江戸前の基本を守りながら、ゲストを最後まで楽しませる巧みな技

赤坂にオープンした「鮨 いつみ」は、恵比寿で評判の人気店「鮨 くりや川」の2号店。本店の店主である厨川浩一さんは、寿司店だけでなく日本料理店でも研鑽を積んだ職人だ。江戸前の基本を大切にした握りと、遊び心を盛り込んだ小皿料理でゲストを魅了する。厨川さんが腕を振るう本店のコースは18,000円だが、ここ「鮨 いつみ」の「江戸前寿司のおまかせコース」は8,500円。本店の半額以下という価格設定に驚きの声が上がっている。

高コストパフォーマンスの理由は、若手育成の場

洗練された印象のカウンター席。コストパフォーマンスのよさから20~30代の若い客も多い。

赤坂見附駅から徒歩1分という好立地に誕生した「鮨 いつみ」。本店「鮨 くりや川」の主人である厨川浩一さんは、2号店をオープンした経緯をこう語る。

 

「一番の理由は若手の育成です。魚の目利きから下処理、そして江戸前の仕事を指導していますが、本店では僕の握った寿司でないとお客さまは納得してくださいません。隣では店主が握っているのに、席の関係で若手が握った寿司を出されたら“これで同じ値段なのか”と不満を持つのも当然だと思います。その一方で、若手がせっかく技術を身に着けても披露する場がないことは、僕自身にとってももどかしいところでした」

 

そこで、若手が実際にお客さまに寿司を握り、経験を積める場所を作りたいと考えるようになったという。

厨川浩一さん。「鮨 いつみ」でも厨川さんが考案した創造的なコースを楽しめる。

「当店のメニューはすべて僕が考案したものです。若手育成の場を兼ねていることもあり価格はかなり抑えましたが、本来であれば15,000円で提供しても恥ずかしくない内容だと自負しています。若手だけでは心配なところもあるので、この道30年のベテランを店長に据え、その傍らで入社2~3年目の若手も握るというスタンスです」

 

若手職人の成長を見守れて、厨川流の創造的でおいしい品々をリーズナブルにいただける。ゲストにとってもうれしい試みだ。

華やかで美しく、ふわりとほどける握り

「希少部位 鮪の突先剥き身と礼文の雲丹の握り」。インスタ映えするフォトジェニックな寿司としても話題になっている。

コースの1品目は「希少部位 鮪の突先剥き身と礼文の雲丹の握り」。突先(とっさき)とはマグロの頭の付け根のことで、ほどよい脂があり味も濃いが、スジが多い部分でもある。それを職人が丁寧に身をはがしてすき身にすることで、うまみが凝縮され、ふわりとした食感に仕上がる。さらに北海道・礼文島産のウニをのせ、ランプフィッシュキャビアで塩味をプラス。口に含むとマグロとウニがとろけて見事に融合する。伝統製法で作られた赤酢「山吹」を利かせたシャリとの相性も抜群だ。味はもちろんだが、華やかな見た目も“厨川イズム”があふれている。

 

マグロの仕入れ先は豊洲でナンバーワンの呼び声が高い仲卸「やま幸」。突先などの「手をかければおいしくなる部位」を2号店で使うことで、品質とコストパフォーマンスのよさを両立している。

日本酒の一合瓶はデザイン性が高く、見ているだけで楽しい。1本1,200円~1,600円ほど。

日本酒は一合瓶で用意されており、「黒龍」「作」「雨後の月」「獺祭 スパークリング45」など人気の銘柄がずらり。メニューに味わいや香りの特徴が書かれているので、お酒に詳しくない人も選びやすい。もちろんスタッフに相談すれば、その時に提供された握りや小皿料理と相性のよい1本を教えてくれる。価格も明確に表示されているため、安心して楽しめる。

酒のアテに変化する「煮アワビの肝ソース 赤シャリリゾット風」

「煮アワビの肝ソース 赤シャリリゾット風」。皿の縁に赤シャリをのせている。

2品目に供されたのは「煮アワビの肝ソース 赤シャリリゾット風」。3時間かけてゆっくりと煮上げたアワビは、身の縮みがなくやわらかい。アワビの下に敷かれているのはアワビの肝をぜいたくに使ったソースで、磯の香りと独特の風味を活かした強めの味が特徴。まずは、煮アワビに肝ソースをたっぷりとつけていただく。

肝ソースに赤シャリを入れ、スプーンでよく混ぜ合わせてリゾットのようにする。

煮アワビを堪能したら、残った肝ソースのなかに赤シャリを入れ、スプーンでよく混ぜ合わせてリゾット風に。シャリがソースをたっぷり含むと、酒のアテにふさわしい濃厚な一品に変化を遂げる。少しずつシャリをすくいながら、日本酒をゆっくりと飲みすすめるのが正解だ。

江戸前の握り、その間に供される小皿料理に感動

店長の五味晃三さんは、この道35年のベテラン。その傍らで、若手も寿司を握る。

その後は小肌、金目鯛、赤貝、車海老、穴子、煮蛤、玉子など、季節に合わせた握りが登場。酢や昆布で締める、醤油に漬ける、炙る、煮るなど、食材にひと仕事をほどこした江戸前らしい握りを楽しめる。

トリュフを散らして仕上げる「のど黒のトリュフ蒸し」

握りの合間に挟まれる小皿料理のクオリティの高さも「鮨 くりや川」の流れを汲む同店の特長。

例えば「のど黒のトリュフ蒸し」は、軽く炙ったのど黒を器に盛り、丁寧に引いたかつおだしを注いでいる。これを器ごとせいろに入れて10分ほど蒸すことで、のど黒の持つ甘い脂がだしに溶け出すそう。さらに提供する直前にトリュフをぜいたくに散らしていく。

のど黒の甘い脂がだしに溶け出してキラキラと輝いている。身はほどよい弾力があり、風味がよい。

トリュフを加えることを豪華さの演出だと思うかもしれないが、ひと口いただけば、演出とは別次元の料理だと気づく。のど黒の上品な甘さを含んだだしと、トリュフの香ばしい風味が実によく合い、すべてが完璧に調和している。懐石の技法を巧みに取り入れる厨川さんならではの一皿と言えるだろう。

握りはもちろんのこと、脇を固める小皿料理もけっして箸休めではなく、主役級の逸品で驚かせてくれるのが他店とは一線を画す所以だ。

〆の一品は、超贅沢な“TKG”

〆の一品「泡立て出汁卵白の卵かけ寿司」。お腹の具合に合わせて大・中・小から選べる。写真は中サイズ。

握りや小皿料理を堪能した最後にお目見えするのが「泡立て出汁卵白の卵かけ寿司」。この日の刺身は、カンパチ、マグロ、イカ、アジ。これらをゴマ、ネギ、カンピョウ、ガリ、そして自家製割り醤油で和えて赤シャリの上にのせる。卵の白身はだしと合わせてメレンゲ状にし、その上に黄身を回しかけている。その名の通り、卵かけご飯のように全体を混ぜ合わせていただく。

全18品の〆とは思えないほど、ボリューム満点! この後にはデザートも控えている。20~30代の男女がよく訪れるというのも納得の充実度である。

女子会や飲み会にも利用できる、使い勝手のよさ

最大8名まで利用できるテーブル席は、女子会や男子会などの飲み会にもぴったり。写真:お店から

カウンター席で職人技の醍醐味を味わうのはもちろん、飲み会に使うのもおすすめ。入り口の近くにあるテーブル席なら、少々会話が盛り上がっても差し支えない。各々に握りや小皿料理が提供されるため取り分けの必要なく、気兼ねなく食事とお酒を堪能できる。

 

赤坂という立地にありながら、このクオリティと価格を実現できている店はそうない。しかも、独特なルールやマナーに身構えることなく気軽に楽しめる。本格的な寿司屋デビューに訪れてみてはいかがだろうか。

赤坂見附駅から徒歩1分、赤坂駅から徒歩6分。ビルの地下1階に店を構える。

※価格はすべて税抜

 

取材・⽂:梶野佐智⼦(grooo)

撮影:玉川博之