子ども心に憧れた、とろりと温かいポタージュスープ

子どものころは、ポタージュスープが大好きだった。『最後の一葉』を読んだ時、その小説に出てくるスープはポタージュスープに違いないと小学生の私は思っていた。それが、オー・ヘンリーの短編小説だということを知ったのはもうずっと後のことで、子ども向けに書かれた話の中には、それが、チキンスープだなんて書かれていなかったから(いや、もしかしたら書いてあったのかもしれないが)、そのスープは、とろりとして身体の温まるポタージュスープだと勝手に思い込んでいた。

 

そして、当時、一番好きだったのがなぜか中華のコーンスープ。たまに連れて行ってもらった「銀座アスター」のコーンスープが、小学3〜4年生の私にとっては夢のような美味しさだったことは、今も記憶の片隅に残っている。

衝撃の味だった、柳沼シェフの作る野菜のすり流し

大人になり、ポタージュスープよりもコンソメ系のスープに嗜好のベクトルは傾きがちになり、“中華風コーンスープ”もいつしか卒業していた。だが、今から十数年前のこと。白金にあった伝説の名店「龍虎鳳」で柳沼哲哉シェフが作る野菜のすり流しスープを初めて口にした瞬間、舌の記憶が一気に巻き戻された。 優しく控えめながら、滋味溢れる味わいにすっかり相好を崩してしまったのだ。そしてその味を、今はここ赤坂「うずまき」で楽しんでいる。

 

冬はかぶ、夏は満願寺唐辛子や冬瓜、秋には芋類と四季折々の野菜で作られる同店のすり流し。今の季節は旬のうすいえんどうが主役だ。うすいえんどうとは紀州の特産品で「グリーンピースに比べ実が大きく皮が薄い。 青臭さも少なく、甘みが上品で繊細なんです」とは柳沼シェフ。

作り方はこうだ。うすいえんどうは、塩味濃いめの塩茹で。ざるにあけたらそのままおかあげ(ざるなどにあげて自然に冷ますこと)にして清湯(チンタン)スープと共にミキサーで回す。おかあげにするのは、水っぽくなるのを防ぐためだ。そしてこれを鍋で温めれば出来上がり。作り方は至極簡単。何の変哲も無いように思えるが、しかし。この清湯がなかなかの食わせもの。この限りなくクリアなスープこそ、すり流しの陰の立役者かもしれない。

スープの材料は、鶏の胸肉が2kgに対し豚のうちもも肉が500〜800g。少しコクを持たせるために豚のうちももを加えているそうで、どちらもあえて脂の無いところを選んでいる。それも、柳沼シェフ曰く「肉の味はほしくない」から。一度さっとボイルした鶏胸肉と豚うちもも肉を13リットルの水で煮込むわけだが、その火の入れ加減がキーポイント。沸騰するまでは強火で。一旦沸騰したならば、そのあとはごくごく弱火で約2時間。ゆっくりゆっくり決して煮立てることなく、13リットルの水が8リットルになるまで静かに煮込んでいく。こうして出来上がったスープは、一点の濁りも脂分もなく実にピュア。雑味なくあっさりしていながらも、何とも言えぬ深い旨みが舌に広がっていく。それでこそ、野菜の風味を邪魔することなく、その底味を支える縁の下の力持ちとなりえるのだ。

淡い草色もたおやかなスープの優しいとろみは、豆本来のもの。茹でたての豆を口にしているようなナチュラルな美味しさが身上だ。

 

ちなみにスープは、コースの一品。コース内容は、食材の入荷状況によって日々変わるため、どうしても食べたい時は、予約の際にひとことどうぞ。