「ついにビリヤニの本格ブーム到来かも」と言うのは、世界中で3,000軒以上のカレー店を食べ歩いてきたカレー細胞さん。本稿では、日本におけるビリヤニの歩みやトレンドとともに、入門からマニア向けまで、都内でおすすめのビリヤニ提供店5軒を教えてもらいました。

教えてくれる人

カレー細胞(松 宏彰)
兵庫・神戸生まれ。国内だけでなくインドから東南アジア、アフリカ南端、南米の砂漠まで3,000軒以上を食べ歩き、Web、雑誌、TVなど各メディアでカレー文化を発信し続ける。月に1回、地方の尖ったカレー店をピックアップし渋谷に呼ぶ「SHIBUYA CURRY TUNE」など、イベントプロデュースも多数。TBS「マツコの知らない世界」ではドライカレーを担当。Japanese Curry Awards選考委員。食べログアカウント:ropefish

ビリヤニ浸透に立ちはだかった二つの誤解

カレー細胞さんに、ビリヤニが日本に浸透していった流れを聞くと「食べログが誕生した2005年の時点で提供している店はありました」と言います。とはいえそれは、在日外国人向けの店などごく一部。その後、2010年ごろからカレー好きを中心に盛り上がり始めたものの、二つの誤解が生じていたのも事実とか。

誤解1:「インドのチャーハン」ではない! 実は手間のかかる炊き込み料理です

ビリヤニは、肉や野菜などの具をスパイスと一緒に炊き込んだ炊き込みご飯。おもにインドやその周辺国で食べられています。

「昔はもっとマイナーでしたから、お客さんはビリヤニがどんな料理かわからない。そこでお店に聞くと、『インドのチャーハン』『インドのピラフ』と説明を受け、その認識が徐々に広まっていきました。チャーハンやピラフは冷凍食品でもおなじみですから、わかりやすさの面ではよかったんです。

でも、その一方で、ビリヤニは手軽に作れる安価な料理として認識されてしまいました。本来は炒め料理じゃないのですが、炒めた“なんちゃってビリヤニ”が先に広まっちゃったり。実際は手間のかかる炊き込み料理で、贅沢なごちそうなんですけどね。こだわっていた数少ない店といえば、神田小川町の『シャヒ・ダワット』とかです」(カレー細胞さん/以下同)

「シャヒ・ダワット」のビリヤニ
「シャヒ・ダワット」のビリヤニ   写真:お店から

その状況を変えた一軒が、2011年に1号店が開業した南インド料理店「エリックサウス」。中心人物の稲田俊輔さんが「インドのパエリアです」と説明し、新たな解釈を普及させたことでビリヤニが本来の地位を取り戻していったそうです。

YamaNe79
「エリックサウス 八重洲店」のチキンビリヤニプレート(M)   出典:YamaNe79さん

「パエリアというのは調理法としても的確な表現。このように『エリックサウス』をはじめ、南インド料理を提供する日本人店主のレストランが本場式のビリヤニを正しい情報とともに提供することで、あるべき姿で認知されていったんです。

ちなみに『エリックサウス』は『インドのクレープ』として紹介されていたドーサを『インドのガレットです』と軌道修正した点でも秀逸。ドーサはクレープのように持ち歩いて食べることはほとんどないですし、スイーツというより食事ですから、事実としてガレットのほうが近いんです」

誤解2:パキスタン式も激うま! 「ビリヤニ=南インド料理」ではない

ただし、結果的に南インド料理店がビリヤニを普及させていったことで、もうひとつの誤解が生まれることに。それが、ビリヤニ=南インド料理であるというイメージです。

「ビリヤニはインド中南部の都市・ハイデラバード式が有名なので、間違いとも言い切れませんが厳密に言えば違います。なぜなら、ビリヤニは南アジア地域におけるムスリム文化圏の料理だから。インド以外にもビリヤニはありますし、たとえばパキスタン式のビリヤニは激ウマです」

*あんこ*
埼玉・八潮のパキスタンレストラン「カラチの空」のビリヤニ   出典:*あんこ*さん

北インド料理店で本格ビリヤニが提供されにくかった大きな理由は、手間がかかり仕込みが大量になるビリヤニを出すメリットがあまりないから。米食中心の南に対し、ナンなどのパンが先に知られた北インド料理とは相性がよくないと思われ、お客さんからのニーズが少なかった点も挙げられます。

「その後2015年ぐらいから少しずつ、カレー好きの間で現地出身者のコミュニティがある地方都市が注目を集めはじめました。首都圏で言えば埼玉の八潮市、千葉の野田市に行徳、群馬の伊勢崎市といったパキスタンコミュニティ。そして『パキスタンのビリヤニは見た目が美しいしおいしい!』として広まり、近年やっとビリヤニの地域差が認識され、誤解も解けはじめたところですね」

ビリヤニ拡大のきっかけは、やっぱりアレだった

都内で初めてビリヤニ専門店をうたったのはどこかと聞くと「店名に『ビリヤニ』を用いた日本人向けの店という点では、品川の『ティッカアンドビリヤニ(現在の「サルマ ティッカアンドビリヤニ」)』が先駆けだと記憶しています」とカレー細胞さん。

ヘリング
「サルマ ティッカアンドビリヤニ」のビリヤニ   出典:ヘリングさん

「僕が食べログに口コミを書いたのが2010年なので、10年以上前ですね。当時はビリヤニ自体がマイナーでしたが、同店はそのあと上野、銀座、天王洲などに支店を出して、なかでも立地のいい銀座店がカレー好きの間で有名になりました。ここはインド人オーナーの店で、南北両方のインド料理を出すタイプですね。いずれにせよ『エリックサウス』同様、ビリヤニ普及に貢献した一軒だと思います」

カレー細胞さん曰く、カレー好きが地方のビリヤニに注目し始めた2015年ごろから、一般層でもビリヤニの存在がジワジワ拡大。感覚として、市民権を得たと言えるのは2019年ごろではないかとのこと。とはいえ、その間特にエポックメイキングな出来事はなかったといいます。では、なぜ広まっていったのでしょうか?

「もっとも考えられるのはインスタグラムの影響。カレー界で言えばまず、写真映えするスパイスカレーやミールスがインスタの恩恵で注目を集めたんです。で、時々一緒に写っているビリヤニやドーサが目に留まり『何これ? 食べてみたい!』と。時を同じくして各メディアやインフルエンサーなどが紹介し、徐々に広がっていったと思います」

トレンドはおひとり様?

では2021年現在、ビリヤニにトレンドがあるとしたらどんな傾向があるのでしょうか。カレー細胞さんは、あえて挙げるとすれば「おひとり様ビリヤニ」だと言います。

「味わいなどに傾向はあまり感じません。ただ、そもそもビリヤニは一度にたくさん炊いて大勢で味わう料理。それがコロナ禍なので難しいという点と、もともと拡大していたおひとり様需要によって、少量で食べられるビリヤニに注目が集まっています。

また、これは実体験なんですけど、コロナ禍になる直前の2020年の2月にイベント『SHIBUYA CURRY TUNE』を開催し、石川・金沢の『ジョニーのビリヤニ』を招へいして“一人前から食べられます”とうたったら、若い女性を中心に大行列ができたんですね」

じゅみりん
「SHIBUYA CURRY TUNE」で提供された「ジョニーのビリヤニ」のビリヤニ   出典:じゅみりんさん

「うれしさと驚きで、彼女たちに来てくれた理由を聞いたら『ビリヤニに興味があったけど、一人でビリヤニの店に行くのはハードルが高かった』と言うんです。その後、コロナ禍ということで『ジョニーのビリヤニ』は少量パックの冷凍ビリヤニ販売を強化するんですけど、これも大ヒット。『おひとり様ビリヤニ』は、いま最高にアツいですよ」