フードライター・森脇慶子が注目の店として訪れたのは、昨年11月、東京・四谷三丁目にオープンしたフレンチビストロ「haru」。かつては、ジビエフレンチの名店「エレゾハウス」の料理長として腕を揮った実力派シェフによる、おいしさと癒やしを求める人に打ってつけのレストランへ、いざ。

【森脇慶子のココに注目 第27回】「haru」

レストランの語源を辿れば、ラテン語で“良好な状態にする”、或いは“回復する”の意味を持つ「restauro(レスタウロ)」に由来する。そう、レストランとは本来、身体や心が元気になれる場所であるべきなのだ。

グランメゾンや高級割烹など非日常的な空間で味わう極上の料理は、確かに気分を昂揚させ、いつもと違うトキメキ感と活力を与えてくれる。けれども、あまり気を張らずに食事をしたいというときに格好の癒やし系レストランがここ。昨年11月16日、人知れずオープンしていたフランス料理店「haru」だ。

場所は四谷三丁目。表通りから一歩入った路地に整然と佇む隠れ家のような店構えながら、堅苦しさはゼロ。カウンターのみのこぢんまりとした店内は、しっとりとした落ち着きがあり、妙に居心地が良い。どこか温かな空気が漂うのは、ご主人・田中郷介シェフが醸し出す穏やかなオーラのせいかもしれない。「いらっしゃいませ」とにっこり微笑むその優しい笑顔に出迎えられれば、初めて訪れた店にもかかわらず、ホッと打ち解けた気分になってくる。

「ここでは、お客様のご要望にできるだけ応えられる店にしたいんです」。田中シェフがこう思うようになったきっかけは、以前、白金にあった「オー・ギャマン・ド・トキオ」(現在は恵比寿)の木下威征シェフとの出会いにある。

田中郷介シェフ

「木下シェフの店は、オープンキッチンでの見せる仕事の先駆けだったと思うんです。ただ料理がおいしいというだけでなく、どう見せるか、如何にお客様を楽しませるか、そのライブ感溢れるスタイルには感動しました」

加えて、メニューがあって無きがごとしのフレキシブルな木下シェフの料理作りにも刺激を受けたとか。ここでは、そんな遊び心も取り入れていきたいと語る。それゆえのカウンター席で、料理は6皿8,000円(税抜)のおまかせコースが基本。私が春に訪れたときの献立は次の通りだ。

アミューズ:ふきのとうのコロッケ
一皿目の前菜:フォアグラのコンフィ
二皿目の前菜:鴨のパテとクスクスのサラダ
魚料理:真鯛のポワレ みかんのソース
肉料理:ビゴール豚の肩ロースのローストソースロベール
デザート:クレームダンジェ
コーヒー

肉への洞察力と肉焼きの腕を見込まれて「エレゾハウス」の料理長に抜擢されただけに、肉の火入れへのこだわりぶりは人一倍。「肉の味は、飲んでいる水や餌、環境で大きく変わります。ジビエはもとより、牛や豚にも個体差があり、それらを一様に焼くのは難しい。

ひとつひとつの肉質を的確に見極め、個体差を意識して焼くようにしています」と、田中シェフ。現在、店では、仔羊、鴨、豚に牛肉など様々な肉を用意。シンプルに焼いて出すことが多いようだ。

「鴨のパテとクスクスのサラダ」

前菜に登場したサラダ仕立ての鴨のパテは、ややしっかりめの歯ごたえが印象的。聞けば、通常よりも高めの温度と長めの焼き時間で仕上げているそうで、それも野菜と共に口にすることを考えてのこと。添えてあるデコポンの甘酸っぱさとの相性上々だ。

「ビゴール豚の肩ロースのローストソースロベール」

メインのビゴール豚は、フランスはピレネー山脈の麓にある広大な牧草地で、放し飼いで育てている豚。フランス最古の原種ともいわれ、野生に近い肉質の豚だ。それゆえ、火を入れすぎるとすぐに硬くなる。ある程度時間をかけ、控えめに火を入れているそうで、フライパンで焼き色をつけた後、180℃のオーブンで10分程度焼き、その後10分休ませたら、今度は180℃のオーブンで温める程度に約5〜6分火を入れれば完成だ。

焼き色も芳ばしい肉塊を頬張れば、ガシっとした歯ごたえの中、噛みしめるうち、豊かな旨味を伴った肉汁が味らいに沁み渡る。じんわりとコクのあるおいしさは、それだけでも十分旨いが、クラシックなマスタード風味の白ワインソース“ソースロベール”と共に味わえば、正統派フレンチの片鱗を楽しめる。

料理は基本的に季節ごとに変えていくそうだが、その構成は融通無碍。お客様の食べ方や食事の進み具合、お酒を飲んでいるかいないかなどなどさりげなくアンテナを張り巡らせ、出す料理の順番や量、盛り付けや味付け等々を田中シェフは変えているのだ。

「クレームダンジェ」

「その場のお客様とのコミュニケーションの中から料理を決めていく」のが、いわば田中スタイル。それゆえ、ここでは、「野菜をたっぷり食べたい」とか「ワインのつまみ的な料理を中心にして」などなど自身の好みを積極的にシェフに伝えるのが得策だ。2回、3回と通ううち、田中シェフの方で客の好みを把握。その人それぞれに合わせた味付け、料理をしつらえてくれるはずだ。

常連ともなれば、食べたい料理をリクエスト。自分だけのオートクチュールコースも夢ではない。とはいえ、いきなりでは無理。次回の予約の際にさりげなく要望を伝えると良いだろう。通うほどに味わい深くなる――。まさに行きつけにしたい一軒だ。

※時節柄、営業時間やメニュー等の内容に変更が生じる可能性があるため、お店のSNSやホームページ等で事前にご確認をお願いします。

※外出される際は、感染症対策の実施と人混みの多い場所は避けるなど、十分にご留意ください。

※本記事は取材日(2020年3月末)時点の情報をもとに作成しています。

取材・文:森脇慶子

撮影:佐藤潮