〈おいしい仕事の仕掛け人〉Vol.4

「食」の可能性を信じて、ビジネスに取り組む人にフォーカスする連載。第4回は親子が安心して食べられるお弁当を製造販売する「子どもの食卓」の代表取締役・権 寛子さん。子供の未来を育むお弁当を作りたい! それは自分自身の体験と小さな疑問から始まった。

子供にはおいしさと安全を、母には安心とゆとりを。お弁当一食が食卓を笑顔に

子どもの食卓株式会社 代表取締役

権 寛子 Hiroko Gon

 

1982年神奈川県横浜市生まれ。慶應義塾大学商学部卒業後、東京共同会計事務所を経て三菱UFJメリルリンチPB証券(現 三菱UFJモルガン・スタンレーPB証券)に勤務。第一子の妊娠・出産を機に専業主婦となり、子供の食の安全性の危うさや、育児中の日々の食事作りの大変さを実感。その経験からお母さま方の安心を増やそうとおいしくて安心・安全な幼児食の普及を目指す。友人の紹介で料理家のうすいはなこ氏の料理と出会い、夢を実現するべく2017年10月に子どもの食卓株式会社を設立し、代表取締役に就任。2018年10月より、幼児食弁当の販売を開始した。

母親だからこその「気づき」を食で実現

――昨年10月から販売を開始されたお弁当がとても好評だとお聞きしましたが、どんなお弁当なのでしょうか?

 

権:「子どもの食卓」のお弁当は、離乳食が終わった1歳半ぐらいのお子さんから食べられる幼児食として開発しました。なので化学調味料や保存料はもちろん、表示義務がないものも含め食品添加物を一切使用していません。農薬や化学肥料を使用しない自然栽培の野菜やお米を使用し、できる限り砂糖・塩・油を使わずに調理。調理法も煮る・蒸す・グリルで焼くを基本として、和食のやさしい味付けで食材本来の味を引き出すことを心掛けています。もちろん大人も食べられる内容です。

メニューは日替わり。FacebookおよびInstagramでメニューと材料を公開している。

 

――権さんがこのお弁当を始めようと思ったきっかけを教えて下さい。

 

権:第一子を出産後、専業主婦になったのですが、子供を見ていると、例えばお昼に味の濃いものや甘いものを食べると、夕方癇癪を起したり感情のアップダウンが激しくなることが多くて、食べ物が心身に影響を及ぼすことを改めて実感したんです。だからやっぱり子供には、栄養がある体に良いものを食べさせたいと思うんですが、現実は毎日の育児と家事で疲れ果ててしまうことも多くて。ただ、今日は何か買って……と思っても原材料表示を見るといろいろな添加物が入っているので、安心できない。結局ヘトヘトになりながら食事を作り、気づけば笑顔のない食卓になることも。もっと安心・安全でおいしいものが手軽に買えればいいのにと、切実に感じていたんです。真面目なお母さんほど、きっと手を抜けないはず。私だけではなく、そんなお母さんの助けになるのではないかと。

 

――子供にいいものをというだけではなく、お母さんもサポートしたいという思いが強かったんですね。

 

権:そうなんです。何しろ子供を産んで、私が最初に思ったのは「お母さんがこんなに大変だと誰も教えてくれなかった!」ということでしたから(笑)。今のお母さんたちは育児に家事に仕事、そして介護と様々なタスクも増えています。専業主婦になっても、子供と遊ぶ時間さえままならない。だったら時にはアウトソースできるものに頼ってもいいと思うんです。家庭では難しいひと手間は、このお弁当で私たちが担うので、お母さんは5分でもいいから休んでほしい。そのためにも、お母さんが頼れる安心できるものを作らなければと思いました。

穏やかな表情ながら、未来を担う子供の食への熱い思いを語る権寛子さん。自らも1歳と3歳の2児の母だ。

 

――権さんご自身は、以前から無添加や有機栽培など食べ物への意識が高かったんでしょうか?

 

権:それがまったく(笑)。もともと食べることが大好きで友人からは「権に聞けば適切なレストランを教えてくれる」と“ごんログ”と言われるほど(笑)。B級グルメも好きでしたし、楽しくおいしく食べられさえすればいいと思っていました。

 

でも子供を産んでからは、おいしさだけではなく産地や添加物も気になるように。そんななか、娘の保育園見学で給食のメニューを見たらマーガリンが使われていたんです。当時は添加物など全然詳しくなかったんですが、マーガリンにも使われるトランス脂肪酸が人体に害を及ぼすと、NY市長がレストランで使用禁止にしたことを思い出し、なぜそんな食材が子供の給食に?と疑問を持ったんです。気になるととことん調べる性格なので、添加物にもランクがあることや、海外では禁止されていても日本では使用可能な添加物がいかに多いかも知りました。でも子供の味覚は3歳までに“ハードウエア”が、そして12歳までに様々な味を捉える“ソフトウエア”ができ上がる大切な時期。それを超えると、繊細さやおいしさを感じる力が伸びなくなるといわれています。なので小さい時に自然に近いものをたくさん食べて、食材本来の味を知ることが大事だということに気づいたんです。

幼稚園の謝恩会やお母さんたちの集まりなど、20個以上の場合は配達も可能。現在は東京23区のみの販売だが、地方でも展開してほしいというお母さんの声も多い。

 

――そんな漠然と描いていた思いが、具体的な起業へとつながったのは?

 

権:現在お弁当の製造を担当する、料理家のうすいはなこさんとの出会いが大きかったですね。彼女の料理は本当にシンプルですが、素材の旨味をしっかり感じられてとてもおいしかったんです。驚いたのは野菜嫌いだった娘が、蒸しただけの人参をお鍋の半分近くぺろりと食べてしまったこと。それまで私は、気づかれないように一生懸命みじん切りしてハンバーグに入れていたのに(笑)。でも子供の反応を見て、これは間違いないと。自分の考えていた子供の食のあるべき姿を形にできる人に巡り会い、できたのがこのお弁当なんです。

取材時のお弁当はサワラの幽庵焼をメインに、赤かぶの梅酢漬けや油不使用の出汁巻卵など。彩りも鮮やかだ。

 

――それまでは金融関係で働いていて、飲食業はまったくの未経験。起業には苦労があったのではないでしょうか?

 

権:飲食業界の方に相談しに行ったところ、添加物を入れないお弁当なんて無理と反対されました。でも大変なことはすぐに忘れられる才能があるので、あまり覚えていないんです(笑)。

 

自分にとっての判断基準は、「できるできない」ではなく、「やりたいかやりたくないか」。だから常に自分のやりたいことをまわりに発信し、この分野ならこの人という方を見つけたら、5分でも必ず会いに行く。そこで答えが出なくても、そこからまた別の方につなげる努力をする。最大の結果を出すためには誰と誰、あるいはどの会社と結び付けるべきかを的確に捉え、それぞれの隠れた価値を見つけてつなげる、そんな金融時代に培った仕事のやり方がこの時に役立ったかもしれません。

 

――結果的にはそのやりたいという強い意志が、周りを動かしたわけですね。

 

権:それは本当に、人のご縁に恵まれたと思っています。無添加のお弁当なんて夢物語と言われるのも当たり前の中、同じ方向を向く人が必要なタイミングで必要な役割をもって関わってくださいました。まったくツテのなかった仕入れ先を紹介してくださったり、調理場を提供してくださる方もいれば、商売のノウハウも一から教えてくださる方など、壁にぶつかる度に誰かが手を差し伸べてくださった結果なんです。

お弁当にかかった白い帯を外すと、裏には権さんが「子どもの食堂」に託す思いが印刷されている。

 

――今後はお弁当以外の販売も考えられているとか?

 

権:お弁当は現在水・木・金にFOOD&COMPANY学芸大学店で販売しています。週の中盤あるいは週末前に疲れてしまうお母さんのためというのと、月・火は土日の作り置きでという考えからです。でもお弁当は販売地域も限られますし、何より急遽夕飯が作れない時もありますよね。そんな時のために、冷凍食品とレトルト食品も年内の完成を目指して開発中です。もちろん保存料や添加物は不使用。その分消費期限は1カ月に満たないかもしれませんが、例えば3週間の期限でも「これがあるから大丈夫」とお母さんたちの安心材料になると思っています。

 

――普段はちゃんと作っているけれど、頼りたいときは頼っていいと教えてあげたいということですね。

 

権:どうしても世の中的にもお母さん自身も、手を抜くのは悪いことだというイメージがあると思います。でもお母さんには、子供のためにちゃんと吟味してこのお弁当や冷凍食品を買う自分自身を褒めてもらいたいんです。子どもの食卓の商品を買うことが罪悪感ではなく、子供のために選ぶんだというイメージにしていきたいですね。

上/お弁当 大(1,480円)は大人用に。下左/お弁当 小(1,380円)は子供用。ごはんとお味噌汁は家でという場合には、下右/ご飯なしのお惣菜(1,150円)もある。

 

――「子どもの食卓」はまだ始まったばかりですが、将来の夢をお聞かせください。

 

権:保育園・幼稚園帰りのお母さんに渡せるお惣菜を園と一緒に開発したり、チェーン店やフードコートでも添加物なしの「子どもの食卓」監修メニューを作るなど、アイデアはまだまだたくさんあります。そのためにも今はとにかく、このお弁当で子供時代の食の重要性と、お母さんたちへのサポートを地道に続けていくしかないと思っています。でもいつかこの会社が不要になる、変な話ですがそれが一番の夢かもしれません。きっとその時は食の環境が改善されて、子供にとっておいしく安全な食事が当たり前になっているはず。そんな未来で「そういえば、こんな会社があったよね」と言われるのが理想ですね。

国内外からセレクトしたオーガニック食品が揃うFOOD & COMPANY学芸大学店の前で。「子どもの食卓」のお弁当はここで販売。店頭に立ってお母さんたちの声を聞くこともあるという。4月からは取扱店が都内にもう一店増える予定だ。

 

販売スケジュールやメニュー等詳細は「子どもの食卓」FacebookおよびInstagramで。

 

※価格は税別

取材・文: 牛丸由紀子

撮影:恩田拓治