〈和菓子と巡る、京都さんぽ〉

四季折々の顔を見せる名所を訪れたり、その季節ならではの和菓子を食べて職人さんたちの声を聞いてみたり……。ガイドブックでは知り得ない京都に出会う旅にでかけてみませんか。

 

あなたの知らない京都について、京都在住の和菓子ライフデザイナー、小倉夢桜さんに案内していただきましょう。

其の十五 文化財当主のご主人が、覚悟を持って営む「京都鶴屋 鶴壽庵」

新選組ゆかりの地、壬生寺と八木邸

京都・四条大宮から西へ西大路通まで、四条通りを中心に南北に『壬生(みぶ)』と呼ばれる地域が広がっています。この地域は古来より湿地帯であり、『水生』が転化して『壬生』となった説が有力だと言われています。

 

その地域で一番大きな『壬生寺』は、京都の裏鬼門にあたることから節分の時期には多くの参拝者が訪れることで有名です。また、京野菜の『壬生菜』の発祥の地でもあります。その壬生の中でも四条通の南側のエリアは、新選組ゆかりの地として多くの観光客が訪れます。

 

その多くの方が訪れる場所が壬生寺と八木邸。壬生寺境内は、新選組隊士の兵法調練場として使用され、武芸や大砲の訓練が行われました。境内に土を盛り、そこに向けて大砲を撃っていたそうです。頻繁に周囲に響きわたる砲音に住民はきっと不安な毎日を過ごしたことでしょう。また、境内には壬生塚と呼ばれる新選組隊士の墓が建てられています。

 

壬生寺正門北には、新選組の芹澤鴨、近藤勇、土方歳三、沖田総司、山南敬助などが宿所として使用していた新選組屯所であった八木邸(京都市指定有形文化財)が現在もなお当時のまま残されており、その邸内を常時見学することができます。

 

八木邸

 

通常は内部の撮影は禁止となっておりますが、今回は特別に当主のご厚意により撮影をさせていただきました。本玄関から内部に入ると中の間、奥の間と続きます。

奥の間

 

ここで寝ていた新選組初代筆頭局長・芹澤鴨、平山五郎が斬殺されました。芹澤鴨は異変に気づき飛び起きて隣の部屋に逃げ込みますが、そこに置かれていた文机につまづき転び、斬られて帰らぬ人となりました。

八木邸・芹澤鴨が斬られた間

 

その時についた刀傷が今も残っており、幕末の緊迫したワンシーンが目に鮮明に浮かんできます。

八木邸・刀傷

 

部屋の中を通り抜けてゆく心地よい風。新選組隊士たちも、同じような風に吹かれて、つかの間の休息をとり、命を賭けて幕府の為に戦ったのかと思うと胸が熱くなってきます。

甘いもので、ひとやすみ。

八木邸に隣接するように建てられているのが八木邸の当主が営む御菓子司「京都鶴屋 鶴壽庵(かくじゅあん)」です。

京都鶴屋 鶴壽庵・外観

 

京都鶴屋 鶴壽庵・店内

 

店内に入ると赤い毛氈(もうせん)を敷いた床几台が並べられているのがとても印象的。八木邸を見学された方には、お抹茶と後ほどご紹介させていただく屯所餅が付いており、こちらに腰掛けて一服することができます。

 

現在のご主人のお父様が老舗和菓子店「鶴屋八幡」で10年間修行された後に1967年より営まれているお店です。創業当時は小さなお店だったそうですが、創業より10年足らずで現在のような立派なお店に拡大されたそうです。現在のご主人がお店を継いだのが6年前。

 

「父が百貨店などの販路を築いてくれていたので、それを大切にしつつ、時代に合わせたお菓子作りを心がけています」

と謙虚に言葉を丁寧に選びながら話されるご主人。

 

すべて地下水を使用して、小豆は『丹波大納言小豆』、『備中白小豆』を使用して作られているこちらのお菓子。近年は異常気象の影響で材料の入手が非常に困難になっているそうです。

 

「和菓子屋にとって小豆は欠かせない材料ですが、材料の値上げだけでなく、このままでは良質な小豆が入手できなくなるのではととても心配しています。気候に影響されない材料を使用してお菓子を作らなければと考えさせられるほどです」

と和菓子の行く末を案じて語るご主人。

 

当たり前のように食べてきている和菓子ですが、味を守り続けることの大変さを痛切に感じます。

 

そのご主人が心を込めて作った和菓子たちをご紹介します。まずは上生菓子と呼ばれるお茶席で出されるお菓子です。

鶯宿

星の光

友白髪

 

どのお菓子も京菓子らしい抽象的な意匠で、私たちの想像力をかきたたせてくれます。通年、季節の移ろいを感じるお菓子が常時5種類ほど販売されています。

壬生炮烙

 

京都では2月に壬生寺で行われる節分会に参詣して、素焼きの皿「炮烙(ほうらく)」を境内で求めて年齢、性別を書き、寺に奉納するという風習が古くからあります。その炮烙を国の重要無形民俗文化財に指定されている壬生大念佛狂言の演目である『炮烙割』で演者が豪快に落し割り、厄除開運を得ます。その縁起物の炮烙を模った縁起のよいお菓子です。

鶏卵素麺

 

ポルトガルの『フィオス・デ・オヴォシュ』(卵の糸)が起源とされるお菓子で室町時代末期に長崎へ伝来して『エンゼルヘア』と呼ばれていた南蛮菓子です。産みたての卵黄と糖蜜だけで製造されており、とても身体に優しいお菓子です。全国的にも数軒しか製造しておらず、とても貴重なお菓子の一つです。

屯所餅包装

屯所餅

 

新選組屯所にちなんだお菓子です。粒あんを、壬生で栽培された壬生菜を刻み入れたお餅で包んでいます。歯ごたえのあるお餅の食感がとても印象的です。万人受けしそうな味は、お土産に最適です。

京ちゃふれ

 

こちらのお店の新たな挑戦として創り出したお菓子です。2016年に俳優・本木雅弘さんがテレビ番組の中でおススメをされたことで人気となった濃厚抹茶の生サブレです。宇治抹茶を使った生地に、抹茶チョコレートをサンドしたお菓子の食感は、『しっとり』の一言に尽きます。この食感を実現させているのが、パン屋や洋菓子屋で定評のある七洋製作所のオーブンです。

 

「他のオーブンに比べて高かったのでどうしようか考えましたが、採用して良かったと思っています。和菓子屋がサブレを作ることに賛否あると思いますが、お客様に喜んでいただけるお菓子を作れたことを嬉しく思っています」

 

京都の和菓子店が手がけた濃厚抹茶の生サブレを一度ご賞味ください。

 

「従業員の方たちには、働き始めた時には『ゆっくりでいいから何事も丁寧に!』、慣れてきたら『丁寧にはやく!』と指導しています。丁寧にという精神は、先代から受け継いでいます。これからもお菓子作りを丁寧に! 接客を丁寧に! 包装を丁寧に! お店の運営に関わること全てを丁寧にしていきたいと思います」

と丁寧に語るご主人から偽りのない気持ちであることを感じとることができました。

 

「これからはどのようにお店を続けていきたいですか?」

と尋ねたところ、

 

「あまり急なお店の広げ方をせずに、着実な経営をしてお菓子の味が変わらないようにし、お客様に喜んでいただけるお菓子を作っていきたいと思います。そして、気軽にお店に立ち寄っていただけるような店づくりをしたいと思います」

と語る京都鶴屋 鶴壽庵と八木邸を守るご主人。

 

近頃は、京都市街地で多くの価値ある建造物が取り壊されホテルへと変貌を遂げています。その理由に莫大な維持管理費がかかることが挙げられます。こちらの文化財を当時のまま維持していくことは並大抵のことではないことは容易に推察できます。

 

ご先祖様から受け継いだ文化財を守り抜く並々ならぬ覚悟がご主人から伝わってきました。

 

新選組が好きな方だけでなく、今まで新選組に興味を持っていなかった方も、幕末の息吹を感じに訪れてみてはいかがでしょうか。