〈和菓子と巡る、京都さんぽ〉
四季折々の顔を見せる名所を訪れたり、その季節ならではの和菓子を食べて職人さんたちの声を聞いてみたり……。ガイドブックでは知り得ない京都に出会う旅にでかけてみませんか。
あなたの知らない京都について、京都在住の和菓子ライフデザイナー、小倉夢桜さんに案内していただきましょう。
其の十六 自由な発想で和と洋を融合させた「亀屋良長」
誰もが知る歴史的事件が起こった、本能寺跡
堀川四条より北東へ徒歩5分。織田信長が最期を迎えた場所「本能寺」があった場所です。家臣の明智光秀が謀反を起こした「本能寺の変」は誰もが知るところです。現在では、跡地であったことを意味する石碑が残っているのみとなっています。
石碑
3月には、石碑の傍らに植えられている乙女椿が可憐な花を咲かせます。
乙女椿
その周辺は、日本三大祭りの一つに挙げられる「祇園祭」の主役である山鉾が立ち並ぶエリアです。毎年、7月になると大勢の人々が行き交い、一年で最も賑やかな雰囲気となります。
祇園祭
甘いもので、ひとやすみ。
祇園祭で盛り上がるエリアの一角に、今回ご紹介させていただく和菓子店があります。堀川四条より四条通を東へ徒歩2分。醒ヶ井通と四条通の交わる北東角にガラス張りと白い暖簾が印象的なお店が見えてきます。
店舗外観
3年前にリニューアルしたお店は、和菓子店とは思えないほどとてもスタイリッシュな外観と店内。
店内
京菓子司「亀屋良長(かめやよしなが)」です。今、京都で新たな和菓子のあり方を提唱して、挑戦を続けるお店です。創業は今から200年以上前の享和3年(1803年)に遡ります。
京菓子の名門であった菓子司「亀屋良安」からの暖簾分けで創業されました。京菓子製造に必要不可欠な大量の水。初代は良質な水を求めて、この地を選んだそうです。店先には地下80mから汲み上げている「醒ヶ井」の地下水が途絶えることなく流れています。
醒ヶ井
その地下水は自由に持ち帰ることができます。また店内でもその地下水を自由に飲むことができます。
醒ヶ井の水
「亀屋良長」は今なお、良質な水で京菓子を作られています。そのお店の暖簾を守り続けているのが8代目の吉村良和さん。ご主人がお店を継がれたのが5年前。生まれてから大学を卒業するまでは、家業を継ぐことは考えていなかったそうです。
大学を卒業してやむなく家業を手伝うようになりましたが、数年間はやる気の出ない日々が続いたそうです。しかし、そのご主人の気持ちに変化があらわれます。一つの理由として、色鮮やかな様々なお菓子が描かれている、店に伝わる和菓子の見本帖を目にしたこと。
菓子見本帖
これは当時の様子をうかがい知ることができる貴重なものです。
「和菓子の趣深さに感銘をうけて、このような文化が滅びていくともったいないなと思うようになりました」
そのように思う背景には、バブル期以降、年々売り上げが落ちて、購入されるお客さんは50代以上で先行きに危機感を抱いたことがあります。
決心して専務取締役として店の経営を行うようになりますが、想像以上に店の経営は厳しく、当時のご主人(7代目)が建てた自社ビルの建設費用の負債が数億円という現状。そんな中、新年会で泥酔しタクシーを降りた時に転んでしまい、救急車で運ばれるほどの大ケガをします。頭を縫われて念のために頭のCTを撮影したところ、脳腫瘍が見つかりました。この出来事がご主人の人生、お店の行く末を大きく変えていきます。
「今まで考えていなかった死に直面したことで、今までの考え、生きる意味、これからどのように生きていくかを見つめ直しました」
その時に書店で手に取ったヨガの第一人者である相川圭子さんの著書。ヨガと出会ったことにより、人生が大きく変わったそうです。
「今までは、自分の代で店を潰してはならないという考えから、伝統を守ることにこだわり、京菓子とはなんたるものかということをかたくなに言っていました。本を読み、相川圭子さんと出会ったことによって、こだわりを捨てるようになりました。そのおかげで不安や心配事も減り、直感が働き、楽に日々を送れるようになりました。自分が変わると周りの環境が変化し、良い縁に巡り合ったり、良い流れが生まれます。自分の内面の変化により会社の流れも変わり、新しい取り組みに結びつきました」
「なんのために仕事をしているのか」を念頭に置いて仕事に取り組まれているご主人。
「老舗は潰してはいけないというプレッシャーと戦っている気がします。でも潰してはいけないということに重きがおかれてしまうと、なんのために仕事をしているのかという疑問が湧いてきます。店の雰囲気が悪くなり、従業員に笑顔がなくなります。やっぱり従業員と経営者の幸せのために仕事をすることが大切だと思います。そう思うととても楽になって色んなことができるようになりました」
店内に入ると笑顔で迎えてくれる店員さん。その笑顔は、作られたものではなく、自然と溢れ出た笑顔。その雰囲気に誘われるかのように、途切れることなくお客が訪れます。店頭に並んでいる、こだわりを捨てた、見た目にもポップで可愛らしい数々のお菓子たち。
このポップなお菓子は、京都のテキスタイルブランド「SOU・SOU」との出会いから生まれました。今までは、統一感がなかったパッケージをSOU・SOUが担当することにより、それまでの京菓子の常識が変わりました。
こちらのお菓子は「SO-SU-U CACAO 和三盆」。
SO-SU-U CACAO 和三盆
和三盆糖に「ダンデライオン・チョコレート」の良質なカカオを配合したお干菓子です。カカオの配合が20%、33%、50%のお菓子が入っており3種類の味を楽しむことができます。和三盆糖の優しい甘さとカカオの苦味が口の中でスーッと消えていくお菓子です。
8年前に出会った、パリで二つ星レストランのシェフパティシエをしていた女性との出会いが大きかったと語るご主人。和と洋にとらわれない自由な発想で和と洋の技術、素材を融合させて今までになかったお菓子が生まれました。そして、新ブランド「Satomi Fujita by KAMEYA YOSHINAGA」を立ち上げました。現在では、老舗和菓子屋が新ブランドを立ち上げて営業をすることは当たり前になってきていますが、その潮流を作ったのがこちらのお店です。
そのブランドで人気No.1の「まろん marron」は、国産の栗を使用したお菓子で、自身のためだけではなく、ちょっとしたプレゼントにも最適です。
まろん marron
栗を存分に感じられることができて栗好きにはたまりません。口の中で広がるラム酒の香りが、とても贅沢なお菓子を食べているという感覚に浸らせてくれます。餡玉を寒天でコーティングしてアーモンドをのせた「まろん marron」は味だけではなく、食感にも工夫がなされているお菓子です。
そして、こちらのお菓子が「キューブ-チョコレート小餅-」。
キューブ-チョコレート小餅-
マシュマロのようなふわふわのお餅。この食感になるのは、和菓子では使用することがないイタリアンメレンゲを加えているからだそうです。ホワイトチョコとフランボワーズチョコでお餅を包み、氷餅をまぶしたお菓子です。この驚くほどやわらかい食感は癖になります。このブランドを立ち上げたことにより、様々なメディアからの注目が一気に高まり、今まで和菓子に興味がなかった若い人たちもお店に足を運んでくれるようになったそうです。
そして、ご主人の奥様である由依子さんが立ち上げたブランド「吉村和菓子店」。「亀屋良長」内にて販売中です。「からだにも こころにも やさしい京菓子を」というコンセプトのもと、体にやさしい素材で作られたお菓子です。
こちらがブランドの代表的なお菓子「焼き鳳瑞〈待ち春〉」です。
焼き鳳瑞〈待ち春〉
「低GI値のココナツシュガーと、パラチノースで作ったメレンゲに、玄米、韃靼そば、抹茶、マカデミアナッツ、かぼちゃの種、黒ごまをのせ、低温のオーブンでじっくりと乾燥焼きしました。口に入れると、スッと溶けてなくなるような口溶けです。元気に育ちますようにと、種まきした畑をイメージしました。ベースは、プレーン、はったい粉の2種類のお味です」(商品説明より)
見た目にも身体に良さそうな優しい雰囲気のお菓子。口溶けのとても良いお干菓子のお味も身体に良さそうです。ご主人によると、奥様はアイディアマンで、いろいろな商品のアイデアを出されるそうです。こちらの「スライスようかん」もその一つ。
スライスようかん(ラズベリー、つぶあん、さつまいも)
主婦目線で気軽に和菓子の良さを感じていただこうと、開発された商品です。ようかんをスライスチーズのように薄いシート状にしてトーストにのせて焼くだけ。もちろん、焼かずに召し上がっても大丈夫です。味は「つぶあん」、「さつまいも」、「ラズベリー」の3種類がパッケージングされています。こちらの商品であれば、和菓子離れが進んでいる世代にも気軽に受け入れてもらえそうです。
「スライスようかん」をパンにのせてトースト
色々な企画、発想で注目を集めているお店ですが、どのような販売戦略があるのでしょう。
「みなさんによく、リサーチをして販売戦略を行った上で商品開発をしていると思われるんですが、ただ、取引先やお客様のご希望に沿って喜んでいただけるようにやっているだけなんです。店の商品力を上げてくれているのは取引先さんなんです。取引先さんから色々な製造依頼がきて、その依頼に応えているうちにこのようなカタチになりました」
と意外な答えが返ってきます。
「あくまでも和菓子屋なので、和菓子の技法は取り入れてます。感覚の世界なので、うまくは表現してお伝えはできませんが、出来上がったお菓子がどれだけポップなものでも和菓子らしさを感じるものであることは必要だと思っています。生まれてから二十数年間、和菓子に興味はもっていませんでしたが、和菓子屋に生まれて育てられ、自然と和菓子に対する感覚は養われてきていると感じています」
確かにどれだけ見た目がポップであっても、素材が洋に使われるものであっても、和菓子の雰囲気や味をちょっぴり感じます。
「亀屋良長」といえば、今までの和菓子になかったお菓子というのが世間の印象かもしれませんが、それだけではありません。創業当時より、作り続けている「烏羽玉」。黒糖の中でも非常に高級な波照間島産の黒糖を使用した餡に、寒天とけしの実をかけたお菓子です。波照間島産の黒糖ならではのまろやかな甘みを存分に感じることができるお菓子です。
烏羽玉
時代の流れに合わせて、創業当時よりも甘さを控えて、大きさも小さくしているそうです。その当時の様子を配合帖よりうかがい知ることができます。
配合帖
京都の桜の風景を表現した錦玉羹製の「円山の桜」。桜の花びらを模った羊羹と、桜の花の塩漬けを入れた餅羊羹入りのお菓子です。春の香りが口いっぱいに広がります。
円山の桜
そして、毎日店頭に並ぶ上生菓子。季節に合わせて4種類ほどが販売されています。
巡行
山柿
初霜
「消費者のみなさんに、この数々のお菓子とどのように関わっていただきたいですか?」とご主人に尋ねてみたところ、
「和菓子は、元々は神饌として神様にお供えをするものでした。今では、その文化が薄れつつあります。店のお菓子を神棚や仏壇に供えて、おさがりを召し上がっていただき、神様や仏様を近くに感じていただければ嬉しいです。また、和菓子が民族間の架け橋になればいいと思います」
ご主人の話から、和菓子の「和」は、和むという意味であると共に、和えるという意味でもあり、人々が和菓子によって和み、交流していくことは、和菓子本来のあり方であると感じました。
私たち消費者を楽しませてくれる「亀屋良長」。今後の展開が気になります。最後に、今後のことを尋ねてみると、
「和菓子屋は、大量に小豆を使用します。その小豆を、環境への負荷に配慮した『循環型農業』で栽培されたものを使用したいと考えています。販売ルートの問題でなかなか循環型農業が成長していかないのが現実です。循環型農業で栽培された小豆を使用することによって、もちろん材料代が上がります。それでも利益の追求だけではいけないと考えています。私たちが使用することによって、色々な方たちが参加されるようになり、循環型農業が成長していくのではないかと思っています。」
今後、どのようなお店になっていくのかがとても楽しみです。まだ、本店へ行ったことがない方は、ぜひ足を運んでみてください。