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〈今夜の自腹飯〉
予算内でおいしいものが食べたい!
インバウンドの増加や食材の高騰で、外食の価格は年々あがっている。一人30,000円以上の寿司やフレンチもどんどん増えているが、毎月行くのは厳しい。デートや仲間の集まりで「おいしいものを食べたいとき」に使える、ハイコスパなお店とは?
無化調でもコクと深みを表現。辛すぎない四川料理
「四川家庭料理 中洞」の料理をわかりやすく説明するならば、「いつでも、いくらでも食べられる中華料理」だ。料理は奇をてらっておらず、中国の四川にあるほとんどの店で提供されているメニューが中心。
中華料理、中でも四川料理と聞いて思い浮かべるような、パンチのある味や辛さはない。1口食べてすぐにハッキリとしたおいしさを感じて感動するというよりは、2口目、3口目と食べ進むうちにじんわりと旨みが広がり、気づけば食べ終わっているというシンプルなおいしさだ。
そこには、店名の「四川」と「料理」の間に入れられた「家庭」という文字の所以がある。毎日食べても飽きない家庭的な味わいで中華料理を楽しんでほしいという料理人・中洞さんの気持ちが込められているのだろう。
ほとんどの四川料理は辛くない。四川のどこでも食べられる料理
家庭料理をうたっていることから、メニューは子どもでも食べやすいものが多い。中洞さんが描いたというイラスト付きのメニューを見ると、辛さを示す唐辛子マークの付いているメニューは半分以下だ。おなじみの麻婆豆腐やサンラー麺はあるものの、決して辛さを強調しているわけではない。本場・四川での料理人経験を持つ中洞さん曰く、メニューはどれも自身が現地で食べて好きだったものだという。むしろ、「四川料理=辛い」という日本人の固定観念に挑んでいるのかもしれない。
テーブルに並べて好きなものから「いただきます」が中洞流
注文するとき、最初に何を食べようかと料理の「順番」を考えてしまいがちだ。しかし、中洞さんは「うちの料理は順番なんて気にせず、食べたいものを頼んでほしい。テーブルにいろんな料理を並べて、好きなものをよそってもらいたい」と言う。厨房を1人で切り盛りしているのですべて同時に出てくるとは限らないが、家の食卓におかずを並べるように好きな食べ方をするのが中洞流だ。
自家製の豆板醤と山椒油が織りなす、絶妙な辛さの麻婆豆腐
最初に紹介するのは、四川料理の代表格のひとつでメインともいえる「中洞特製 麻婆豆腐」。山椒のしびれと豆板醤の深いコクを味わえる一品だ。それでいて、油のこってり感を感じない「軽さ」がある。
唐辛子の辛さが抑え目に感じるのは、店内で熟成させている自家製の豆板醤の力が大きい。豆板醤が本来持っている豆の味わいと旨みが引き立つよう、厳選した3種類の豆板醤を混ぜ合わせ、店内で発酵。塩辛さや唐辛子の角が取れてまろやかな味わいになっている。そこに自家製の山椒油を使うことで、キリリとしたしびれが加わっている。
「黄中皇」(ファンジョンファン)などの紹興酒のつまみにしてもよし。白飯を注文してミニ麻婆豆腐丼を作ってもよし。中洞を訪れたら、まずは食べておきたいメニューだ。
手で持ってかぶりつく「豚スペアリブの煮込」
肉を食べたい気分なら「豚スペアリブの煮込」もおすすめだ。一見濃い味付けに見えるが、茶褐色の色味はカラメルによるもの。実際には控えめな塩味で豚肉本来の味を楽しめる料理となっている。
「手でつかんで、がぶりついてください」とは、料理をサーブしてくれている妻の麻衣子さんの言葉。骨からは肉がほろりとほぐれるが、とろけるような柔らかさではない。肉の歯ごたえがしっかりと残るスペアリブだ。それだけに、噛めば噛むほど肉の旨みがじわじわと湧き出てくる。まさに「肉を食べた!」という気分になれる。
ネギが香る。シンプルだからこそ違いが出る「トマトと卵 とろとろ炒め」
四川に限らず中国全土で食べられている、トマトと卵の炒めもの。シンプルな材料なので、卵の火の通し具合、トマトの種類やカットの仕方によって店ごとに異なる味を主張する料理だ。
そして中洞のそれは、個人的な感想で言いきってしまうと、ご飯と一緒に食べたくなる「おかず」だった。日本の卵料理にありがちなふわふわな食感やとろりとした半熟具合とは異なり、少し大ぶりにまとまるよう手早く火が通された卵は、箸で持てそうな力強さがある。卵の大きさに負けず、櫛切りのトマトも存在感を放っている。しかし、何よりも主張しているのはネギの香りだ。でもネギは見当たらない。探してみると、実は油の中に隠されていた。ネギの香りを移した自家製の「ネギ油」で炒めることで、卵にコクと香りが添えられているのだ。
無化調だからこそ調味油などの自家製調味料が活きてくる
中洞のやさしい味わいは、化学調味料不使用というこだわりからきている。現地の多くの店で使用されているという化学調味料は、確かに安定した味にしてくれるが、中華料理の本来持っていたおいしさを消しかねない。中洞では安心・安全・健康的といった理由よりも、ただ「おいしさ」の観点から無化調を貫いている。
では、どうやってコクや深みを出しているのか。その答えが、個別の料理ですでに紹介している「調味油」をはじめとした自家製調味料たちだ。
素材の旨みを引き出すために工夫しているのが調味油。野菜をじっくりと炊いて旨みを移した「野菜油」や、ネギの風味豊かな「ネギ油」、唐辛子を漬け込んで熟成させた「ラー油」。四川に行って直接買い付けしている山椒をつかった「山椒油」は、麻婆豆腐に欠かせない「しびれ」を絶妙な具合で押し出している。試しに山椒油だけをひと舐めさせてもらったところ、鼻から山椒の香りが抜け、キレのある上品なしびれが唇と舌を刺激した。
豆板醤もまた自家製だ。本場・四川の豆板醤は豆の味が強いが、日本ではなかなか同じものがないという。そこで、3種類の豆板醤を合わせ、そのままでは塩気が強いことから店内で発酵させて旨みを引き出している。
これらの自家製調味料が素材の味を引き出し、ときに引き立て、じんわりとしたおいしさを楽しませてくれている。
子どもやおじいちゃん、おばあちゃんも食べられる中洞の四川料理。中華料理にありがちな、食べ終わった後の胃の重さはない。家庭でも食べられそうでいて、決してマネできない、お店だからこそ食べられる「家庭料理のおいしさ」がここにある。
【今日のお会計】 ■食事 ・中洞特製 麻婆豆腐 1,400円 ・豚スペアリブの煮込 350円(1本) ・カリカリ大根特製辛味醤油漬け 500円 ・トマトと卵 とろとろ炒め 900円 ■ドリンク ・黄中皇(ファンジョンファン) グラス 700円 合計 3,850円
※価格はすべて税抜