【おいしいパンのある町へ】

Vol.27 東京・西早稲田「馬場FLAT(フラット)」

東京屈指の学生街として栄える、早稲田エリア。高田馬場駅から5分ほど歩けば、喧騒はぴたりと途絶え、閑静な住宅街が広がる。取材に訪れた日はちょうど、新宿諏訪神社の夏祭り。縁日の盛り上がりを感じさせる音楽や子どもたちの歓声を耳にしながら歩く街並みは、どこか懐かしさが。

 

西早稲田駅・高田馬場駅のほぼ中間、どちらの駅からも徒歩7分ほどで、大型マンションに到着。広場を囲むようにレストランやカフェなどが並ぶ一角に、「馬場FLAT」はある。

ウッドテーブル&チェアを設えた店先には、コーヒーを飲みながら本を読む人や、スマホを片手にゆっくりとパンを味わう人の姿。都心のカフェとなんら変わらない風景のようだが、レトロな壁色のせいか、はたまた人々の表情のせいか、まったり、ゆったりとした独特な空気が流れる。

 

以前もパン屋だったという店舗を改装し、「馬場FLAT」がオープンしたのは2015年。「丸4年が経つので、記念に何かイベントをしようと考えているんですけど。まだ何も思いついていなくて……」と言うのは、店長の中島勇さん。大手ベーカリーチェーン「アンデルセン」で14年勤め上げたベテランシェフだ。

「FLAT」という店名でピンと来た人もいるかもしれないが、豊富なワインを取り揃えるバル「目黒FLAT」&「麻布FLAT」、鮮魚を提供する居酒屋「権之助FLAT」は系列店。中島さんが「アンデルセン」からの独立を志していたときに会社の代表であるオーナー・鈴木成明さん、矢吹通康さんと出会い、一緒に店を立ち上げることになったそう。

 

「店舗を探していたときに、矢吹がここの情報を教えてくれて。当時彼も独立したてという共通点もあり、いろいろと情報交換をするように。不安から独立に踏み込めなかった僕を後押ししてくれました」。そんな中島さんがはじめてパン屋を志したのは、わずか4歳のとき。しかし意外にも、パンが大好物、というわけではなかったよう。

「当時、とにかく動物やキャラクターをモチーフにしたパンを見るのが好きで。生地を自由自在に操り、さまざまな形に仕上げる技術がすごいな!と。子どもの目には、魔法のように映ったんだと思います」。その嗜好は今も変わらず、パンは食べるよりも、断然作るほうが楽しい!と断言する。

 

パン屋という夢は中学まで続くも、朝が早いという事実を知って断念。新たな目標が見つからぬまま大学へ進学するが、就職活動を目前に、パン屋への思いが蘇ったそう。「不思議な感覚でしたね。中学を卒業してからパン作りをしたいと思ったことは一度もなかったのに、急に思い立って。ただ、それまで何をしても長続きしなかった僕が、20年近くパン作りを続けているのは奇跡的で(笑)。そういう意味でも、当時の僕の勘は外れていなかったのかもしれません」

オープン当初から、「馬場FLAT」の商品開発をひとりで担ってきた中島さん。そんな彼のパン作りに大きく影響しているのが、ヨーロッパでの研修経験だ。「『アンデルセン』の制度で8カ月間、ドイツ、フランス、デンマークのパン屋で研修しました。どこも本場だけあってとびきりおいしいのですが、同じ商品が日本でも売れるか?と考えたときに、違うなあ、と。その風土にあった素材を使い、同じ文化の料理と食べるからこそ、パンの味が引き立つんだと再認識しました」

 

「それから、効率を重視するワークスタイルも印象的でした。日本ではパン屋といえば長時間労働が普通ですが、とくにフランスは徹底していて、1日の勤務時間は8時間以下のところも。仕事とプライベートをきっちり分けて、人生を楽しもうという姿勢に、とても感銘を受けましたね」

海外のパンに比べ日本は凝った製法のものが多いことが、長時間労働につながると考えた中島さん。できる限り生地の種類を減らし、アレンジでバリエーションを増やすなどの対策を取り入れているそう。「店名にもある“フラット”という言葉は、英語で平坦という意味で平穏というニュアンスも感じます。のんびり穏やかに、地元の人に愛される店にしたいという思いが込められています。そんな店作りに欠かせないのが、スタッフが楽しく仕事できる環境。スタッフの元気はお客様にも伝わるし、商品の味わいにも影響すると思うから」

本場の味に固執せず、ワーク・ライフ・バランスを重視する。独自の信念を掲げて邁進する中島さんが毎朝作るパンは、約50種類。「日本人になじみのある味わいを出すため、小麦粉は国産のみを使用。そして翌日食べてもパサつかないよう、中種と湯種を組み合わせるなどしています。うちだけ!という技はありませんが(笑)、毎日フラットに、お客様と同じ目線で作ることを心がけています。それが伝わってか、口コミでテレビに取り上げていただく機会もしばしば。ありがたいですね」

 

インタビュー中も終始“フラット”なトーンで、謙虚な姿勢を決して崩さない中島さん。テレビやネットで大きな注目を集める「ミルクフランス」を筆頭に、店のベストセラーを聞いた。

『嵐にしやがれ』で人気が爆発! 完売必至の「ミルクフランス」

オープン当初から販売している看板商品のひとつ。以前からテレビやSNSで話題を集めていたが、『嵐にしやがれ』(日本テレビ)で取り上げられると注目度が倍増。放送から2カ月間ほどは、終日行列が絶えなかったとか!

 

今やぶっちぎりの人気No.1商品となった「ミルクフランス」。最大の特徴は、バリッと食感のバゲットと、ふんわりと軽いクリームの、食感のコントラスト。「ほとんどの店がやわらかなソフトフランス生地を使っているので、あえてバゲットでいこう!と。バゲットは国産小麦粉だけだともちっとしてしまうので、ドイツ産のライ麦粉をブレンド。一晩寝かせて熟成させて、小麦粉の甘み、ライ麦粉の雑味を最大限に引き出しています」


小麦とライ麦の香りを邪魔せず、かつ負けない存在感を放つのが、間にたっぷりとサンドされたクリーム。「じつはこのクリーム、『カタネベーカリー』直伝のレシピ。国産発酵バターと練乳をホイップしているだけですが、上品でコク深い味わいなんです」。一見弾力がありそうだが、口に含むと一瞬でとろけるなめらかさ。しつこさ、クセともに皆無で、ぺろりと食べられる。160円(税抜)。

さらにバゲットをアレンジしたもうひとつの人気商品が、「明太フランス」。焼き上げた状態のバゲットに、マヨネーズ、発酵バター、ガーリックパウダーを混ぜた明太子をこれでもか!というほどサンド。仕上げにほんのりとトーストしており、マヨネーズやバターが染み込んだ生地は格別! 240円(税抜)。

生でもおいしい!が3日間持続。リピーターが続出する「角食FLAT」

地域で愛されるパン屋になるためにも、ベーシックな「角食」のレシピはとくに力を入れたという中島さん。「ひとつ目のポイントが、ふんわりともっちりのベストバランスを作るために、中種と湯種、2つの生地を混ぜていること。噛んだ瞬間はふわっと、そしてしっかり噛みしめたときに、モチっとした食感が楽しめます」

 

「ふたつ目は、3種類の小麦粉をブレンドしていること。甘みが強い『キタノカオリ』は湯種に用いて、さらに甘さを引き出す。対して膨らむ力が強い『ゆめちから』は中種に。一晩寝かせてグルテンをじっくりと伸ばすことで、ふんわり度が増すんです。そして最後の本捏ねで投入するのが『煉瓦』。サクッと焼きあがる特性の小麦粉で、皮のさっくり感に違いが出るんです!」

 

それらの相乗効果で、最低3日間はトーストしなくてもおいしく食べられる“奇跡の食パン”が誕生。焼き上がりとともに完売することも珍しくないので、事前に予約しておくのが賢明。一斤350円(税抜)。

マッシュポテトを入れたアレンジ生地がユニークな「メロンパン」

大人から子どもまで、幅広い層からの支持を集めているという「メロンパン」。見た目にはなにも変哲がないが、驚くのがその生地。なんと、マッシュポテトをブレンドしているのだとか!

 

「皮を固めに仕上げたかったので……じっくり焼いて、さらに翌日もしっとり感をキープできないものかと試行錯誤し、誕生しました。マッシュポテトは小麦粉生地よりも水分の抜けが遅く、風味や食感のクセがないという便利食材なんですよ」。そんな中島さんの証言通り、翌朝食べたときのしっとり、ふんわりとした質感は衝撃的。ザクッとした皮のアクセントも楽しい。190円(税抜)。

中島さんに聞く、早稲田エリアの一押しグルメ

「お酒、大好きです!」と笑顔で語る中島さん。ミーティングを兼ねて、仕事後にスタッフと飲みに行く機会も多数。そんなときに愛用する、お気に入りの酒場を教えてくれた。

そばもさることながら、刺身もピカイチ! 「甲州屋蕎麦店」

「店から近いので、よくスタッフと行っています。夜は居酒屋並みに、おつまみのバリエーションが豊富。ここ、お刺身がとにかく新鮮なんです。それから、そばの上に野菜がたっぷりと盛られた蕎麦サラダもおすすめです!」

学生のときから通い続けること25年。「鳥やす本店」

「学生のときに何度か来ていたのを思い出し、お店のオープンを機にまた通いはじめました。ビールから串焼きまで、とにかく安い! なのにおいしい! 皮、焼き豚、生キャベツがマストです」

 

撮影:山田英博

取材・文:中西彩乃