スペイン・バスク地方の都市サンセバスチャンといえば、食通ならずとも人生一度は旅をしてみたい美食の街。数々の名店が軒を連ねる“サンセバ”について、出版界きってのグルメとして知られる食べログ グルメ 著名人の柏原光太郎さんが、おすすめのお店やその楽しみ方を教えてくれました。

 

前回は旧市街のバル巡りやバスク地方についてお届けしましたが、今回はサンセバの食材について紹介していただきます。

 

前回:人生一度は行ってみたい街、サンセバスチャン。食べログ グルメ 著名人が教える“ラフな楽しみ方”とは?

食に対して真摯な街“サンセバ”

サンセバスチャン(以下、サンセバ)が美食の街として有名になったのは21世紀に入ってから。

バスクの最先端料理を研究する「バスク・クリナリー・センター」

ピンチョスが開発されて旧市街のバル街のホッピングの楽しさが知れ渡り、アメリカの「カリナリー・インスティテュート・オブ・アメリカ(CIA)」やイタリアの「食文化科学大学(UNISG)」と並ぶ料理大学「バスク・クリナリー・センター」ができて、料理人を輩出するプログラムが完成。

 

街やバスク州を挙げて「美食」を観光とするうねりが出来上がったわけです。

バスク・クリナリー・センターの教室。新しい料理が日々、生まれている

しかし、サンセバの美食はそんな短い時間で完成したわけではありません。

 

前回ご紹介した、「ソシア・デ・ガストロノミカ(美食倶楽部)」と呼ばれる普通の人々が料理を作って楽しむ社交倶楽部が1900年に産声をあげ、以来100以上も誕生したことで食を楽しむという文化ができていたこともそうですが、何よりこの地方の人々が食に対して昔から真摯に向き合ってきたという背景があります。

ツナ缶だって丁寧な仕事から生まれる

丁寧な手作業でバスクの食を支える、NARDIN社の缶詰

ツナ缶やオイルサーディン、アンチョビというこの地方の名産の缶詰の伝統的な作り方を見ても、それはよくわかります。特にツナ缶は日本のものとまったく違うことに驚かされました。

 

日本で作られているツナ缶のほとんどは、フレーク状になっています。マヨネーズとあわせてサンドイッチにして食べるとおいしいものですが、あくまでも「ツナ缶」という独特の食べ物という気がします。

バスク随一の漁町、ゲタリア。ここに大西洋の魚が揚がる

しかし、バスクで作られているツナ缶はツナ、つまりマグロの味と香りがしっかりと感じられるのです。

 

今回訪れたのはバスク随一の港町、ゲタリアにある缶詰工場。バスクに20以上あるツナ缶工場のなかでも高級な缶詰を扱っている「NARDIN(ナルディン)」の工場です。

ゲタリアに水揚げされたビンナガマグロ。このあと競りにかけられ、工場に運ばれる

ここでは、春先はサバの燻製やアンチョビを中心に扱いますが、訪れた7月は現地でボニートと呼ばれるビンナガマグロ漁のまっさかり。

 

まずは、港に隣接する市場で、毎日揚がる1m超のビンナガマグロが、競り落とされる様子を見学しました。

ゲタリア市場の近代的な競り市の様子

広い市場には氷詰めにされたビンナガマグロがびっしり。それが近代的な設備の競り市で続々と競り落とされます。競り落とされたマグロはすぐに近くの工場に運ばれます。

漁港から届いたビンナガマグロは頭と内臓を取られてすぐに茹でられる

そして、すぐに高温で茹でられ、骨や皮を手で丁寧に処理したら、缶に詰め、良質のオリーブオイルを入れ封印されます。

茹で上げられたビンナガマグロから、手作業で皮を剥ぐ

オートメーション化も進んでいない伝統的な作業ですが、それだけにごまかす余地もない。その日に取れた新鮮なマグロの頭と内臓を取って茹であげただけなんですから。

 

その旨さをオリーブオイルで保存して消費者に届けるわけなので、旨くないはずがありません。

塩漬けにされ、出番を待つアンチョビ

この時期には作業が終わってしまいましたが、アンチョビの製造工程も聞き、出来上がる途中のものも見せてもらいました。

 

これも塩漬けにしたアンチョビを自然に発酵させ、旨くなるまで時間をかける伝統的な手法。こうした食材への敬意が、この地方の料理を旨くさせているのです。しかし、残念ながらナルディンのツナ缶は正式に輸入されていないとか。日本のツナ缶より高いのが要因かもしれませんが、味もまるで違います。どこか扱わないものでしょうか。

バスクならではのワインも魅力

バスクのもうひとつの魅力はオリジナルのワインです。チャコリと呼ばれる辛口の白ワインがいくつもの地方で作られ、微発泡だったり、アルコール度数が高かったりさまざまですが、どれもすいすいと飲めてしまうのが、危ない特徴です(笑)。

 

たくさんのワイナリーの中でも、日本で有名なものといえば、「GORKA IZAGIRRE(ゴルカ・イサギレ)」のチャコリでしょうか。

ミシュランの三ツ星「アスル・メンディ」の敷地内にあるチャコリのワイナリー「GORKA IZAGIRRE」

ビルバオの三ツ星レストラン「Azurmendi(アズルメンディ)」のシェフ、エネコ・アチャ氏の従弟が運営しているワイナリーで、場所もアズルメンディの敷地内にあります。

 

東京・西麻布や長野・軽井沢(夏期のみ)にアズルメンディの姉妹店「ENEKO(エネコ)」があるので、ご存じの方も多いでしょう。

ゴルカの作るぶどうは粒が小さく、完熟させてから収穫するため、糖度もアルコール度数も高い

12ヘクタールもの敷地で栽培されたぶどうは圧巻。しかも、ほかのチャコリのぶどうに比べて小粒ながら、風通しが良いためにしっかりと熟成され、完熟したチャコリに仕上がるのがここの特徴です。

GORKA IZAGIRREは、ENEKO Tokyoで楽しむこともできる
GORKA IZAGIRREは、ENEKO Tokyoで楽しむこともできる   写真:お店から

こちらは西麻布「ENEKO Tokyo」でも飲めますし、「いろはワイン」が輸入しており、日本橋高島屋や信濃屋では手に入れることができるようです。

 

 

最新設備を誇るバスク・リオハのワイナリー「Bodegas BAIGORRI」

バスクには、チャコリ以外にもスペイン有数の高級ワインを産出するリオハ地方があり、250ものワイナリー(現地では「ボデガス」という)がワインを作っていて、見学もできます。

Bodegas BAIGORRIに併設されたレストラン

私は「Bodegas BAIGORRI(ボデガス・バイゴリ)」に行きましたが、最新式の設備を見学したあとには、ワイナリーに設置されたレストランでBAIGORRIのワインと一緒に料理を味わいました。

 

 

美食都市を形作る伝統的な手法

バスクのトップシェフたちが使う岩塩を作る「サリーナス・デ・アニャーナ」の塩田

さらにはサンセバから車で1時間ほど走らせると、紀元前5000年から伝統的な手法で作ってきた塩田「サリーナス・デ・アニャーナ」も残っています。

有名レストランが塩田の区画ごとキープしている

有名レストランが独自の塩の区画を持っていて、サンセバの三ツ星レストランはすべて使っています。

放牧で育てられるバスクの子羊

また、昔ながらの放牧スタイルで羊を飼っているところもあります。こうした生産現場を訪ねると、地元の「おいしいものを作りたい」という思いが、サンセバの美食都市を形作っていることがよくわかります。

 

はじめてのサンセバは星つきレストランやバル巡りを楽しむのがいいと思いますが、サンセバやバスクにはまったら、次回はぜひこうした生産者をめぐっていただきたいと思います。バスク地方の魅力がもっと深く伝わってくるはずですから。

 

写真・文:柏原光太郎