サンセバスチャンといえば、食通ならずとも人生一度は旅をしてみたい街でしょう。ここは数々の名店が軒を連ねていることで有名です。ラグジュアリーなレストランはもちろん、ラフに楽しむことができるバルもたくさんあり、旅人を飽きさせることはありません。

 

そんな“サンセバ”について、出版界きってのグルメとして知られる食べログ グルメ 著名人の柏原光太郎さんが、実際に旅して回ったなかでもとくにおすすめのお店と、その楽しみ方を教えてくれました。

世界中の食通が目指す街“サンセバ”

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スペインのバスク地方にある地方都市サンセバスチャン(サンセバ)は、いまや美食の街として世界中で有名です。人口18万人ほど(世田谷区の5分の1)にもかかわらず、ミシュランの星が総計16あり、うち三つ星レストランが3軒もあるのですから、サンセバが持つ食の実力はわかるでしょう。

 

サンセバが美食の街になった理由はいくつも挙げられますが、そのひとつとして「ソシア・デ・ガストロノミカ」(美食倶楽部)の存在を抜きには語れません。

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美食倶楽部とはサンセバのあるバスク地方に100年以上前から広がった組織です。当時のバスク地方には「自宅の厨房は女性のもの」という伝統があり、料理好きの男性は家の外にキッチンを探し求め、そこで互いに料理を作りながら楽しむ、一種の会員制社交倶楽部が発達しました。それが美食倶楽部の発端です。

 

一番古い美食倶楽部は、1900年にサンセバ旧市街に出来た女子禁制の「kanoyetan」ですが、いまでは100以上があり、女性が会員になれるものも多くなってきました。

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私は東京と軽井沢で「日本ガストロノミー協会」という日本版美食倶楽部を運営しています。そして、せっかくなら本場の倶楽部を体験したいと思って、この春と夏に二度ほど、サンセバを訪れました。

 

そこで今回は美食倶楽部だけではない、サンセバの「食」の魅力を2回に分けてお伝えしたいと思います。第1回はサンセバとバスク地方の食べ歩き。これだけのために行く意味はあるくらい、サンセバの「食」は魅力的なのです。

バルだらけの旧市街。楽しむコツは?

日本の食いしん坊にとって、サンセバはなにより「バル巡り」で有名でしょう。旧市街に林立するバルの数は100以上。どこもピンチョスと呼ばれる、串に刺されたひと口で食べられる前菜が売りです。カウンターに数十種類が並んでいるので、そこから好きなものを取って、飲み物を頼みます。

まずは、オーソドックスなピンチョスと地酒チャコリで乾杯!

たとえば市場の前にある「BAR GORRITI」。ここはオーソドックスなピンチョスが有名で、まずはアンチョビ、オリーブ、ギンディージャ(青唐辛子のピクルス)を刺した「ヒルダ」や、バカリャオ(白身魚)とアンチョビ、ポテトをバゲットにのせた名物ピンチョスとともに、微炭酸の地酒チャコリを楽しみましょう。

サンセバのチャコリはボトルを上にかざしてコップに勢いよく注ぐことで炭酸が飛び、飲みやすくなるといわれ、そのパフォーマンスもこの店の楽しみです。

 

サンセバの旧市街を入ると左右どちらを向いてもバルだらけですが、サンセバのバルの特徴は、主要なピンチョスのレシピを公開していること。だから、どのバルに入っても当たり外れがほとんどないのです。といっても、各々のバルごとに得意料理はあるので、それを事前に調べるのがバル巡りのコツです。

洗練された空間で、出来立てチュレッタをオーダー

BAR GORRITIがオーソドックスなバルだとしたら、「GASTROLEKU Txalupa」は斬新なスタイルのバル。スペインの古代の舟をイメージしたインテリアで、旧市街に何店舗もあるGASTROLEKUグループの新店です。

内装は斬新なものの、料理はオーソドックス。なかでもチュレッタと呼ばれる骨付きステーキが名物です。タラのコロッケでもつまんで、チャコリを飲みながら待っていると、出来立てのチュレッタが運ばれてきます。

 

 

ひとつのバルでピンチョス1品とチャコリを1杯でホッピングをすれば、一日5、6軒は歩けますが、油断して数品を頼んでしまうと案外お腹にたまってしまいます。

 

そこで最後に行くべき、バスクというよりスペインらしいバルをご紹介しましょう。

必食は生ハムとタパス。スペインらしさを存分に味わえるバル

「La Cepa」は生ハムが有名なバル。中に入ると天井から何十本もの生ハムが吊り下がっているので、まずは生ハムやチョリソの盛り合わせを頼みながらメニューをじっくり見てみましょう。

もちろんピンチョスもカウンターに並びますが、ここはオーソドックスなスペインのバルにある「タパス」と呼ばれる小皿料理もおいしいので、そちらで攻めるのもいいと思います。

こうしたバルは一軒あたり、せいぜい5ユーロ程度。どんなに豪遊しても50ユーロを使うのは至難の業です。

 

バル巡りをひとしきり楽しんだら、海バスクへ

サンセバというとバル巡りばかりがクローズアップされがちですが、もともとこの地方はミシュランの星付きレストランが数多くあるように、本格的なバスク料理店も魅力的です。

 

しかも現地では「山バスク、海バスク」と呼ばれるように、山の幸、海の幸が豊富な地域。ですから、到着した日にバル巡りをしたら、翌日はサンセバスチャン近郊まで足を伸ばしてみることをおすすめします。まずは海バスクを堪能しましょう。

なかでもバスクらしいのはゲタリアという漁師町です。バスクから車で40分くらい。バスでも行くことができます。ゲタリアはバスク地方の魚の基地として有名で、漁港には海鮮料理店が立ち並び、どのレストランにも炭火を使った焼き台がついているのです。

そう、ちょっとバスク好きなら、大きな魚の形をした網で魚をはさんで焼くスタイルを思い出すことでしょう。

その網を発明したのはRestaurante Elkanoというレストランで、ミシュランでも一つ星を獲得していますが、 Elkanoは街の中にあるのが淋しいところです。

 

しかも、バスク好きの日本人は誰もがRestaurante Elkanoというので、天邪鬼の私はゲタリアではElkanoより素朴な「Kaia Kaipe」か「Asador Mayflower」を選びます。

とくにAsador Mayflowerはカジュアルでリーズナブルなのにもかかわらず、料理も抜群に美味しいし、なによりテラス席から漁港が一望できるので、ランチに訪れるには最適の店。

地酒のチャコリを飲みながら、カレイやあんこうの炭火焼を食べていると、もう動きたくなくなります。

 

山バスクの醍醐味といえば、地酒のシードル

海バスクを味わったら、今度は山バスク。

なかでも肉の炭火焼が名物の店はたくさんありますが、カジュアルで楽しいといえば、チャコリと並ぶバスク地方の地酒、シードル(りんごのスパークリングワイン)を作っている工場兼レストランの“シドレリア”はぜひ訪れていただきたいところです。

「Petritegi Sagardotegia」はサンセバスチャン市内からバスで30分ほど、タクシーだったら20分もかからないので、そちらのほうが楽かもしれません。

 

郊外の丘の上にあり、中に入るとまずレストラン、そして奥には巨大な樽がいくつもならぶ倉庫があり、シードルが入っています。

レストランのメニューはいつ行っても共通のようで、チョリソソーセージ、タラ入りオムレツ、タラのフライ、そしてメインがTボーンステーキといった具合ですが、なんといっても楽しいのはシードルが飲み放題で30ユーロ程度で収まること。

サイダールームと呼ばれる奥の部屋でお目当ての樽を指名すると、従業員が樽についている蛇口をひねってくれ、そこから勢いよく飛び出すシードルをコップで受け止めて飲むのです。樽によって微妙に味わいが違うので、元気があれば、全部の樽を制覇するのも楽しいですね。

 

気取らない大人のサンセバツアーへ出かけよう

サンセバには現在、「RESTAURANTE AKELARRE」「RESTAURANTE ARZAK」「RESTAURANTE MARTIN BERASATEGUI」とミシュラン三つ星が3軒ありますし、他にも、「世界のベストレストラン50」で3位に輝いている「Asador Etxebarri」などがひしめいていますから、贅沢三昧の旅も楽しいでしょう。

ただ、そんなにお大尽なお金の使い方をしなくても楽しめるのがサンセバのいいところ。

 

日本ではなかなか手に入れることができないワインが飲めるワイナリー併設レストランもあるし、サンセバの市内にもカジュアルでおいしいレストランはたくさんあります。

 

ぜひ、あなた好みのサンセバツアーを作ってみてください。

日本でサンセバ風を楽しむなら?

最後に、サンセバが魅力的なのはわかったが、ちょっと遠いから東京で味わいたいという方へ。

 

東京にもサンセバのあるバスク州の料理専門店は何軒もあります。

未訪のところもあるので、どれが一番とはいえませんが、私の好きな店は鶯谷にある「サルデスカ」です。

サルデスカ
サルデスカ   写真:お店から

日本ではバスクという狭いカテゴリーだけで勝負するわけにはいかないためでしょう、スペイン全般の料理もありますが、どれも洗練された料理で、ワインの品ぞろえがしっかりしていることも魅力のひとつです。

 

柏原 光太郎
アメッツ   出典:柏原 光太郎さん

もう一軒、田原町の「アメッツ」も訪れていただきたいスペイン料理店です。渡西当初はモダンなスペイン料理を修業していた服部シェフですが、「スペイン料理の本質は地方にある」と喝破。

 

地方ばかり6年近く修業して生家の近くで独立しました。こちらもバスクだけにこだわっているわけではありませんが、シンプルながら力強い、「山バスク」に似た料理を味わえます。

次回に続く

第2回では、サンセバの豊富な食材とそれを支える生産者たちをご紹介したいと思います。お楽しみに。

 

写真・文:柏原 光太郎