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【噂の新店】「VILLA COMMUNICO」
奈良県奈良市。鹿が行き交う若草山の麓に、美食家たちがわざわざ足を運ぶオーベルジュがある。5室の客室とレストランからなる「VILLA COMMUNICO/ヴィラ コムニコ」だ。奈良の食文化を現代にアップデートさせた薪火料理と、奈良特有ののどかな“大和時間”の両方を味わう、1泊2日のレポートです。
教えてくれる人

船井香緒里
福井県小浜市出身、大阪在住。塗箸製造メーカー2代目の父と、老舗鯖専門店が実家の母を両親に持つ、酒と酒場をこよなく愛するヘベレケ・ライター。「あまから手帖」「dancyu」「BRUTUS」などでの食にまつわる執筆をはじめ、「dancyu.jp」で連載「大阪呑める食堂」を担当。食の取り寄せサイトや、飲食店舗などのキュレーションもおこなう。「Kaorin@フードライターのヘベレケ日記」で日々の食ネタ発信中。
若草山の麓に誕生したガストロノミック・オーベルジュ

かつて東生駒でリストランテ「communico」を開いていた堀田大樹シェフが2024年9月、新たな挑戦に出た。自店を移転させると共に、ガストロノミック・オーベルジュを誕生させた。
「生まれ育った奈良の地で料理をするということを、より一層、突き詰めていきたい」。そう話す堀田シェフは、原始的な薪火を操ることに主軸を置く。そこには、奈良ならではの食文化を深掘りするとともに、この土地らしい悠久の歴史と今をタイムワープさせながら、食の未来を見据えた堀田シェフの個性が光る。

薪火が導き出す、奈良食材の潜在能力
テーブル席をゆったりと配した、レストラン空間。窓の向こうには若草山がそびえ、旅情をかき立てる。フロアに目を向けると、昔ながらの「おくどさん」をモチーフにしたオープンキッチンがあり、中央には特注の薪台が存在感を放っている。
薪火を扱うに至った理由を、堀田シェフはこう話してくれた。「薪火によるスモーキーな香りを目的にするのではなく、薪を用いることで、奈良ならではのローカル食材の“ピュアな部分”を引き出したいのです」

「VILLA COMMUNICO」開業前、堀田シェフはスペイン・バスク州へ出向き、薪焼き料理の一つ星レストラン「チスパ」前田哲郎シェフの下で、薪火の本質を徹底的に学んだという。ディナーは宿泊客以外でも利用が可能。12品前後で、28,600円(サービス料10%別)となっている。その一部を紹介しよう。

アミューズは3皿登場(美和馬 ビーツ/さつまいも カチョカバロ/玄米 アマゴ)。中でも「玄米 アマゴ」には吉野川で獲れるアマゴを使用。「現地で馴染みのある甘露煮からヒントを得て」、ペドロヒメネスの濃密な甘みが、確かに川魚の甘露煮を彷彿とさせる。奈良産ヒノヒカリの玄米チップスの香ばしさがいいアクセントに。

続く一品は「生まれたてのモッツァレラ キャビア」。奈良市「植村牧場」の牛乳を使った作りたてほやほやのモッツァレラチーズ。「スタッフの一人が、水牛乳チーズ職人・竹島英俊さん(木更津「クルックフィールズ」)の下で研修させていただきました」。そのモッツァレラはまろやかでコクの深い味わい。薪の遠火でスモークしたという昆布〆キャビアの、塩気と優しい芳しさが上品に調和する。

温前菜「人参 薔薇 レバー」を味わい、目を見開いた。人参が、ここまで深みのある甘みと香りを持ち合わせていたのだと驚愕。「ローストした後、半日かけてオーブンで低温調理しています」と堀田シェフ。バラの香りのビネガーが、人参の甘やかな香りを助長。さらに、人参のピュレはタイムがふんわり香り、添えられた奈良産「倭鴨(やまとがも)」のレバーのムースはふくよかな味わい。「僕たちの強みは、野菜や家畜をはじめ、素晴らしい食材を育む生産者が身近にいらっしゃること」。続くパスタにも、その“強み”が窺える。

「三輪手延べパスタ アオリイカ チーマディラーパ」には、セモリナ粉を用い、手延べそうめんの伝統技法で作り上げた「手延べパスタ」を用いる。その麺はもっちり滑らかな質感で、くたくたのチーマディラーパの香りやイカの甘みが響き合う。イカには自家製キウイ酢を纏わせていて、締まりのある余韻も心地よい。
続くパスタ料理「トルテッリ 里芋 椎茸 倭鴨 トンカ豆」は、目の前でパスタを伸ばし、里芋のペーストを包むところから始める。どのテーブル席からも、シェフの調理を至近距離で見ることができるのも、このレストランの醍醐味だろう。
薪火でグリルをした菊芋をアイスに仕立て、アマゾンカカオを組み合わせたデセールに至るまで、スモーキーな香り一辺倒ではない「素材のピュアな味を追求するための薪火使い」が実に印象的。さらに、奈良ならではの郷土らしさと、ローカルな食材の底力が、見事に融合していた。

レストランの入り口にある貯蔵庫には、アンチョビなどイタリア食材や、青大豆味噌、柿酢といった、奈良で古くから親しまれている発酵食材が所狭しと並ぶ。「土地のものを活かす」という彼の信念が見てとれるのだ。
次世代へと繋がる「奈良の郷土料理」とさえ感じる、堀田シェフの奈良愛と独創性に満ちたコース構成、ぜひご堪能あれ。
自然の中にあるものをテーマにした全5室

オーベルジュへという新たな展開。その意図を堀田シェフはこう話す。「食事はもちろんのこと、奈良特有ののどかな“大和時間”をゆっくり感じながら過ごしていただきたいから」。
5つの客室それぞれのコンセプトは異なり、5つのエレメント、火(ignis)・水(aqua)・土(solo)・風(ventus)・木(lignum)から構成。客室にあるアメニティに至るまで、堀田シェフがセレクト。独学で服飾やデザインも学んでいたというシェフのセンスが光る。
しかも、レストランの設計はもちろん、滞在中の体験を彩る空間を構成する要素の多くが、奈良在住の作家やクリエイターにより作り上げられている。ジャンルを超えたプレーヤーたちが、それぞれが思う「VILLA COMMUNICO」を奏でているのだ。

茶粥からはじまる郷土の和食膳
翌朝、天気が良ければ朝食前に周辺を散策するのも良いだろう。日中は観光客で賑わうエリアではあるが、朝は穏やかな空気が流れている。心なしか、鹿たちもリラックスムード。澄んだ空気の中で過ごす、鹿との触れ合いも楽しい。
散歩を終えたならレストランへ。オープンキッチンの調理台から、くつくつと音を立てながら登場したのは「茶粥」だ。「朝食は奈良の郷土料理『茶粥』をメインにした和食膳をご用意しています」と堀田シェフ。

「おかいさん」といわれる奈良の「茶粥」は、煮出したほうじ茶の中に冷やご飯を入れて炊いたものであり「大和の朝は茶粥で明ける」と言われるほど、奈良の代表的な日常食だ。「ウチでは、紅茶をベースにしています。さらに、昨夜用いた、肉や野菜などの端材からとったダシも加えています」
お膳の上には6品の料理が揃う。奈良の卵を用いた温度卵や、大和(奈良の伝統野菜)お浸し。倭鴨は、自家製の塩麹でマリネした後、薪火で燻していて、噛むほどにじわりじわりと旨みが広がる。奈良の食材を巧みに用い、丁寧に作られた品揃い。


そして「茶粥」は、紅茶特有の程よい香ばしさが、お米の甘みを引き立てていた。前日のディナーから、奈良の風土を感じさせる朝食に至るまで、一連のストーリーがある。そこには、地の素材を巧みに使うだけでなく、郷土の食文化に敬意を払いながら、堀田シェフ流にアップデートさせた味づくりがあるのだ。
「生まれ育った奈良の地で、料理人としてどのように生きていくのか、またどのように社会貢献していけるのか? ここ数年来の、僕の中のテーマでした」と堀田シェフ。奈良ならではの食文化を次代へと繋げる、そのクリエーションから目が離せない。
期間限定「熟成肉の薪火ステーキ 昼コース」も見逃せない

ランチタイムに「VILLA COMMUNICO」を楽しみたいという方に朗報。
滋賀・南草津の精肉店「サカエヤ」の熟成肉が主役の、ミニコースがスタート。ディナーのメインで提供する熟成肉を、ランチに味わえるのは朗報である。
熟成肉の薪火焼きステーキ(約200g)を主役に、季節野菜のサラダ、自家製パン、デザート、お茶がつき11,000円。「サカエヤ」店主・新保吉伸さんが手当てをした熟成肉の底力を引き出す、堀田シェフの薪火使いに注目したい。