鍋の季節に、覚えておいてほしいこと
鍋の季節である。寄せ鍋、火鍋、すき焼き、ふぐちり、キノコ鍋、豚しゃぶ、水炊きなど、この季節になるとあちこちで鍋を食べることになる。
しかし店の人がすべて仕立ててくれる鍋ならいざ知らず、自分たちで取り仕切る鍋は、難しい。
鍋奉行によって、味に差が出てしまう。宴会で、「あなた鍋奉行やって」と言われた時には、憂鬱になる人も多いだろう。僕もサラリーマン時代に経験がある。苦労して、考えながら取り仕切るのだが、上司から散々ダメ出しをされたり、ひどい時は途中で「代わるわ」と、見るに見かねた先輩たちにとって代わられてしまうこともあった。あるいは、自称食通の上司の作った鍋が、大したことがないのに褒めなくてはいけないということも経験した。
getty images
その後鍋奉行名人に出会ったり、料理人と食べに行って、見事な技と仕切りを経験できたりしたおかげで、次第に鍋奉行上手になっていく。そしていつしか「鍋奉行講座」を行うようになり、さらには「一般社団法人 日本鍋奉行協会」を作って、なんと代表までするようになってしまった。
そこで今回は二回にわたって、鍋をうまく進行する、鍋奉行講座を行いたい。
一人前の鍋奉行をめざすメリット
鍋奉行がうまくいくと面白い。第一に、「あいつはすごい」と、自分の株が上がる。第二に、料理上手になる。
鍋奉行は、うるさく口だしする人のイメージがあるが、真の鍋奉行はそうではない。食材をいかに美味しくさせるかを考え、鍋を囲んだ人たちを思いやる、プロデューサーなのである。鍋料理にこそ、料理の基本精神が詰まっていると行っても過言ではない。
鍋業界での役回り
ではまず最初に、鍋業界で言われる役回りと名称を説明しよう。鍋奉行界では、おのおのの役目を伴った登場人物がいることが確認されている。鍋奉行以下、鍋将軍、悪代官、町娘(町人)、上様、寺社奉行、町火消し、先手組である。
「鍋将軍」とは、奉行よりも厳しく仕切る人である。独断的で、人の意見を取り入れず、少しでも自分のやり方に反する行為があると、叱咤し、時として激昂するほどの人を指す。世の常として、奉行より権力があり(仕事上の上下関係や年齢格差等)逆らうことができない。
「悪代官」は、上に浮く灰汁(アク)をすくい取る作業を、やたらやりたがる人である。あなたも過去に鍋を囲んだ際に、経験があろう。自らかって出て、こまめにアクを取る。神経質な人が多い。鍋奉行が兼任するケースもある。ただ鍋料理のアクには、うまみ成分や脂も含まれるため、アクを取り過ぎると、文字通りの悪となる。
「町娘(町人)」とは、鍋奉行にすべての進行を任せ、一切鍋の進行には手を出さず、ひたすら小鉢に盛られて、食べる時が来るのを「待つ」人たちのことである。鍋奉行としては、手を出さずに美味しく食べてくれる町娘(=待ち娘)が多いと、やりやすい。
「上様」は、別名勘定奉行とも呼ばれる。すなわち、勘定時に素早く割り勘の計算をし、集金する人。また接待時には、お客さんにわからぬように、スマートに勘定を済ませておく人。あるいは、領収書の宛先を、「上」でもらいたがる人のことも指す。
「寺社奉行」とは、みんなで鍋を囲んでいるにもかかわらず、自分の食べる分だけを入れて食べる人である。気ままに自分のペースを守り、他の人の進行には一切携わろうとしない。自分の地域から、一切でない人のことを指す。
「町火消し」も経験があろう。火加減にこだわる人である。沸騰や煮詰まりを恐れ、弱火至上主義を貫くあまり、常に調整つまみをいじり、往往にして、頻繁に火を消してしまうことがある。卓上コンロは、極弱火の調整が難しいという、事実を知らないので懲りることなく何回も火を消してしまう。その時は鍋奉行が火付盗賊改方となり、差配する。
「先手組」とは、鍋の進行中、やたら中の具材を触りたがる人のことである。取り箸で突いたり、裏返したり、移動させたりと、落ち着かない。この行為は、おいしさとはまったく無意味なのだが、注意しても触りたくてうずうずしているのがわかる。
以上、登場人物と役割を押さえたら、それぞれ自らがどの役割を今まで果たしてきたか、あるいは迷惑をかけていないか、胸に手を当てて考えよう。
getty images
鍋奉行の掟 十カ条
それでは鍋奉行の基本精神を説明していきたい。まず鍋奉行の掟 十カ条を覚えてほしい。
鍋奉行の掟 十カ条
一、「大切なのが位置取りと心得よ」
必ず卓上コンロの火力調整つまみが届く距離で、鍋に自分の影が映り、暗くならない位置取り。
二、「具の皿は鍋の横、右利きなら右横に配置する」
菜箸で取りやすい位置に皿を置く。
三、「さばき姿が肝心」
鍋の中が観察しやすいよう座敷では中腰を保ち、テーブル席なら立ってさばく。
四、「一に火加減、二に火加減」
煮立ててはいけない。アクが出やすくなる上に、旨味も流出してしまう。鍋から湯気が立ち周囲が少しだけ泡立つ、70〜80℃を保つ。この状態を「鍋が微笑んでいる」という。
getty images
五、「一具一人厳守」
鍋に5種類以上の異なる具を入れない。また、人数分を超える個数を入れない。例えば、白菜、ほうれん草、ねぎ、椎茸、魚、えび、肉があったとして、一度に鍋に入れるのは「白菜、椎茸、魚、かまぼこを人数分(白菜なら一人一切れ)」が上限ということだ。これは、鍋にカスを残さず、いつも綺麗な状態に保つためである。
六、「名店に学ぶ」
例えば神楽坂の「山さき」で、蓬莱鍋(寄せ鍋)を食べてみよう。仲居さんがつきっきりで、鍋に具を一つ入れては、頃合いで取り分けてくれる。入れる順番、火加減、煮え加減、美しいとりわけ方など、勉強する。
季節によって替わる「山さき」の鍋の具 出典:assyassyさん
七、「具の投入シナリオを立てる」
まず具の数を勘定し、人数分だけある具と人数分より多いか少ない具を選別する。そして均等に分けられるよう考える。白菜などは、大抵人数分以上たっぷりある場合が多いので、合間に挟み込む。寄せ鍋では、魚と肉の順序を決め、野菜や他の具を間に挟み込むようにすると、食べ飽きない。
八、「最適な加熱時間を知る」
例えば寄せ鍋での最短は、青菜の葉っぱ部分、えのき茸、三つ葉、セリの茎と葉、下ゆでしてある白滝、白菜の葉先などは3秒。次に青菜の茎、セリの根、白菜、シメジなどは10秒。鳥の水炊きなど旨味がスープにたっぷり出る鍋の時などは、白菜がクタクタになるまで煮ても美味しい。
エビは中心にやや生が残る具合(ただし冷凍ものや質が悪そうな時は十二分に加熱すること!)、豆腐は揺れて浮き上がろうとする頃合い。貝は殻が開いたら直ちに取り出す。白身魚は、膨らんで反ってくる少し手前がベスト。熱が高くなる鍋の縁側ではなく中心に入れる。豚しゃぶ、牛しゃぶなどの薄い肉は、好みの加熱具合でいいが、鍋の中でやたらしゃぶしゃぶと動かさない、そうすると旨味が出、アクも出やすくなる。
九、「むやみに箸でいじらない」
具材を入れたら静かに待つ。うまくなれと念じながら待つ。具材が加熱されていく様子を仔細に観察し、ベストの状態で素早く取り出す。名人は、火が入った瞬間のみに箸を入れる。
十、「取り分けをきれいに」
野菜類は鍋の縁に沿わせるようにして、水気を取る。小鉢に取り分ける時は、上からぽちゃんと入れるのではなく、小鉢の淵から滑らせるように入れると、かっこいい。
どうです。ケッコウ大変だとは思うが、ぜひ挑戦して欲しい。これを習得すれば「素材の持ち味を生かす」「食べる人のことを考えた親切心」という懐石の心得に通じる、料理の真髄をも得ることにもなるのである。
さて次回は、おいしい雑炊の作り方を伝授しよう。