雑居ビルが立ち並ぶ秋葉原駅から徒歩圏にある場所に、築70年以上経つ古民家のフレンチレストラン「KUFUKU±暮富食(クフク)」がある。ここはフレンチに和の食材や調理法を融合して生み出された料理を堪能できる店。食事を楽しむひとときをゆっくり過ごしてほしいというこだわりから、建設当時の昭和の雰囲気をできるだけ残した居心地の良いレトロモダンの空間を提供している。

周りには高層ビルが立ち並び、ここだけがまるで異空間のよう

昭和中期に建てられたノスタルジックな古民家の店

2階の様子。今では滅多に見られない貴重な建築物
昔ながらの梁がそのまま生かされている

秋葉原駅から少し歩くと、雑居ビルの中にポツンとそのお店は出現する。昭和中期に建てられた木造の家屋。その佇まいは都会の喧騒を忘れてしまうほどだ。ここは、現在の大田市場が移る前の旧神田市場に隣接していた場所だそう。家屋の築年数は70年ほどになるといい、場外市場で乾物屋を営んでいた当時の面影が残っている。

入り口から入るとすぐにカウンター席がお出迎え

中に入ると、家屋が持つレトロで重厚感のある造りの良さを生かしながらも、モダンでお洒落な空間が広がる。内装は有名建築家に依頼したそう。器は和食器の陶芸作家の作品を使い、テーブルや椅子は老舗家具屋に特別に注文をしている。驚くことに建具やインテリアとして飾られている家具などは、この家で実際に使われていたものたち。家主が愛情をこめて繋いできたこの場所に居ると、ここが都会の中心地だということを忘れてしまうほどだ。

2階に佇む自慢のセラーとこだわり抜いた約100種のワイン&日本酒

「KUFUKU±暮富食」の料理に合わせてソムリエがセレクトしたワインが並ぶ

「ワインと日本酒ともに、小規模な生産者の方を中心にセレクトしています。日本ワインと海外ワインを合わせると約100種類以上あります。」と説明を受けた。階段を上った先にある扉を開けると数多くのワインの瓶が並ぶ。ここは建物の2階にある、昔の蔵を再利用して造られたワインセラー。ソムリエがアドバイスをしてくれるので、ワイン初心者でもセラーの中に入ってラベルを見ながらワインが選べて楽しい。

 

和の食材を使ったフレンチなだけに日本酒も豊富だ。日本酒好きが高じて仕事でもプライベートでも、日々研究しているスタッフがいるそうで、こちらも日本酒だけで常時約100種類を用意。スタッフ自ら酒造メーカーや酒蔵にも足を運び、納得したものを選定しているのだとか。フレンチと日本酒の新しい出会いが待っている。

シェフの経歴が生み出した、日本食とフレンチのフュージョン

スタッフの経歴はさまざまで、海外経験者もいる

ここのスタッフたちは、料理が大好きな人の集まりだ。いつも、頭のどこかで料理のことを考え、常に新しいメニューや自分が知らない地方の伝統食材などにアンテナを張っている。料理長である竹中誠治シェフは、豪華客船「飛鳥II」の専属シェフを7年務めた後、名店のシェフのもとゲストシェフディナーを取り仕切っていた経験の持ち主。「飛鳥II」では主にフレンチを担当し、和食や中華のプロフェッショナルであるシェフたちと一緒に腕を磨きあっていた。

 

下船してからは「フレンチを長年作っていたけれど、自分は日本人で、日本人の自分が作るフレンチとは何か? を考えるようになり、日本の食文化を改めて見つめ直しました」と語る。そんなときに同店のオーナーと出会い、フレンチと和食を融合させた「日本人が作る、日本人のための料理を作りたい」と奮起。「フレンチの経歴は長いですが、奥の深い日本食を研鑽していきたい」と探究は続いている。

シェフの思いが詰まった、渾身の料理をゆっくり流れる時間の中で味わう

料理は食材選びも肝心で、目で見て食べて選定するという

竹中シェフが目指すのは、自分のやってきたフレンチと時間をかけて丁寧に作り出す和食の良い部分を融合した新しい料理。メニューを作る際には、かなり試行錯誤したそう。

 

そんなときに見つけたのが発酵食品だ。日本古来のものである発酵や熟成という調理法は、手間や長い時間がかかる。だからこそ、おいしいものができる。そこでフレンチでは通常使われることがない、漬物や煎り酒など日本の食材や調味料を加えることによって、新しいフレンチを誕生させた。食材の旨味を引き出しつつ、丁寧に作られた料理は噛むごとに奥の深い味わいを醸しだしている。

日本古来の伝統的な調味料や発酵、熟成技術を生かして作る料理

この料理は日本酒にも合うように作られたそう

お店のイチオシメニューである「キタアカリといわしのオーブン焼きホエーとトリュフの泡」1,382円は、淡雪のような盛り付けが目を引く一品。真っ白な泡は、チーズなどをつくる際の上澄みであるホエーだ。トリュフで香りづけした泡の中身は北海道産のじゃがいものキタアカリとイワシをベーコンで包み、オーブンで焼き上げたもの。若狭地方、丹後半島の伝統の発酵食品「へしこ」をアレンジした「へしこのバター」をアクセントに使い、じゃがいもやイワシ、ベーコンの旨味を見事に調和している。

 

「へしこ」とは塩漬けした青魚を糠漬け(ぬかづけ)にしたもの。元々は保存を目的に作られ、漁師が魚を樽に漬け込むことを“へし込む”と言ったことで「へしこ」と呼ばれたという説があり、最低でも1年以上は糠に漬けてやっと完成する。店でひいきにしている「へしこ」は、福井県小浜市の角野氏が作ったもの。料理長が絶大な信頼を寄せており、そのままでも食べられるという。

北京ダックをイメージして皮をパリパリに仕上げている。世界各地の料理を知っている、竹中シェフならではのアレンジ

「熟成鴨肉の香草ロースト」2,678円は、手間も時間もかかったメニューだ。鴨肉を店内の熟成庫で熟成させて、マリネ液の中でじっくりと寝かせ、オレンジのコンフィチュールを塗り、ハーブを大胆にまとわせ低温調理でゆっくりと焼き上げている。丸ごと一羽を調理しているので、鴨肉のジューシーな肉汁が口に広がる。そこにハーブの香りが絶妙に合わさって、後味はさっぱり、噛めば噛むほど、口の中で味が変化していくのも面白い。

「KUFUKU±暮富食」のスペシャリテでもある「季節の野菜やハーブを使った畑の恵み」1,782円

彩り豊かな「季節の野菜やハーブを使った畑の恵み」は、有機栽培された野菜やハーブを25種類ほど贅沢に使っているので見た目がまず美しい。野菜ごとに適した加熱方法で火を通し、ドレッシング代わりのソースには煎り酒やお茶からつくった発酵飲料「コンブチャ」をブレンド。強く主張しないソースが、野菜やハーブ本来の旨味を濃く感じさせる名脇役だ。

「新鮮な魚貝を自家製の千枚漬けで覆った和風セビーチェ」1,598円

「新鮮な魚貝を自家製の千枚漬けで覆った和風セビーチェ」も人気の一品。セビーチェとはラテンアメリカでよく食べられている魚介のマリネのことで、同店ではコンブチャと土佐酢のビネグレットでマリネしている。幾重にも重なった自家製の大根の千枚漬けと旬の魚貝の意外な組み合わせは、さっぱりとした中にも奥深い味わいがある。

「KUFUKU±暮富食」という店名に込められた意味

昔から住んでいる地元の人が良く来てくれる

「KUFUKU±暮富食」の由来を聞いてみると深い意味があることに驚いた。漢字の暮富食(クフク)には、暮らしを食で豊かにしたいという思いが込められている。±(プラスマイナス)の記号の意味は、食材や調理工程を幾重にも組み合わせることによって完成させるフレンチの技法を+(プラス)に例え、和食の食材そのものの旨味や良さを活かすシンプルな技法を−(マイナス)に例えた、フレンチと和食のフュージョンを表している。

 

古民家からインスピレーションを受け「時間」をテーマに丹精込めて作られた料理の数々。お客様には、古民家と同様に、時を経ることによって生まれる味わいを楽しんでもらいたいと願っているそう。おいしい料理はもちろんのこと、店内の空間やスタッフの気さくな対応、常に新しいことを提供していきたいというチャレンジ精神が、ここには備わっているのである。

 

「まだまだやってみたいことがあるんですよ!」と目を輝かせる竹中シェフの言葉からは、探究心にあふれ、本当に料理が好きだという姿勢がうかがえる。“温故知新”という言葉がぴったり合うような、フレンチ×和食から生まれる料理の無限の可能性に期待したい。

 

※価格はすべて税込

 

取材・文:千葉英里(grooo)
撮影:松村宇洋