〈短期集中連載:今、中国料理が面白いvol.1 香港料理編〉
飛行機に乗らずとも、香港のあの味、あの雰囲気が味わえる
ここ十年で一番バラエティに富んできた料理ジャンルは、なんといっても中国料理でしょう。
かつては「中華料理」と呼ばれる、すべての地方の美味しいところ取りの料理店がほとんどでしたし、地方別といっても上海、広東、北京、四川など限られたジャンルの料理店だけだったのに、いまは杭州、湖南、雲南など、さまざまな地方の料理が東京に居ながらにして味わえます。
その背景には食材の幅が広がったことが挙げられます。
たとえば羊。北海道や長野など一部でしか食用されなかった羊肉ですが、いまでは「dancyu」で取上げられるほどメジャーになりました。羊といえば中国料理でも重要な食材の一つ。特に寒い地方では日常的に食されているため、中国東北部の料理があっという間に広まったわけです。
さらにメジャーなジャンルでも、店ごとに細分化された料理が楽しめるようになりました。四川料理は辛い料理と思われていますが、実は辛くない料理もいろいろありますし、上海料理といっても上海周辺には、違う食文化の地方があります。
そこで今回はそんな幅広い「中国料理」のなかでも訪れやすい店をジャンルごとに紹介したいと思います。
日本人にとって訪れやすく、なおかつ海鮮料理も多いので、一番馴染みが深いのは香港でしょう。香港は広東料理の名店が多いところとして知られていますが、実は広東以外にも多くの料理店が百花繚乱で味を競っていて、いまや独自の「香港料理」としてジャンル分けされるようにまでなっています。
銀座にある、避風塘料理店「喜記」
そのひとつが、避風塘料理の銀座「喜記」です。避風塘料理とは、かつて香港の水上生活者が、ビクトリア湾の避風塘(タイフーンシェルター)に停泊する船上で提供していたスパイシーな料理のことで、水上生活者が陸に上がってからも、香港独特の料理として発展を遂げました。
なかでも喜記は、避風塘料理発祥の店として香港でも大人気。本店は銅鑼灣(コーズウェイベイ)の灣仔よりにあり、カジュアルな外観、内装ながら、多くの有名人、観光客で賑わい、香港内にいくつもの支店もあります。
名物メニューは巨大なマッドクラブをにんにくや唐辛子たっぷりの調味料で炒めた「避風塘炒辣蟹」で、私の周囲にも、はじめて食べてはまってしまい、香港を訪れるたびに行ってしまう日本人がいるほどです。
ところが、その日本初の支店が、昨年秋に銀座に誕生、香港まで行かなくても味わえるようになりました。
テーブル席中心のレイアウトながら、6人までの個室やボックスシート、カップルにちょうどいいサークル半個室もあり、さまざまな用途に使えるのもうれしいところで、いつもの中華とは違う料理を求める中華好き、香港好きの人々で賑わっています。
名物は、本店と同じようにスパイシーな調味料で炒めた、マッドクラブや大海老、フィリピンから毎週空輸している巨大シャコ。大人数で行って、いろんな海鮮をシェアして食べるのがおすすめです。避風塘料理のスパイシーな味付けが気に入ったなら、特製ガーリックスパイスも売っていますから、喜記の味が気軽に家庭で楽しめます。
もっとも、避風塘料理を食べたいだけなら、それなりの中国料理店でもメニューにあります。喜記がいいのは蔡料理長の引き出しの多さなのです。避風塘料理だけでなく、正統派の広東料理もお手の物ですから、メインにはマッドクラブを持っていきながら、前菜には焼き物を入れたり、〆にはハムユイ炒飯を選ぶなどメニュー構成は自由自在。予算と食べたいものを話して、あとはお任せにしても満足できるでしょう。
いきなりディナーはハードルが高いと思ったら、ランチからというのもいいチョイス。980円の週替わりランチもありますが、2,800円のランチコースなら、喜記お得意の海鮮料理が味わえます。
名店で腕を磨いた料理人による焼き物の店
今年開店、香港料理のなかでも焼き物に特化した店といえば、九段下にある「錦福 香港美食」。主人は広東料理の名店、福臨門酒家銀座支店で13年間焼き物担当を務めました。
老舗ホテル「グランドパレス」の向かい、かつて有名ラーメン店があったところですが、外観は正直なところ殺風景。ですが、中に入ると厨房と客席のあいだのガラスから焼き鴨や焼き豚が吊るされていて、いやが上にも食欲が湧きます。
メニューを開くと、叉焼、焼き鴨、レバーなどが並び、香港にテレポートしたかのようです。焼き物はどれを食べても、しっとりとしていながら、味がしっかりと入っている。福臨門酒家の実力がわかるというものです。面白いのは、主人は焼き物担当が長かったので、炒め物、煮物には、現地色たっぷりのものがほとんどないこと。炒飯はあっても麺類はありません。
ですから、ここは焼き物専門店と割り切り、叉焼や豚バラかりかり焼き、レバーの燻製など多彩な焼き物料理を楽しむのがいいでしょう。ちなみにここは紹興酒よりワインのほうが安いので、ワインで通すことをおすすめします。
実は「錦福」から歩いて数分のところに、さらに香港らしい店があります。「香港 贊記茶餐廳」、ホンコンチャンキチャチャンテンと読み、甘いミルクティーや香港パン、エッグタルトからランチタイムには叉焼丼、海老ワンタンメン、フィッシュボウルまで、路地裏の喫茶店の美味がアイドルタイムなしで味わえるのです。先日訪れたときは女性ふたりが隣のテーブルで、楽しそうに香港旅行の思い出を語っていました。
この3月には吉祥寺支店もオープンし、市ヶ谷や渋谷にも同じような形態の「香港 華記茶餐廳」が開店しています。巷はどうやら、ちょっとした香港料理ブームのようです。
撮影(喜記):松園多聞
編集協力:アキレウス