〈短期集中連載:今、中国料理が面白い vol.4  ハイレベルな町中華 編〉

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中華料理界でも荒木町がアツい

出典:辣油は飲み物さん

この数カ月、中国料理業界で一番人気なのは、この5月に荒木町に出来た「南方中華料理 南三」でしょう。
主人の水岡孝和さんは銀座「黒猫夜」料理長を務めたり、台湾に料理修業に出かけるなどし、自分が好きな湖南料理・台湾料理・雲南料理をミックスさせた新しい料理を生み出したのです。
メディアに出る前から口コミで人気が浸透し、半年も経たないうちに予約1カ月待ちの人気店になりました。

 

バラエティたっぷりで見たこともないような食材がコース5,000円で味わえるところに人気の理由を解説する人が多いですが、私はそれだけじゃないと思います。

 

最初に出される、甘海老の紹興酒漬けや鯖のスモーク、あひるの塩漬け卵と苦瓜の炒め物などの前菜の盛り合わせを見たときから美味しい予感がして、それが一度も裏切られないからです。

定番の「ウイグルソーセージ・鴨舌の燻製・バリバリ豚大腸の盛り合わせ」も、食べたことのある人は少ないと思いますが、誰が食べても「う……、美味しい」と納得できる、とても食べやすい料理に仕上がっています。

 

そんな風に知らない食材を既知の料理のように仕上げるところが水岡シェフの誰にも持っていない特質だと思います。荒木町の繁華街からちょっと外れた住宅街との境目にあるカウンターとテーブルで20席足らずの店ですが、これからますます予約が取れない店になりそうな予感です。

 

荒木町は南三のほかにも、鉄板中華の「遊猿」、和式中華「の弥七」など、どこにもない店がここ数年できてきています。しかも料理長はどこも日本人です。下町で中国人が故郷の料理を再現するのとは違った新しい中国料理の波が押し寄せています。

 

中野駅から徒歩15分。それでも行きたい店。

出典:噛むヨークさん

中野駅から15分ほど歩く、東京警察病院のまん前というロケーションではありますが、繁華街とはまったく異なる場所にある「Sai」。ランチタイムには担々麺やよだれ鶏といった定番物を置いていますが、ここの真骨頂は夜の海鮮料理です。

 

広東料理店で修行したシェフの自慢の料理は神経〆した魚の清蒸鮮魚。入荷次第ではアラやハタを楽しめるし、真鯛などもいいです。ただの蒸し魚と侮ることなかれ。清蒸は脂が浮いて身が美味しくなる一瞬を逃すとぱさぱさになってしまう料理。そこの見極めが腕の見せどころなのですが、こんな場所で繊細な火の通しが味わえるとはとうれしくなってしまいます。

只者ではない学芸大学の広東料理店

柏原さん撮影

東急東横線の学芸大学前駅から歩いて10分ほどのところにある「中華銘菜 慶」。黒板に書かれたメニューを見ただけで、只者ではない料理店ということがわかりますが、こちらも新進気鋭の広東料理店。

 

最初はコースもいいですが、気に入ったら海鮮料理や焼物などが並ぶ黒板のメニューからアラカルトを、さらに通ったら中国人シェフと相談して宴会をするのがおすすめ。シェフは勉強熱心だから、時間があれば面倒な料理もいやがらずに作ってくれます。
広東料理店でシェフが料理と向き合っているかどうか、個人的な判断基準は日替わりスープ(例湯)だと思っています。慶の例湯はきちんと煮込まれた具が一緒に出されます。ぐつぐつ煮込んであるのでほとんど出汁殻ではありますが、しゃぶるとなつかしい味わい。
高級じゃないけど、しっかりと作られた料理が並び、こういう店が近所にあると月に2回は訪れたくなります。

 

根津駅から徒歩10分。知る人ぞ知る上海料理

撮影:柏原さん

同じように根津駅から歩いて10分ほどの住宅街にあるのが、上海料理の「BIKA(美華)」です。
赤坂の樓外樓飯店で長く修業した主人と、信濃町で中華料理屋をやっていた家に生まれた女将が結婚して、根津の裏道に店を出して数十年。主人が作る料理はクラシックな上海料理で、食べログのレビューでは韮菜湯麺(ニラそば)が人気ですが、実は石持煮込みそばが美味しいのです。

 

大規模な上海料理店でも、調理が面倒な石持の煮込みをやっているところはいまではほとんどありませんが、ここは常にとは言わないけれど、入荷次第でメニューに載っているのがうれしい。
ゼラチン質たっぷりのスープで、唇をシュパシュパさせながら、出汁の効いたスープをすすると、まさに昭和の気分。前菜も獅子頭(肉団子)の煮込みや、甘めの味付けの炒め物など、紹興酒が進む味が多くて、つい長居をしてしまいます。

 

――上記の店はどこもけっして大きなところではなく、夫婦でやっていたり、居抜きの店をそのままで営業していたりと、住宅街に溶け込んでいるようなところばかりです。

 

かつて、町にある中華料理はラーメンと餃子程度、あっても酢豚や海老チリでした。でもこれらの店は、そうした「大衆中華」とは違い、地域や料理人の好みによる店ごとの特徴がはっきりしています。
そういう美味しい店が何気なく増えているというのは、東京の中国料理全体が底上げされてきた証拠だと思います。中国料理店はイタリアンやフレンチとは違って、外観を見るだけではうまそうに思わなくても、実は美味しい店がかなりあります。
そういう店を探すのが中華料理好きのひそやかな楽しみなのです。