〈スープに恋して〉「テンジャンチゲ」は韓国版のみそ汁?

日本人にとって味噌汁がソウルフードなら、韓国版おふくろの味は、さしずめ“テンジャンチゲ”。いわば韓国の味噌汁で、家庭料理の定番でもある。

テンジャンチゲ

 

このテンジャンとは、カンジャン、コチジャンと並ぶ韓国の伝統的な基本調味料の一つ。韓国味噌のことだ。本来は、“固い醤”を意味する言葉だそうで、おそらくは、その製造過程に由来しているのだろう。

 

「田舎育ちの私は、小さい頃から母親が冬になると仕込み始めるテンジャン作りを見て育ちました。味噌や醤油などの調味料をはじめ家で口にするものは、ほぼ自給自足でしたねぇ」
そう懐かしげに語る安貞愛さんは、料理上手が多いと言われている、韓国は全羅南道の出身。ここ赤坂で、韓国家庭料理の店「古家庵」を始めて早20年近く、オモニならではの手作りの味で客をもてなしている。

手間と時間をかけたからこその、深い味わいの味噌

そんな安さんに、昔ながらのテンジャン作りを伺うと……。次のような説明が返ってきた。

 

まず、茹でた大豆を、豆の粒々感が残る程度に臼で粗めのペースト状にし、一定の大きさに固める。この味噌玉が、韓国ではメジュと呼ばれるもの。これを藁などで括り、暖かな部屋に吊るしてカビが生えて来るまで1、2カ月ほど待ち、カビが生えてきたところで、早春の晴れた日に天日干しにする。このようにして乾燥させ、出来上がったモノがいわゆる豆麹だ。しかし、これで終わりではない。今度は、そのカチカチに乾いたメジュを塩水と共に大きな甕に入れ、2〜3年寝かしてようやく完成となるのだ。こうして発酵が進むに連れ、液体のほうはカンジャン(醤油)となり、塩辛くて硬い塊はテンジャン(味噌)になるわけだ。

韓国味噌「テンジャン」

味噌は同じでも違う楽しみ方ができる、2種のテンジャンチゲ

「古家庵」には、現在、このテンジャンを使った汁物“テンジャンチゲ”が2種類ある。“野菜テンジャンチゲ”と“テンジャンチゲ定食”がそれで、安さんによれば、「“野菜テンジャンチゲ”は、アサリをベースにじゃがいもやエホバク(ズッキーニに似た韓国南瓜)、赤ピーマンや長ネギなど野菜がたっぷり入った、ややあっさりめの味噌汁仕立て。一方、“テンジャンチゲ定食”の方は、ごはんにかけて食べるスタイルなので、味噌を多めに入れて濃いめの味付けにしています。こちらの具は豚肉と豆腐が主体です」とのこと。いりこ出汁が韓国の定番だが、日本での暮らしが長い安さんは、そこに昆布とかつお節もプラス。より旨味豊かな味わいを引き出している。

野菜がたっぷり入る

 

さて、野菜テンジャンチゲの調理法はこうだ。じゃがいもとアサリを最初に出汁に入れて煮立て、じゃがいもが柔らかくなったところで、野菜類を投入。青唐辛子も必需品。青唐辛子の爽やかな辛味が味噌の濃厚なコクに拮抗し、まさに名脇役。味をキリッと引き締めている。

特製のテンジャンが味の決め手

 

更に隠し味のにんにくのすりおろしと唐辛子粉も加え、最後にテンジャンを入れれば完成。韓国味噌は、日本の味噌と違い、煮立てた方が味が深くなると言われているが、「風味が飛ぶような気がするのであまり煮立たせない」のが安さん流。

「野菜テンジャンチゲ」税別1,700円

 

卓に運ばれてきてもなお煮えたぎる味噌鍋は、グツグツと美味しそうな音をたて、香り豊かな湯気を漂わせている。熱々のスープを一口、スッカラ(韓国のスプーン)で掬い啜りこめば、味噌の旨味の中に広がる野菜の甘みが舌に優しい。

「テンジャンチゲ定食」税別1,200円

 

対して、テンジャンチゲ定食のチゲの方は、味噌のコクがズンと来るボディのある旨さ。その濃密な味わいに豚肉の旨味や青唐辛子の辛味が渾然一体となり、箸ならぬスッカラが止まらない。麦飯にセットの生野菜をのせ、テンジャンチゲをかければ、まさに、韓国式ぶっかけ飯。クセになること請け合い!の美味しさだ。

韓国の古い調度品で作られた空間で、膝をくずしてゆっくりくつろげる

 

寒さが一際厳しいこの季節、身体の芯から温めてくれそうだ。

取材・文/森脇慶子

撮影/三好宣弘(RELATION)