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〈自然派ワインに恋して〉
シェフの料理とマリアージュするのは、自然派ワイン。そんなレストランが増えている。あの店ではどんなおいしい幸せ体験が待っているのだろう。ワインエキスパートの岡本のぞみさんが、自然派ワインに恋して生まれたお店のストーリーをひもといていく。
ナビゲーター
岡本のぞみ
ライター(verb所属)。日本ソムリエ協会認定ワインエキスパート、日本地ビール協会認定ビアテイスター/『東京カレンダー』などのフードメディアで執筆するほか、『東京ワインショップガイド』の運営や『男の隠れ家デジタル』の連載「東京の地ビールで乾杯」を担当。身近な街角にある、食とお酒の楽しさを文章で届けている。
昨年から神泉ナチュラルワイン地帯の人気店に
いま、「奥渋」や「裏渋」と呼ばれる渋谷・神泉エリアは、ナチュラルワインのレストランやバーが増え、飲食店をはしごして楽しむ人でにぎわっている。昨年あたりから人気急上昇なのが「ENRICO(エンリコ)」だ。
店内は10席のカウンターのみのスタイル。奥の席は料理ができあがる様子がわかり、手前はワインセラーがショーケースのように見える席。どちらに座っても楽しめて、1人や2人で訪れるのに使い勝手がいい造りになっている。
オープンは2019年12月。店が街に浸透する前にコロナ禍になってしまったことから苦労したそう。当初はイタリアワインバーだったが、お客様に喜ばれるものに柔軟に対応した結果、「イタリア郷土料理とナチュラルワインの店」になった。このお客様に合わせたサービス精神がいまのエンリコの軸になっている。たとえば、グラスワインは常時20種類。これは1〜2名の客が多いため。ほかにも、「白ワインのみ」や「オレンジワインのみ」というリクエストでも応えられるよう、新しいボトルもどんどんグラスワイン用に開けられている。
そんな店のイズムを受け継いでいるのは、シェフの今野凌さんとソムリエの山岸加奈子さん。山岸さんはそれまでホテルやフランス料理店でサービスをしてきたが、エンリコに通っているうちにナチュラルワインに開眼し、ソムリエとして入店した。「あまりワインのスタイルに縛られず、どんなお客様の好みにも応えたい」と、気持ちのいい笑顔を見せてくれる。今野さんは食べログ ピザ 百名店でもある軽井沢のイタリアン「ア フェネステッラ」などで腕を磨き、素材の持ち味を活かしたシンプルな調理法の中に「うまい!」と素直に言える工夫を重ねている。
トリュフオムレツ✕深みピノ・ノワール
メニューはアラカルトで注文できる小皿料理が中心。定番料理の一つで、小皿とはいえボリュームとインパクトがあるのがトリュフオムレツ。「永光卵という千葉・君津産の味も色も濃い卵に出会って発想したメニューです。卵の気泡を使って巻きながら焼いているのでふわふわの仕上がりになっています」と今野シェフ。味の強いオムレツがトリュフの香りをまとっていながら、柔らかな食感というギャップに完全にノックアウトされた。
トリュフオムレツにペアリングしてもらったのは、南アフリカのピノ・ノワール。「オムレツの卵の味が強いので白ワインではなく赤ワインにしました。トリュフに合わせてスモーキーなニュアンスがありつつ、口の中で広げてくれるような深みのあるピノ・ノワールです」と山岸さん。トリュフオムレツの味を、さらに芳醇にエレガントにするピノ・ノワールの力にうなるほかない。最初からの贅沢すぎる組み合わせに、次に何がくるのか期待が高まる。
花ズッキーニのフリット✕蜜感シャンパン
次は見た目から食欲をそそる「花ズッキーニのフリット」がやってきた。旬の花ズッキーニの花の部分にリコッタチーズとプローヴォラチーズ(モッツァレラチーズの燻製)を詰めて、パン粉ではなく小麦粉や卵などを衣にして揚げたもの。今野シェフ曰く、イメージはアメリカンドッグ。「外はカリッと中はもちっとした中毒性のあるメニューで、この時期になると常連さんがこれ目当てでやってきます」と今野さん。2人で来ても独り占めしたい味。産地を変えて5〜6月くらいまでオンメニューされているので、この期間にぜひ味わってほしい。
フリットには、クリスピーなシャンパンをペアリング。「ムニエという黒ブドウを使った厚みのあるシャンパンです。青りんごや蜜っぽい酸がリコッタチーズのさわやかさを引き立てます」と山岸さん。ドライだがほがらかなシャンパンで、どんどん食欲がわいてくるような組み合わせだった。
玉ねぎとろとろパスタ✕果実凝縮・赤ワイン
パスタは今野さんによる手打ちメニューが中心。コルドネッティは「靴ひも」を意味するイタリア語で中太のスパゲッティ状の手打ちパスタのこと。「新玉ねぎがとろとろになるまで火を入れています。一皿で半分以上の玉ねぎが入っているので、旨みと甘みの塊です(笑)」と今野さん。とろける玉ねぎがパスタに絡みあってこれでもかというほど、旨みが口に広がった。一言で言うと、たまらない味!
「パスタがヴェネト州の郷土料理だったので、同じヴェネト州の陰干しブドウを使った果実の凝縮感のあるワインをセレクトしました。ベリーの果実感や酸味、旨みが詰まったワインなので玉ねぎの旨みや甘みにも十分に寄り添えます」と山岸さん。豊かな味わいがあるもののクリアな透明感もあり、パスタと十分にマリアージュしつつ洗練された印象に。かなり満足度の高い組み合わせでしっかり締められた。
山岸さんの「私が恋した自然派ワイン」
山岸さんは自然派ワインを好きになったきっかけのワインをあげてくれた。
「元々、ホテルやフランス料理の店で働いていたので、自然派ワインは飲んでいなかったんです。昔はマイナスなイメージもありました。それをくつがえしてくれたのがペーター・ワーグナーの白ワインです。
当時はフランスワインばかり飲んでいたので、ドイツというのも珍しくさらに自然派ワインというのに驚きました。シャルドネの乳酸がきれいで飲みやすいワイン。さわやかでふわっとした飲み心地もよくて、おすすめです」
ヨーロッパの自然派ワインをラインアップ
エンリコではヨーロッパの自然派ワインを中心にラインアップ。店の入口にあるウォークインセラーで保管されている。ボトルは約200種類(6,500〜35,000円)、グラス20種類(900〜1,800円)を用意。きれいめな自然派ワインが中心だが、にごりが好きな人のために丁寧に澱引きされたタイプもある。松濤という閑静な住宅街の場所柄、クラシックなワインも取り揃え、自然派のボルドーグランヴァンや、ブルゴーニュのバックヴィンテージ、イタリアのバローロなどもある。好きなタイプを伝えて、オーダーしてみよう。
エンリコ人気の理由はサービス精神
エンリコ人気の理由は、もうおわかりいただけただろう。料理にも、ワイン選びにも、とにかくサービス精神にあふれていた。料理はイタリアの郷土料理がベースにありつつ、素材のよさを活かす調理法の工夫がある。その素材自体も今野さんが来る途中に産直マルシェに立ち寄っていいものを吟味して買い付けているそうだ。山岸さんからも「NO」と言わないワイン選びの姿勢が感じられた。選んだワインのエピソードも笑顔で話してくれるだろう。神泉のナチュラルワイン地帯巡りを計画したら、まずエンリコを予約しよう。
※価格はすべて税込。