スタッフがその派遣先に適任かを検討し、調整する。要は会社と登録スタッフをマッチングさせるわけだが、そこで終わるわけではない。派遣したスタッフのその後のフォローも、営業の大事な仕事のひとつなのだ。「働いていて、何か困っていることはないか?」「会社の雰囲気は合っているか?」。人の話に耳を傾け、気持ちを汲むことを学ぶにはうってつけの職場だった。サラリーマンとしての社会経験を積んだことが、今の自分に大いに役立っていると池川氏は言う。

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出典:kureaさん

その後、28才から焼鳥店で修業を始めた。師と仰いだのは、焼鳥職人として名を知られていた猪股善人さんだ。それまでは猪股さんの店に、客として足を運んでいたという池川氏。店内にはピンとした清々しい空気が感じられ、まるで寿司屋か小料理屋のようだ。池川氏がそれまで抱いていた大衆的な焼鳥屋のイメージが、大きく変わるきっかけになった。「こんな店をやりたい」。そう思い、弟子入りさせてもらったという。

じつは池川氏は、それまで料理はまったくの未経験。ゼロからのスタートだった。「焼鳥って串に刺して、タレをつけて、炭の上で焼くだけ。正直言って「なんだ、簡単じゃないか」となめていたんですよね」。修業を始めてからは「シンプルなものほど難しい」ことに気づかされる毎日だったという。

また親方である猪股さんからは、日々こんなことを言われた。「お客さまが何を望んでいるのかに気づきなさい」。そう、ここでもまさに「相手が求めているものを理解する」ことを学んだのだ。「苦労の連続でしたね。お客さまへの心配りなど、親方からは足りないことを指摘されてばかりでした」

その後、約7年の修業を経て「鳥しき」を開店。池川氏が常に心がけるのは「お客さまが居心地がいいと感じる店」だ。サラリーマン時代に培った「人の話に耳を傾ける」こと。そして修業時代に親方に教わった「お客さまへの目配りや心遣い」。

寒そうなお客さまにはブランケットを用意し、店内が暑ければクーラーを入れる。カウンターで焼鳥を焼きながらも、目の前にいるお客さまが今何を求めているのか?と心を配る。そう意識して仕事をすることで、お客さまにとって居心地のいい店となり、もう一度足を運んでくれることにも繋がる。池川氏はそう信じている。

一串一串に込めた熱い思い

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出典:みるみんくさん

「鳥しき」は焼鳥や鳥料理を店のおまかせで提供し、お客さまが自分のタイミングでストップをかけるスタイルをとっている。店で使うのは福島県産の「伊達鶏(だてどり)」という銘柄だ。一言で言うと「焼鳥に合う鶏肉」なのだという。柔らかくてしっかりとした味わい。噛むほどに感じる甘み。自然に近い状態で飼育される健康的な鶏ゆえ、内臓にも臭みがない。

直接農家から仕入れており、長年のつき合いの中でお互いに行き来もする。池川氏はどんな育て方をしているのかを実際に農家へ見学に行き、農家からは自分たちが育てた鶏がどう調理されているのかを見に来るのだ。よりおいしい鶏肉にするためにはどうすればいいのか? お互いにコミュニケーションをとり、意見交換を欠かさない。

「僕は届いた鶏をただ焼いているだけじゃないですし、農家さんも出荷したらそれで終わりとは思っていないんです。それじゃいい鶏にはならないですからね。エンドユーザーまでどう届いているのかを、ちゃんと考えてくれている農家さんです」

みるみんく
出典:みるみんくさん

では池川氏の焼鳥へのこだわりはどんなものなのか?

「僕が辿り着いたのは〈焼鳥一本の中に炭の熱や薫香をどれだけ閉じこめられるか? そして鶏の旨みをどう逃さないか?〉ということです」

炭はガスや電気と違って毎日同じ状態ではなく、加減も難しい。肉に火を入れ過ぎれば、ジューシー感はなくなり、パサついてしまう。いかに旨みを残しながら熱々の焼鳥を出すことができるか? まさに「シンプルなものほど難しい」のだ。

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出典:komug710さん

池川氏は自身を「黒子」と称する。

お客さまに対しては、カウンターという至近距離から、いかに自分たちが出過ぎず、且つさりげない心配りで、お客さまに楽しい時間を過ごしてもらえるか?「いつの間にかこんなに時間が経っていた」と感じてもらえるような、居心地のいい空間をつくることができるか?

また店の主役である焼鳥に対しては「どうすれば一番いい状態に焼いてあげることができるか」を常に考えながら向き合っている。一串一串を「この子たち」と呼ぶことからも、池川氏の焼鳥に対する愛情と真摯な思いが感じられる。

「お客さまに対しても、焼鳥一本一本に対しても、自分たちは黒子である」。そんな池川氏の謙虚な姿勢もまた、長年「鳥しき」がファンを魅了してやまない理由のひとつなのであろう。