The Tabelog Award」は年に一度、食べログユーザーからの投票によって決定するレストランアワードだ。その受賞店の魅力とともに、店主の行きつけ店をご紹介。中華料理「イチリン ハナレ」の店主がお気に入りの名店とは?

〈一流の行きつけ〉Vol.6

中華料理 「イチリン ハナレ」 神奈川

高評価を獲得した全国の店の中から、さらに食べログユーザーたちの投票によって決定する「The Tabelog Award」。どの受賞店も食通たちの熱い支持によって選ばれただけに、甲乙付け難い店ばかりだ。

当連載では一流店のエッセンスを感じてもらうべく、受賞店の魅力やこだわりとあわせて店主が通う行きつけの店を紹介する。

第6回は2018年から2022年まで5年連続でSilverを受賞している「イチリン ハナレ」。人と比べず常に自分の料理と向き合うことで、オリジナリティーのある中華料理を生み出す齋藤宏文氏にお話を伺った。

分解と再構築を繰り返しオリジナリティーを追求

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出典:coccinellaさん

「イチリン ハナレ」は2017年、鎌倉にオープンした店だ。齋藤氏は四川料理の名店「赤坂 四川飯店」で料理人としてのスタートを切り、12年に渡って中華料理の修業を積んだ。そして築地の「東京チャイニーズ一凛」の総料理長を経たあと、姉妹店として鎌倉に「イチリン ハナレ」をオープンさせ、現在はオーナーシェフを務める。

築45年の大きな日本家屋をリノベーションしたという「イチリン ハナレ」は、鎌倉駅から少し離れたところにあるにもかかわらず、多くのファンに支持される。

「僕は駅近がいいとは必ずしも思っていないんです。〇〇駅前といった条件で探すよりも、むしろ景観のよさや物件そのものの魅力で選びたい」と齋藤氏は話す。

サプレマシー
出典:サプレマシーさん

齋藤氏が日々意識するのは「料理の分解と再構築」だ。どういうことか? それはつまり「自分の料理に疑いをかける」ことだという。自分の料理をよりおいしくするために必要なのは、ほかのシェフの料理と比べることにあらず。それよりもまず自分自身の料理を疑うこと。もっといい調理法があるんじゃないか? よりおいしいカタチがあるんじゃないか? と。

齋藤氏は言う。「自分が教わり、作ってきた料理を『正しい』と決めつけないこと。それがより料理をよくし、新しい料理を生み出すのに必要だと思っています」

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出典:Hiro45316さん

そして常にその先にあるのは、ほかにはないオリジナルの中華料理を生み出すということだ。「誰も見たことがないゼロイチ(新しい価値を生み出して0を1にすること)をたくさん生み出したいですね。これまで食べたりしたことのないものを作ってみたい。何もないところから何かを生み出すのって、すごく楽しいんですよ。それに人の真似をするよりも、オリジナルを作った方が、自分の納得のいくおいしいものができますからね」

刺激をくれるのは鎌倉のスローな時間とお客様との会話

写真:お店から

そんな齋藤氏が日頃から刺激を受けているものがふたつある。

ひとつは鎌倉の四季折々の自然とそこを流れる緩やかな時間だ。

都心から離れたところに店を出したいと思っていた齋藤氏。「鎌倉に来てから、これまで感じることのなかったものを感じるようになりました。季節の移り変わりや花の美しさ、森の香り。鎌倉では時間もゆっくりと流れています。どれも都心にいたときには気づかなかったものばかりです」

齋藤氏が五感で感じたものは、お皿の上の料理にも投影される。「今まで自分の中になかった感覚が入ってくるので、アウトプットされるものも変わってきますよね」

写真:お店から

そして齋藤氏が刺激を受けるもうひとつのもの。それはお客様と交わされるさまざまな言葉のやりとりだ。

齋藤氏は店をオープンする際、カウンター席にこだわった。それはお客様との距離が近いから。「いろんな店や料理のことを一番よく知っているのはお客さんなんです。料理のことだけでなく、仕事の話をするときもあります。お客さんからたくさんのことを教わり、育ててもらいました。僕が料理人という立場になければ、決して交わることはなかったわけですからね」。だからこそ、そういった縁を大切にしたいという気持ちがうかがい知れる。

「僕は食材を有名シェフが使っているからとか、〇〇産の〇〇だからという理由で選ぶのは好きじゃない。それよりも自分自身がいいと思ったものを使いたいと思っています」

齋藤氏は続ける。「それにはちゃんと自分の目を養わないといけません。でも果たしてその答えが正解なのかは分からない。だからお客さんの反応を見ながら、試行錯誤しています。答えはお客さんが持っているんです」

鎌倉の豊かな自然とお客様の言葉から刺激をもらう。そして料理の分解と再構築を繰り返し、独自の中華のオリジナリティーを生み出してゆく。齋藤氏の言葉の端々には、他者の価値観にとらわれない確たる芯のようなものを感じた。