〈おいしい仕事の仕掛け人〉Vol.3

「食」の可能性を信じて、ビジネスに取り組む人にフォーカスする当連載。第3回は「銀座つぼやきいも」を第一レンタル株式会社と立ち上げた、株式会社博報堂クリエイティブ・ヴォックスのアートディレクター中島可奈子さん。広告会社が銀座でやきいも? そのユニークな取り組みを聞いた。

「銀座つぼやきいも」 デザイナー

株式会社博報堂クリエイティブ・ヴォックス アートディレクター

中島可奈子 Kanako Nakajima

 

2005年武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科卒業後、広告会社博報堂にデザイナーとして入社。アートディレクターとして、飲料・車・金融会社などのグラフィックデザインを手掛ける。2011年クリエイティブエージェンシーである博報堂クリエイティブ・ヴォックスに移籍。2016年より「銀座つぼやきいも」のプロジェクトに参画し、博報堂クリエイティブ・ヴォックス太田麻衣子社長の右腕として店舗開発に関わる。2018年6月「銀座つぼやきいも」をオープン。

目指したのは「手土産にできるやきいも」。店舗そのものが広告の新しいカタチ

――広告会社である博報堂クリエイティブ・ヴォックスが飲食店をプロデュース、それも銀座で焼き芋屋というのはとてもユニークだと思いますが、お店を始めたきっかけを教えてください。

 

中島:このお店を共同で設立した第一レンタルの社長・釋永一男さんから、同郷の弊社社長・太田に、お店作りを⼿伝ってほしいという相談があったのがきっかけです。実は釋永さんが50年以上前、銀座に遊びに来た時、見かけたのがつぼ焼き芋の屋台。そのまわりで美味しそうにお芋をほおばる人たちの姿が、とても印象に残っていたそうです。確かに銀座出身の国文学者・池田弥三郎の大正後期のエッセイには、壺で焼いた焼き芋屋があったと残されているんです。現在の銀座にはそんなほっと一息つける場所がないと感じていた釋永さんが、70歳を迎え叶えたい夢のひとつとして、その姿を現代に復活させたいと思われたのが最初でした。

甘い蜜をたっぷり含むつぼやきいも。皮ごとまるまる食べられる。

 

――とはいえ、広告とは全く異なる店舗を手掛けたのにはどんな考えがあったのでしょうか?

 

中島:確かに私たちは広告会社ですから、これまでならでき上がっているお店をどう広告するかが通常の仕事。お店づくりは初めての経験ですし、物件探しに始まり、サツマイモの品種の選定や焼き方など、とにかく一からすべてをプロデュースしたので、試行錯誤の繰り返しでした。ただ最終形は違っても、売るべき商品を深く知り、コンセプトを考え、アピールすべき店名を考え、ロゴをデザインするといったことは、いつもの広告の仕事と同じ。結果的には、店舗自体が広告の新しいカタチと考えています。そして作るからには、他にはない新しい焼き芋を開発し、一過性の流行ではなく銀座にこの新しい業態を根付かせたいと思いました。とはいえ、あまりにも手探りではありましたけれど(笑)。

 

――実現に向け、一番重要視したのはどんなところだったのでしょうか?

 

中島:まずは銀座という立地と焼き芋という商品のミスマッチを、どうすれば付加価値を上げられるか、また来たいお店になるかということを一番に考えました。焼き芋はそもそも素朴なもの。その部分は残しておきたいですが、銀座という立地の上品さは絶対に必要ですし、誰かに持って行きたいものにもしたい。そこで出たコンセプトが「手土産にできる焼き芋」。どこにもない焼き芋の味を目指し、お店のトーンや包装や箱などの細かいところも上品ないでたちへと形を作っていきました。

銀の文字のパーツは、よく見ればすべてお芋のフォルム。持ち帰りはロゴマークがプリントされた包装紙で包まれる。

 

――店舗を作る上で、他の飲食業と異なる広告会社としての強みはあったのでしょうか?

 

中島:ただ売るだけの焼き芋ではなく、その商品をお客さまにどう感じてもらえるかということを追求しました。銀座の昼夜の人の違いやお客さまの導線などのマーケティングや、コンセプトをしっかり作れるのは広告会社の強みでもあると思います。ただ逆に、プロモーションにおいては、広告会社であるメリットはまったく利用しませんでした。仕込みをしようと思えばできたと思います。でもやっぱり、焼き芋屋そのものの実力を試したかったんです。

 

――初めての経験となると、たくさんの苦労もあったと思います。実際にはどのぐらいの準備期間を経てオープンされたのでしょうか?

 

中島:最終的な形になるまでに、約2年。1年半ぐらいで店舗内容はだいだい固まったのですが、銀座に出すからには本当に美味しいものにしたいと、さらなる美味しさを引き出すにはどうすべきかを半年間追求したんです。例えばお芋の品種。ねっとり系の紅はるかも、焼き方によっては蜜があまり出ないんです。いろいろ悩んだ末、たどり着いたのが紅はるかの熟成芋。収穫したお芋を30~40℃の高温多湿の場所で3~4日熱処理すると、お芋のまわりにコルク層ができ、旨味が外に逃げずに凝縮するんです。その後2~3カ月間、約13℃の低温で貯蔵したものを使っています。

 

また壺焼きも炭火、ガス、電気などを試し、蜜がたっぷり出てキャラメリゼされる炭火を選択。火の調整が難しく、何分焼いたらでき上がり、というマニュアル化ができないので、職人的な技量が必要ですが、長時間じっくり焼くことで、甘さと蜜がじわじわ出てくるんです。

壺の中で焼かれる紅はるかの熟成芋。直接炭火に当てないので、皮も焦げ付かずじっくりと焼かれる。

焼き上がったお芋は、いったん保温箱へ。さらに蜜を引き出す。

 

――オープン時から評判になった、“アイスやきいも”とは?

 

中島:お店はやきいも一本でいくつもりだったので、夏をどうするかは課題でした。さらに物件完成のスケジュール上、お店のオープンが6月に。つぼやきいもを冷やすと、芋羊羹のようなしっとりした食感になったんですが、冷やし焼き芋はすでに他のお店にもあったんです。広告屋としては、やっぱり他と同じことはやりたくない(笑)。そこで冷凍してみたんです。すると蜜がたっぷりあるので硬くなりすぎず、もっちりとした食感に。まるでアイスクリームのようなまろやかな口当たりになったんです。この商品開発がさらにやきいも一本でいく自信になりました。

(左)1本を半分にカットした「はんぶん」350円。(右)1/4にカットした一口サイズの「ちいさいの」250円。その他1本分の「まるごと」700円もある。

 

――手土産やケータリングも好評だそうですね。

 

中島:玉手箱のような包装や大量の時の木箱もご用意しているので、会社のパーティなどでもお使いいただいています。また当初の目標のひとつが「銀座のクラブのお姉さんたちに食べてもらいたい」ということ。22:00まで開店しているのもお客さまがお土産に持っていったり、お店で出してもらったり、そんな焼き芋にしたいと思っていたんですが、実際に近隣のクラブへ出前も実施し、ご好評いただいています。

まさに玉手箱のようなパッケージ。やきいもが入っている意外性に、贈られた人の笑顔が見える。1箱に「はんぶん」4個入り。

 

――オープンから約半年、お客様の反応は? そして今後の抱負も教えてください。

 

中島:一口食べた瞬間に「こんな焼き芋食べたことがない!」と驚かれる方が多いんです。その言葉は本当にうれしいです。スーパーやコンビニでもやきいもを売るようになり、お客さまの知識が高まっている中、それに負けない驚きのあるものをずっと目指していたので、粘ったかいがあったと思います。今後はお芋を焼くワークショップや芋判作りなど、食べるだけではなくお芋を通じて世界を広げたいと思っています。

この壺で何を作っているのか聞かれることも多いとか。イートインスペースにはうおがし銘茶のほうじ茶(無料)も。

取材・文:牛丸由紀子

撮影:森山祐子