【おいしいパンのある町へ】

Vol.21 東京・大岡山「HIMMEL(ヒンメル)」

フランスは言うまでもなく、イタリア、スペイン、トルコと、世界各国のパン専門店が軒を連ねる東京で、今回クローズアップするのは、ドイツパン。ブレッツェルをはじめ、本場ドイツで習得したパンの数々が話題を呼び、現在は3店舗をかまえるまでに拡大した人気急上昇店、「ベッカライ・ヒンメル」。その魅力を探るべく、大岡山駅から徒歩2分に位置する本店へむかった。

初めて食べたドイツパンの感動が忘れられず、30歳でドイツ行きを決意

オーナー兼シェフを務めるのは、金長暢之さん。パン屋で下積みを行うなかで味わったドイツパンのおいしさに開眼し、当時パンの修行先としてはマイナーだったドイツ行きを決意。ドイツいちの売り上げを誇る人気店で2年間働いた経歴の持ち主だ。

「パン屋に就職したのは20年前、27歳のときでした。それまではメーカーの営業職に就いていたのですが、他人が作った物を売るというのがしっくりこなくて。その理由を考えたときに、“ああ、思い入れを持てないんだな”と。自分が作った商品を自分の手で売るという職業に憧れを抱き、たどり着いたのがパン屋でした」

 

「当時、20代後半からの転職はかなり遅いと言われ、就職先を探すのに苦労しました。埼玉県戸田市の「パン工房 暖家」で修行をしていたときに訪れたのが、桜新町にある『ベッカライ・ブロートハイム』。初めて食べたドイツパンは、とにかく新鮮でした。ドイツパンを作りたいという想いが日に日に募り、転職すべきかモヤモヤとしていたところ、妻が“それなら直接、ドイツに行っちゃえば?”と一言。翌月にはワーキングホリデーを申請し、2カ月後にドイツへと飛び立ちました」

大岡山の本店には日々、130種類ものパンが並ぶ。

ドイツいちの売り上げを誇る人気店で、修行をスタート

強行突破でドイツ行きを果たしたものの、語学の知識は皆無。語学学校に通いながらパンの食べ歩きを行うなか、地元の名店「Bäckerei HINKEL(ベッカライ・ヒンケル)」と出会う。「一通り食べて、どれもレベルが高かった。なかでもずば抜けておいしかったのが、ドイツのドーナツ『クラプフェン』。これを一口食べた瞬間、ここで働きたい!と。お店に直談判したところ、話しかけた人がたまたまオーナーだったんです。3日間のテスト期間を経て無事、採用が決まりました」

店頭に飾られた自転車は、「Bäckerei HINKEL」のオーナーが愛用していたものだとか。

 

「当時の『Bäckerei HINKEL』は、多い日には1日250万円以上を売り上げる、ドイツいちの人気店。ドイツパンに欠かせないライ麦の性質や本場の配合を習得しつつ、より効率良くスピーディにパンを作る技術など、多くのことを学びました。なかでもマスターするのに時間がかかったのが、ドイツパン作りで特徴的な、生地を押しながら丸める製法。そうすることで、より生地に張りがでるんです。連日の猛特訓は、今も思い出したくないくらい苦痛でしたが、この技術を本場で身につけられたのが、今につながっていると感じています」

ドイツと日本の“いいとこ取り”こそが、自分らしいパン

ドイツで2年間の修行を経て、帰国。幅広い素材の知識を身につけるべく世田谷区の「ブーランジェリー ラ・テール」に3年間勤務し、2008年に「ベッカライ・ヒンメル」をオープンさせる。「いざ開店するにあたり、どんなパン屋を目指すべきか改めて考え直しました。本場のドイツパンを作るだけではつまらないので、どうやったら自分らしさを出せるのか、と。そんなときに、ドイツでの修行時に感じた、日本の丁寧な仕事の素晴らしさを思い出しました」

「ドイツの店はスピード重視で、形くずれは当たり前。でも並んだパンを見て、やっぱりきれいに焼きあがったパンの方がおいしそうだよな、と。美しく、どこから食べてもおいしく作られている日本のパンの技術と、ドイツパンの良さをともに活かせるのは、自分ならでは。いいとこ取りした“金長のパン”を作っていこうと、決意しました」

 

「理想を現実に」という言葉をモットーに掲げ、自分らしいパン作りを続けること10年。本店である大岡山店のほか、目黒店、自由が丘店の3店舗を営むまでに成長。日々ショーケースに並ぶ130種類ものなかから、金長さんが「これぞ!」と太鼓判を押す商品を聞いた。

忘れられない感動の味を再現!ドイツのドーナツ「クラプフェン」

「『Bäckerei HINKEL』で一口食べるなり、衝撃を受けた商品です。ドイツ北西部で食される伝統的なお菓子で、いわゆる“ドイツ風ドーナツ”。硬そうな見た目ですが、中はふんわり&しっとり。このギャップに、みなさん必ずビックリされます。ドーナツよりもシュークリームに近い食感で……とにかく一度、味わってみてほしいです!」

 

オープン当初はなかなか売れず味見として配ったところ、ほぼ100%の人がリピート。今では、売り上げNo.1を誇る人気商品に。

 

「小麦粉と水、卵、バター、塩、レーズンを混ぜ合わせ、そのまま油に投入。高温で揚げることで外はサクッ、中はしっとりとカスタードクリームのような食感に仕上げています。ドイツでは砂糖をまぶしたものが主流ですが、オリジナルでシナモンシュガーも取り入れ、2種類を提供しています」。口に含むなりとろけるような食感で、あっという間にペロリと完食できる。(各200円)

ドイツパンといえば!日本人好みにしっとり仕上げた「ブレッツェル」

「ドイツでは食事としてではなく、お酒のおつまみとして親しまれています。本場のものは2倍ほどのサイズで、ぼそっとした味わいが特徴。より日本人の口に合うようバターの量を増やし、しっとり&もちっと仕上げています。中央のツイスト部分は通常よりも細くし、サクッと焼き上げ。いろんな食感を楽しめるので、最後まで飽きずに食べていただけるかと」(200円)

そんな定番商品をねずみ形にアレンジしているのが、オリジナルの「チューチュー」。「スタッフが遊びで作ったところ、すごくかわいかったので商品化。味わいはそのまま、形だけを変えています。とくにお子さんや女性から好評で、これを求めて訪れてくださる人も!」(140円)

ハラペーニョ&フェタチーズの異色のコンビの虜に!「ツォイスシュタンゲン」

金長さんが「ドイツで習得したパンのなかでも、最も思い入れがある商品のひとつ」と語るのがこちら。「ピリッとした辛いハラペーニョと、塩分の強いフェタチーズのコンビが斬新かつ、絶品なんです。ハマって、ほぼ毎日食べていた記憶が(笑)」

 

「ベースの生地はバゲット。フランス産小麦粉を18時間発酵させて、生地そのものの味わいに深みを出しています。ハラペーニョとフェタチーズはどちらもギリシャ産。生だと辛すぎるハラペーニョも、火を通すことでマイルドに。塩味が強いので、お酒のお供にぴったり。薄くスライスして軽くトーストすれば、手軽なおつまみに早変わりしますよ」(360円)

生地を味わう、ライ麦100%のサワー種「ゾンネンフォルコーンブロート」

「ドイツで最もメジャーなライ麦のパン。6年種継ぎしている、ドイツ産ライ麦で作った自家製サワー種を使用。イーストは最小限に抑えることで、ライ麦粉そのものの味わいを最大限に生かしています。ここ数年、日本でもライ麦パンがメジャーになってきた影響を受け、人気が急上昇。酸味があるサワー種は初めて食べると違和感がありますが、食べ続けるうちに病み付きになる人が多いようです」

 

「本家では丸い形状がスタンダードですが、そうすると水が飛んでパサついてしまいます。個人的にしっとりした方が好みなので、型に入れて水分の蒸発を最小限に抑えています。生地にたっぷりと混ぜこんだひまわりの種は、ドイツパンの定番素材。表面にもコーティングして焼き上げることで、より香ばしく。オリーブオイルやバターを加えて、シンプルに味わってください」(ホール1,080円、ハーフ540円)

金長さんに聞く、大岡山エリアの一押しグルメ

美食に目がなく、外食で出会った新しい味覚を商品開発にも取り入れているという金長さん。大岡山付近でとくに気に入っている、2店がこちら。

日本酒が飲みたいときは、「樋川」の上品な魚料理とともに

大のお酒好きと自負する金長さん。日本酒が飲みたくなったら、迷わず訪れるのが「樋川」。「とにかく日本酒のラインナップが素晴らしい。普段は肉派ですが、ここの魚料理は大好物。土佐酢をかけたあじの唐揚げは、マストな一品です」

ここぞ!というときの手土産は「wagashi asobi」が定番

大岡山からほど近い、東急池上線・長原駅付近にある和菓子屋「wagashi asobi」。ここの羊羹に惚れ込み、手土産として何度もリピートしているそう。「もともと羊羹はあまり得意じゃないのですが……ここの『ドライフルーツの羊羹』は別格。ドライフルーツと餡子がこんなに合うなんて、と、度肝を抜かれました。必ず喜ばれるので、ギフトとしても大活躍」

 

 

撮影:山田英博

取材・文:中西彩乃