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外食力の鍛え方〜客上手になろう〜
タベアルキスト・マッキー牧元さんの連載。今回は、新型コロナウイルスの影響による「飲食店と客の変革」について教えていただきます。
コロナ禍の飲食店と客の変革
未曾有のコロナ禍に襲われたことによって、我々は、生命の根幹を揺るがされるほどの事態に直面しました。震災でもリーマンショックでも考えさせられましたが、これほど世界中の人間が考え直す機会はなかったと思います。
今回の件は、二つの見方を中心に考えなければならないと思っています。
一つ目はアフターコロナでなく、ウィズコロナという考え方。様々な専門家が言う、本当の終息は2021年の夏以降だという意見を真摯に捉えて、商売を考えなくてはいけません。
二つ目は、この事態を前向きに受け止め、新しい概念を産むための機会と捉えることです。今回の件は「考え直せ」と、言われたのではないでしょうか。飲食業で言えば、「食べることでいいことをする」という考えが、提供する側と享受する側で芽生えると思います。
「資本主義」から「共感資本主義」へ
ご存じのように、先進諸国の飲食業界はバブルでした。一回の飲食費は高騰し、高価ながら予約の取れない店も、年々増えていきました。一部では、行きすぎた拝金主義としか思えないような状況があったことも事実だと思います。
しかし、コロナを経験した人たちによって、これからは「資本主義」から「共感資本主義」へ移行し、貨幣換算し難い「共感」という新たな価値に重きを置く時代がやって来るのではないでしょうか。
コロナ禍で見直された“料理の素晴らしさ”
長く家の中にいると、みなさん思いませんか?
今どのお店に一番行きたいのか。
一番食べたいものは何か。
一番会いたい人は誰か。
自分の本質に触れる欲求が芽生え始めています。
そんな各自の心の中にある素直な思いを確認しながら、コロナ前のやり方に戻るのではなく、どう新たな価値に向かって進めるかで飲食店との関係も変わっていくでしょう。
コロナ禍の中で、テイクアウト、デリバリー、あるいは社会貢献などをして、料理が持つ素晴らしさを改めて見直した料理人も多いと思います。
例えば東京では、「sincere」の石井シェフや「The Burn」の米澤シェフというサステナブルシーフードの普及に向けた啓蒙活動を行なう「Chefs for the Blue」のメンバーが、数々の人気レストランを手がける「サイタブリア」の石田社長と組んで、いち早く医療従事者へのケータリングサービスを行いました。6月末まで、1日400個の食事を届ける予定だといいます。
京都では「祇園 さゝ木」の佐々木さんが中心となって、40数軒の飲食店が医療従事者へ食事を提供。大阪でも「柏屋 大阪千里山」の松尾さんが中心となり、30数軒の飲食店が食事を届けるプロジェクトを始めました。
その他、日本中の飲食店が、こうした社会貢献を行いました。
医療従事者の方々からは、「まさか自分たちのことを気にかけてくれる人達がいるとは思わなかった」「おいしくて、おいしくて、みんなで涙を流しながら食べました」というメッセージや、感謝の寄せ書きが多く届いたそうです。
米澤シェフは言われました。「テレビをつければ“飲食店が潰れる”“大変だ”という話が流れてきて、こんなんじゃ若い人が料理人になろうなんて思わないよね、という話をみんなとしていました。でも、みなさんが元気になってもらえることを体験し、料理の素晴らしさを改めて実感できて、本当にありがたいと思います」
改めて料理の力を感じたシェフたちが、新たな一歩を踏み出して、いやがうえにもレストランは素晴らしくなっていく。その期待が高まりますが、一方では厳しい状況は続きます。
求められる変革とは
ソーシャルディスタンスを取るために、満席にはできずに、7割から5割のお客さんしか入れられません。
また、先日とあるシェフと話していたら、「再開してお客さんに来ていただけましたが、東京の感染者数が増加して、またキャンセルの電話をいただくようになりました」というように、お客さんが再び減る現実もあります。
今後は、一般的な仕事の仕組みが変わっていきます。リモートで仕事をすることが日常化し、採用も「週3日リモート可能」「全日リモート可能」といった人が優位になるかもしれません。
そうなると、都心にオフィスを持つことが社員募集に有利に働くといった、今までの概念も変わるでしょう。ミーティング2.0、オフィス2.0、営業2.0、人間関係2.0、対面2.0、街2.0……という変化が起こり、人の行動様式も、移動方法も変わり、新たな余暇時間が増えていきます。
飲食業で言えば、接待2.0、飲み会2.0が起こりうるでしょう。余暇が増え、自宅で過ごすことが多くなると、近所のレストランの利用が増えます。
東京でいえば、都心のレストランに行っていたお客さんが、密集や人混みを避けて私鉄沿線や郊外、近県のレストランに頻繁に行くことも起こりうるでしょう。
さらには、商売の変革が求められます。簡単なテイクアウトから、デリバリー、レシピ配信、ネット通販、YouTube、オンラインサロン、カジュアル出張料理まで、様々なことを考えるレストランも増えていくことでしょう。
あるいは、デリバリーやECサイト販売前提のお店づくり。または、客室のない飲食店、BBQピット併設レストラン、キッチン施設レンタル型のレストランなど、今までとは異なる業態ができるかもしれません。
デリバリーでいえば、東京でパリの三つ星レストランのデリバリーが可能になったり、サンパウロで京都の割烹料理が食べることができたりといった、今まで考えられなかったことも起こりうるのです。
すると地方格差も無くなってきます。今は地方に行かないと食べることができないおいしいものを提供するレストランも増えていますが、そういう店は地元より大都市から来た客で成り立っています。
しかし、もしこのビジネスが軌道に乗れば、観光客に頼らなくてもいいのです。何しろ全国、世界中に顧客が増えるわけですから。
もちろんその場でなければ実現できない料理もありますが、その両面があることがさらに魅力になっていきます。
正解はなく、昨日までの正解が明日は変わるかもしれない。今後の飲食店には、様々なトライアンドエラーや、試練が待っているでしょう。しかしその前に、我々客も考えなくてはいけないと思うのです。
客として考えたいこと
ライターの井川直子さんが、noteで数多くの料理人にインタビューをする素晴らしい記事を書いています。
「何が正解なのかわからない」をテーマに、何人もの飲食店主兼料理人それぞれのアフターコロナ、ウィズコロナの“答え”を拾い集めた記事なので、是非読んでほしいです。
その中である店主が言われていました。「そもそもコロナウイルスが怖い人は、はなからレストランには来ないです。うちに予約をして足を運んでいる時点で、うちに行きたい、私の料理を食べたい、おいしいワインを飲みたいっていう気持ちのほうが勝っている。(大人が)それぞれ自分で考えて、判断して、いらっしゃるわけです」。そのためあえてマスクはせず、消毒液は置いてあるが強制はしないと言います。
もちろん、これが正解とも言えません。こうまではできない、各お店の事情もあるでしょう。
ただ一つ気付かされたのは、我々お客が大人にならなくてはいけないということです。
客が“大人になる”ということ
大人として、レストランに行く意義を考える。金を払うのだから、安心安全を担保してもらうのは当たり前だろうという考え方は、子供の甘えです。
これから普段通りにレストランに行くにあたって、我々は「今までは、自分で考え、自分で判断して飲食店に行っていたのだろうか?」と考え直さなくてはいけません。高級食材に出会えるから、予約が取れないから、星付きだからという理由も、自分で考えて判断したことでしょうが、果たしてそれだけでいいのでしょうか?
僕は職業柄、「おいしい店を教えてください」とか、「あの店はおいしいですか?」と聞かれることが多いです。
でもそれって、失礼だと思う。そう思うのには、3つの理由があります。
第一に、プロが真剣にやっているんだから、おいしくないわけがない。
第二に、聞いてくる人の“おいしい”と思う基準を知らず、どれだけどんな店に行っているかという経験値もわからないので、正確に答えようがない。
第三に、これが一番大事なのですが、「あの店は楽しいですか?」、あるいは「よく行っているようですが、一番惹かれるところはなんですか?」と、聞いてくる人が少ないことです。
レストランに行くということは、「おいしいだけではない喜び」があるはずです。
目の前の皿だけではない、レストランの楽しみをもっと考えてみたい。飲食業の素晴らしさは、“おいしいものを食べる場所”というのは大前提ですが、客側は今まで(僕の自省も含めて)“おいしい”だけを追求しすぎたように思います。
それよりも誰とどう食べたか。この店に誰と来てどう過ごしたいかといった、共食(きょうしょく)の場としての素晴らしさを追求できることの方が、求められるような気がしています。
客としての成熟
さらにこれからのレストランは、「レストランに行っていいことをする」という意義が求められていくと思います。
ミシュランが、サステナビリティという新たな判断軸で、“緑のクローバーマーク”を設けたのも、世界の機運がそこに向かっているからでしょう。
単に自分が健康になるというだけではない、フードロス、SDGs 、フェアトレード、フードマイレージ、FIP(漁業改善プロジェクト)やMSC認証といったサステナブルな食材を使っているか、人によってはヴィーガンやグルテンフリーか、障害者を雇用している店か、客の座る姿勢が良くなる店かなど、“レストランに行くことによっていいことをする”(あるいはレストランで食べることによって世の中にいいことをする)という概念が加速していくと思われます。
しかし、それもすべて、我々客が、どれだけ客として成熟できるかにかかっています。
今回のコロナ禍は、すべてのレストランファンに、昨日までは当たり前だったことへの感謝を、与えてくれました。
その感謝を忘れずに、お金を払っている客だと傲慢にならず、自分の判断基準を持った大人の客になることが、レストランの未来を明るくすると思うのです。
文:マッキー牧元