川島シェフのお題から生まれたレストランのランチコース
レストランの昼のコースは、川島シェフから届くテーマに沿って、長谷川シェフがメニューを考えている。たとえば「葉は落ちて 冬を過ごす」というお題に対して、前菜3品、肉料理、デザートで構成された平日限定のランチコースespecial(4,200円)で表現したメニューがこれだ。
1品目の前菜は「野鹿タルタル 片平あかね タイムの雪」。片平あかねというのは、大和野菜の蕪。それを炙って軽く焦げ目をつけている。一方、野鹿タルタルは、奈良県五條市産の鹿のモモ肉を加熱し細かくミンチにしてマヨネーズ、鮎醤(鮎の魚醤)などを入れてタルタルステーキ風に。その上にクラッシュした氷の雪が覆う、見た目にも美しい一皿だ。「雪ってどんな味だろう?」と思って食べてみると、あら不思議。かすかに甘い味がした。
続いて2品目の前菜は、「結崎ネブカと生きるもの」と名付けられた一品。観世流能楽の発祥地である奈良県の結崎に残る、天から能面と一緒に降ってきた伝説のネギ「結崎ネブカ」が主役の料理だ。甘味のあるこのネギとイカをあわせ、日本料理のぬたのようにアレンジしている。一番下にはレバーペーストを敷き、白と緑は生命の息吹、茶色は大地の力強さが表現されている。
前菜の最後を彩るのは、奈良の食材をふんだんに使った料理。大和郡山市にあった筒井城の城跡や、その周辺で収穫される筒井蓮根をすりおろして蓮根餅にした「筒井蓮根餅 大和当帰とセロリ」だ。「天使の海老」の上に、セロリの葉と、黒キャベツのチッがトッピングされた一皿は、バルサミコ、柿酢、そしてマヨネーズをからめて食すと、なんとも不思議なことに爽やかなお好み焼きの味になっていた。長谷川シェフの遊び心を感じる一品だ。
メインは「黒豆と大和ポークのコッシード」。コッシードとは、スペインの寒い時期に登場する煮込み料理だが、実はこの料理、煮込まれていない。長谷川流にアレンジされたコッシードは、スープを別添えで味わうスタイルで、大和ポークを塩に漬け込んで、低温調理でハムのような味わいに仕上げている。料理とともにスープを楽しめば、コッシードの風味が甦る仕掛けだ。
デザートはパティシエの比留間和貴さんが、同じお題で作った逸品。「さつまいものキャラメリゼ 黒ビールと奈良の蜂蜜のエラード」は、焼いたさつまいもをペースト状にし、上の面をキャラメリゼしてカリカリに。横に添えてある黒ビールと奈良の蜂蜜のアイスクリームは甘さの中にパンチが利いている。すみれの花のクリームと一緒に食すことで、それぞれの味が相乗効果で引き立ち、からみあう。
ちょっと外して人間味を出す。川島イズムが料理の信条
レストランのランチは完全予約制だが、余裕があれば2時間ほど前でも受け付けてくれることもあるそうだ。
川島シェフの「やれるけれど、やらない。きっちり作れるけれど、きっちり作らない。ちょっと外す。するとそこに人間味が出てくる」という言葉を大切にしている、長谷川シェフ。感性あふれる料理にも、その川島イズムが受け継がれている。
だからこそメニューには具体的な言葉を添えたりはしない。訪れる人が、料理や店の雰囲気、スタッフの接客から奈良を感じてくれればいいという。そこに正解はない。ただ心地よい空間で、奈良の食材がたっぷり入ったランチを楽しむだけ。「TOKi」とはそんな場所であり、店なのだ。
※価格はすべて税込