〈今夜の自腹飯〉

予算内でおいしいものが食べたい! インバウンドや食材の高騰で、外食の価格は年々上がっている。一人30,000円以上の寿司やフレンチもどんどん増えているが、毎月行くのは厳しい。デートや仲間の集まりで、「おいしいものを食べたいとき」に使えるハイコスパなお店とは?

若きオーナーシェフが腕を振るう「胡同三㐂」

小田急線の祖師ヶ谷大蔵駅から歩いて2分のところにある「胡同三㐂」。オーナーシェフの大城さんは、東京農業大学短期大学部で栄養学を学び、卒業後は「グランドハイアット東京」に入店。さらに中華料理の名店「ジャスミン」で修業を積み、2019年5月にこの店をオープンさせた。

昭和30年代から続く「まるよし横丁」の一角にある「胡同三㐂」。

祖父、そして父が中華料理の料理人という大城さんだが、お父さんは当初、大城さんが料理の世界に入ることを反対したという。しかし幼い頃から、祖父や父の味で育った彼は、当たり前のように中華料理の道に入って料理人となった。反対していた父も今ではこの店で頑張る大城さんを応援してくれているそうだ。

 

さらに修業時代の「ジャスミン」では、師匠との出会いが大城さんの大きな転機になった。そこで料理の技法や味だけでなく、料理人としての心構えも学んだ。そして独立後はその教えを守りつつ、厨房に立っている。また「ジャスミン」では人生のパートナーとも巡り合い結婚。いまは奥様と二人三脚でこの店を切り盛りしている。

小さい頃食べた味に、シェフならではのひと手間が加わった料理

大城さんが小さい頃から食べていた料理が、この店のメニューとなることも多い。なかでも代表的なのが「おじいちゃんの肉だんご」と、「大城さん家の焼き餃子」。しかしどちらも昔の味をそのまま提供するのではなく、そこにシェフの一工夫がきらりと光る。

たとえば「おじいちゃんの肉だんご」。この料理は「おじいちゃんの~」という料理名の通り、祖父が作ってくれた肉だんごをベースにしている。だが祖父が作ってくれたものは肉がギュッとつまった、どちらかというと歯ごたえがあるものだったそう。

「自分がおいしいと思った料理だけを提供したい」と、オーナーシェフの大城昌宏さん。

それに対して店で提供するものは、箸でつまむと崩れてしまいそうなぐらいフワフワで柔らかい。その秘密は木綿豆腐をつぶして、肉に混ぜ込んでいるから。これは大城さんの祖母に習った作り方で、そこに祖父の秘伝のたれをからめて完成させる。つまりこの肉だんご、実はおじいちゃんとおばあちゃんの合作の一皿なのだ。

げんこつぐらいの大きさの「おじいちゃんの肉だんご」。揚げてから圧力鍋で煮て、さらに調味液に浸して冷ます。そして食べる直前に蒸してテーブルに並ぶ。手間がかかっている。

家庭の味をもう一つ。「大城さん家の焼き餃子」は、水天宮前の「ロイヤルパークホテル 中国料理 桂花苑」で現在、料理長を務めているお父さんが、大城さんが子供のときに作ってくれたもの。しかしそのままでは終わらせず、そこに中華料理店としてのテイストを加えて提供している。なお、餡は肉1に対してキャベツが5と、あっさりしていて、何個でも食べられる。

親戚が集まると、食卓に必ず並んだという「大城さん家の焼き餃子」。

餃子は、ぜひ食感も楽しんでほしい。焼き餃子といっても、焼くだけでなく、そこにはシェフならではの工夫がある。ボイルした餃子を水切りして、揚げ焼きにする。このゆでる、焼くの工程を行うことで、なかはフワフワでジューシー、そして皮はパリパリしていて、歯ごたえがいい餃子が完成する。一人前は5個だが、おひとり様の場合は、3個からオーダーが可能。

修業先の名店「ジャスミン」の味も、大城流に再現

先に述べたように、シェフは名店「ジャスミン」で修業した経歴を持つ。その店の看板料理「よだれ鶏」も、オリジナルの味を守りつつ、そこに大城流のアレンジが加わり、「ジャスミン」とはひと味違った料理になっている。同店の低温調理蒸し鶏を使った「よだれ鶏」は、しょう油ベースにラー油が入ったタレが自慢。特にラー油は、「味覚には自信があるんです」というシェフならではのヒミツの隠し味が入っている。ここに修業時代のレシピをそのまま再現するのではなく、大城さんのこだわりがある。

料理人の家系で育ったため、小さい頃から本格的な中華を食べている。だから香辛料の特性も、知り尽くしている。

この「よだれ鶏」をオーダーするときは、ぜひ「大城さん家の焼き餃子」も注文してほしい。「よだれ鶏」を食べ終わったあとに、残ったタレを餃子にからめると、優しい餃子にパンチが生まれて、また別の味になる。この店の「よだれ鶏」は、タレにうまみが詰まっているので、最後の一滴まで、残さず食さないともったいない。

「低温調理蒸し鶏 よだれ鶏」の肝ともいえるタレは、餃子との相性がバツグンに良い。

シェフ渾身の一皿は、この店でしか味わえない

オーナーシェフの大城さんは、伝統的な味もしっかり継承するが、その一方で彼が作るオリジナルのメニューも充実している。「塩漬け肉と発酵白菜と野山椒スープ」は、修業で培った料理方法を踏まえつつ、さらに若いシェフならではの感性が光る味付けだ。

「辛い」だけでなく、「おいしい」と思える料理を目指している大城さん。「塩漬け肉と発酵白菜と野山椒スープ」はまさに、大城さんの目指す味だ。

まずは発酵液を作るため野菜くずを入れて一次発酵をし、その液に白菜を3日漬けこむと、ちょうどいい酸っぱさの漬物「発酵白菜」が完成。そこに野山椒(発酵した青唐辛子)をいれて、スープを仕上げていく。具材は塩漬けにして脂の甘みが増した豚肉。トロトロの白菜とは対照的に、たけのこ、レンコン、マコモダケなどほかの野菜はシャキシャキとした食感で、食べ応えがある。

 

スープを口に含んだ瞬間「辛い」と感じるが、白菜を食べると口の中に酸味が広がる。これなら、辛いのが苦手な人も食べやすいだろう。優しい色合いの白湯ベースのスープには、たくさんの変化球が詰め込まれていた。

「おいしいものが食べたい」と思ったときに通う店

ミニランチコースはコスパが良いと、地元の人たちに評判。コースではまず「三㐂前菜3種盛り合わせ」と、「大城さん家の焼き餃子(2個)」が出てくる。主菜は「黒酢の酢豚」か、「エビのマヨネーズソース」のどちらかを選択。そして食事の最後は「鶏白湯麺」でしめる。これにデザート、中国茶がついて2,400円と、ちょっと贅沢したい日のランチにおすすめだ。

築60年の建物をそのまま使っている店内は、温かい雰囲気に包まれている。テーブルも広く、子供連れでもゆったりできる。

料理に合う紹興酒も充実しており、グラスでオーダーできるものが16種類もある。人気なのは「紹興酒3種飲みくらべ」1,200円~。紹興酒のことがよくわからない人は、「すっきりした口当たりのものが飲みたい」など、ざっくりと注文すると、3種類のそれぞれ違った味のものをチョイスしてくれる。

 

中国料理は広東料理、上海料理など色々あるが、とくにジャンルにはこだわらず、お客さんが「ちょっとおいしいものを食べたい」と思ったときに、通ってもらえる店を目指しているそうだ。子供の頃、おじいちゃんやお父さんの作った料理を、親戚一同でわいわい言いながら食べた楽しい思い出を、この店に訪れるお客さんにも作ってもらいたいと大城さんは思っている。

【今日のお会計】
■食事
・低温調理蒸し鶏 よだれ鶏 1,630円
・塩漬け肉と発酵白菜と野山椒スープ 1,230円
・おじいちゃんの肉だんご 1,630円
・お一人様限定 大城さん家の焼き餃子(3個)400円合計 4,890円

※価格はすべて税抜

 

取材・文:谷口素子(grooo)

撮影:大鶴倫宣