目次
【食を制す者、ビジネスを制す】
第3回 接待の経営学
ソニー創業家の接待術とは!?
東京都目黒区の閑静な住宅街に、ソニー創業者の故盛田昭夫氏の邸宅がある。マイケル・ジャクソンやカラヤン、ロックフェラーなど世界的なVIPが訪れたメインダイニングにはグランドピアノや世界有数のアンティークオルゴールが置かれ、芝生を植えた庭では、いつでも野点(のだて)ができるよう準備が整えられていた。
招待客に供される料理は出張シェフが担当し、テーブルを彩る食器は大倉陶園に特注した「MORITA」のネーム入りのものが使われる。世界的な経営者にとって、自宅はVIPを接待するための特別な場所でもあった。
ソニーを世界的な企業に押し上げたのは、この盛田家の接待術が大きく貢献している。60年代にビジネスの拠点をニューヨークに移した盛田氏はセントラル・パークを眺望でき、メトロポリタン美術館を見下ろす五番街の高級アパートメントに居を定め、そこで晩餐会を頻繁に催した。
そこには米国政財界に多大な影響を及ぼすエスタブリッシュメントたち、キッシンジャーやワシントンポスト社主の故キャサリン・グラハムから、世界的大富豪のウォーレン・バフェットまでが招待された(ちなみにバフェットは和食が苦手でほとんど口を付けることがなかったらしい)。
こうした接待は、盛田氏が贅沢だからではなく、米国のエスタブリッシュメントと対等に触れ合うことで、ソニーまたは日本の経営者の世界的なプレステージを高めることにつながった。
人は食事中に知った物や人を好きになる
接待は、ビジネスパーソンにとって最も重要な仕事の一つである。ビジネス上の関係性を円滑にしたり、新規事業を立ち上げたりする際の顔合わせなど、その効用は多岐にわたる。心理学者のグレゴリー・ラズランは、人は食事中に知った人や物や情報を好きになるとの説を発表している。おいしい食事が人の気持ちをしあわせにし、判断がいつもより早く衝動的になるためらしい(リチャード・ワイズマン著『その科学が成功を決める』)。人を動かすために、接待は効果的であり、接待を“マネジメント”してこそ、ビジネスの成功確率は高くなると言える。
接待は、相手側が自分たちのことをどれだけ重要に思っているかの尺度にもなる。かつて中曽根康弘元首相はレーガン元米国大統領を田舎家風の別荘である「日の出山荘」に招き、小泉純一郎元首相はブッシュ元大統領を西麻布の居酒屋「権八」で供応した。いずれも国家元首の接待の場所としては異例中の異例だったが、そのユニークさは同時に日本とアメリカの良好な関係性を表すものであった。
通常、政財界人が接待し合う飲食店の大半が都心の有名飲食店となる。「吉兆」や「マキシム・ド・パリ」(閉店・先の盛田家では頻繁に利用された)、「銀座天一」「久兵衛」「中国飯店」や同グループの「富麗華」、「ざくろ赤坂店」(閉店)、ホテルオークラの「山里」や「さざんか」、ホテルニューオータニの「なだ万」「トゥール・ダルジャン」などの定番店がある。もちろん、それ以外でも隠れ家的に使う店を合わせると、銀座、赤坂、西麻布、六本木周辺などに有名店が多数集中している。
それだけではない。かつてはワイン好きの著名経営者らが、好きが高じて仲間で資金を出し合って、ワインバーをつくったこともあった。もちろん目的は同じ趣味を仲間で楽しむこともあろうが、現実的には、そこで親しい財界人同士が会合を持つためだった。
このように「特別な場所」で接待されること自体、相手先をどれだけ重要に思っているかの証拠でもある。ビジネス上の重要な会合をもつときは、必ず有名店や経営者にとっての「特別な場所」が使われる。さらに言えば、接待の場に呼んだり呼ばれたりすること自体、自分や相手を必要としていることでもあり、接待はビジネスを進める上でのリトマス試験紙になり得るのである。
店選びから接待は始まっている
大手商社では接待の準備をするのは新人の役目であり、接待の段取りをいかにスムーズに行うかで、その人の力量が試されるという。まさに体育会系接待の典型だといえるが、それが部内の評価にもつながっていくから、真剣に取り組まねばならない。
経費節減が至上命題ともいえるメーカーでさえも、時と場合によっては、力を入れた接待を行う。それがその会社の実力を表わすからである。吝嗇家に人が集まらないことと同じと言えるだろう。
かつて日本マクドナルド、ベネッセ・コーポレーションなどの社長を務めた“プロ経営者”の原田泳幸氏には、独自の接待理論があった。原田氏によれば、接待には、「顔合わせ」「実際の折衝・契約」「契約後の取引先のフォロー」の3つの局面があるという。
では、社長はどの局面で出席するのがビジネス上、最も効果的なのか。それが最後の取引先をフォローするときだ。最後に社長という“会社の代表者”が登場することで、謝意を効果的にアピールでき、さらに継続的な関係性を深めることもできるという。
接待とは単に飲んでしゃべるだけではない。いかにマネジメントしていくかが大事なのである。その意味で、店選びから接待というビジネスはすでに始まっているのだ。
歴代のトップビジネスパーソンお墨付き。接待に使える王道の店リスト
1 銀座 吉兆
2 天一 本店
3 銀座 久兵衛
4 中国飯店 富麗華
5 鉄板焼 さざんか
6 紀尾井 なだ万
7 トゥールダルジャン