【噂の新店】「ape ― Farm to Table」

コロナ禍のさなか、「食材を生産する人たちを勝手に応援したい」と開催されたイベント。そこから生まれたポップアップレストランは3年間続き、年2、3回の開催には申し込みが殺到し、毎回満席になるほどの人気に。その中心にいたのが、シェフの関口幸秀さんだ。そしてついに、2025年11月1日、ファン待望の実店舗「ape(アペ)」が新宿御苑近くにグランドオープン。瑞々しい産地直送の食材を使った料理、五感を刺激するライブ感、そしておいしい料理を囲む笑顔。“訪れる食いしん坊たちを喜ばせたい”という関口シェフの思いが詰まったレストランを紹介しよう。

新宿御苑駅近くの花園東公園の前にオープン

緑の公園の前にある胸がときめくレストラン

公園の緑を映す大きなガラス窓と、シンプルで上品な店名のロゴ。店の前に立つと、今宵はどんなおいしいものに巡り合えるのか、ワクワクしてくる。店内に入ると、中央に花柄のクロスをかけた大きなテーブル、木のぬくもりを感じる家具、そして飾られた季節の花々。まるでヨーロッパの農園のダイニングに招かれたような、明るく」穏やかな空気に包まれる。

店内のあちこちに飾られている花は月毎に変わり、季節を感じさせてくれる

この場所は、惜しまれながら閉店した名フレンチ「スクレ・サレ」があった場所だ。「長年、探していた理想どおりの物件でした。駅から少し離れた路面店で、店の前に公園があります。『スクレ・サレ』のシェフの中西さんからお話をいただいたとき、即決しました。こことの出会いが『ape』を作る決め手になったんです。中西さんのエッセンスを受け継ぎながら、自分自身の思いを伝える店にしたいと思いました」(関口シェフ)

「ape」を支える、志を同じくする2人の料理人

関口幸秀シェフ

関口シェフは、イタリアンの名店「イル・フォルネッロ」(中野)で、日本のイタリア料理の礎を築いたシェフの一人、フランコ・カンツォニエーレ氏に師事し、その後、木場の「イ・ビスケロ」や「カステリーナ」で活躍した実力派。コロナ禍には開業準備をしながら、フリーランスの料理人としてレシピ開発や店舗監修などに携わる。「以前からずっと社会貢献ができる料理人になりたかった」という関口シェフ。台風などで被災した農家を応援する「一般社団法人 #Cook For Japan(クックフォージャパン)」の一員として、ポップアップレストラン開催などの活動にも参加した。

安西僚平シェフ

「ape」を支えるもう一人のシェフが安西僚平さん。関口シェフが副店長をしていたイタリア料理店で出会う。その後、代々木上原の人気店「PATH」などで腕を振るうなど活躍。関口シェフがポップアップレストランを始めた際に声掛けしたことで、再び、定休日などに共に厨房に立つ。「ape」の立ち上げに誘われ、勤めていた店を退職し、共に盛り上げていくことになった。

「お客様のシチュエーションによって楽しめる店です。今日はコースを楽しんだから、次はアラカルトにしようか。お客様の“こう食べたい”を叶えるレストランだと思います」と安西さんは「ape」の魅力について語った。

シーンに合わせて選べる“3つの食の楽しみ方”

少量多皿コースはライブ感あふれるカウンタ―席でいただく。プレオープン中7割が一人客で、そのうち8割が女性だったそう

「ape」の魅力は、3つの異なる楽しみ方ができること。16時に一斉スタートする「季節を味わう 少量多皿シェフおまかせ」コース(¥11,000)、17時以降、いつでもスタート可能な4名から10名まで対応の「『おいしい』を囲む 腹パン大皿パーティー」コース(¥12,000)、そして19時からはアラカルトタイムだ。

少量多皿コースは少しずつ多彩な料理を味わうコース。「今では量が多くて中皿になっちゃいました」といたずらっぽく笑う関口シェフ。「ポップアップをしていたとき、一人だと『テーブルを占領してしまう』『たくさん飲んだり食べたりできない』、だからあまり歓迎されないんじゃないかという声をたくさん聞きました。「ape」はお一人様OKというよりむしろ大歓迎! 心置きなく楽しんでというのを伝えたくて始めたコースです」(関口シェフ)。時間も早くスタートするため、食べ終わった後にショッピングも映画も楽しめる。

タキシード形に折られたナプキン。蝶ネクタイが愛らしく、心が和む

「大皿パーティー」コースは、おまかせで8~10皿ぐらいが次々と登場し、大テーブルで仲間とワイワイ楽しむスタイル。「そこに集う人たちが主役。何を頼もうとか考えずに盛り上がってほしい。メニューは置いてありますが、説明抜きで“おいしい”とわかる料理を出すようにしています」(関口シェフ)

そして、19時以降はアラカルトタイム。前菜やパスタ1品だけでも、しっかりディナーでもOK。「レストランは開かれた存在でありたい」という関口シェフの希望もあり、アラカルトの予約は9割までに抑えている。今日、何かおいしいものが食べたいと思い立ったら訪れることができる、まさに“食いしん坊のパラダイス”だ。

旬とともに変わるメニュー。食材が主役の“驚きの一皿”たち

前述したように3つパターンがあり、共通するメニューもあれば、コースだけのメニューもある。たとえば、少量多皿のおまかせでは約1カ月でメニュー内容が変わり、大皿おまかせではさらに頻繁に内容が変わる。逆にアラカルトでは「あれが食べたいという声に応えたい」となるべく定番を多くし、3割ほどを季節替わりのメニューにしている。

野菜は主に150種類以上の野菜を栽培している「那須高原こたろうファーム」から届く

レストランのサブタイトルは「Farm to Table(農園から食卓へ)」。付き合いの長い生産者から「この時期ならこれ!」といった情報が届けられ、そこからメニューが決まっていく。「味もよくわかっているので、どんな風に食べてもらおうか想像してメニューを組み立てていく、それが楽しいんです」と関口シェフ。コースでもアラカルトでもどの料理も全力投球。「全部、大谷翔平です!」と語るメニューを紹介していこう。

「Onlyナッツ」1,800円。アラカルトでいただける一品

野菜を肉・魚に並ぶ主役クラスにしたいと思い、多彩な調理法で野菜の持つ奥深い魅力を楽しんでもらう一皿を作った。「Only(オンリー)」と名付け、これからのさまざまな季節の野菜が登場する予定だ。

「Onlyナッツ」では秋が旬のバターナッツかぼちゃと落花生がテーマ。生の落花生で作ったジーマーミ豆腐にローストとペースト、2パターンのカボチャを合わせている。

一口食べて、甘いかぼちゃ、ほくほくした落花生の味わいににんまりしていると、スパイシーでエキゾチックな味わいが顔を出す。クミン、コリアンダー、砕いたナッツ類を合わせた、デュカスパイスと呼ばれる中東発祥のスパイスを使用しているため。甘いだけじゃない何層も広がる奥深さを演出し、これまでにない味の体験に驚かされる。

「ブリの瞬間カツレツ 手作りモッツァレラと林檎のモスタルダ 江戸前ハーブ」。少量多皿コースの一品

ゴマと細めのパン粉を合わせた衣をブリにまとわせ、瞬間的に揚げて、中をレアに仕上げた一皿。味付けは魚醤とオイルとシンプル。サクサクした衣と脂ののったブリとのコントラストが楽しい。

目の前で作られるモッツァレラチーズは、作り始めは伸びるほど柔らかいが、出来上がるとムギュッとした弾力のある食感になる

付け合わせは即興で作るモッツァレラチーズと、リンゴのコンフィチュールにマスタードを合わせたモスタルダというイタリア独特の薬味。モスタルダはブリの旨みをくっきりと浮き上がらせ、フレッシュでミルキーな味わいのモッツァレラは脂ののったブリに寄り添う。1皿で異なるハーモニーが味わえる奥深い逸品だ。

「新温泉町の鹿肉、産直野菜の炭火焼き、フムス」3,800円。アラカルトのメニュー

メインの鹿肉は、関口シェフが地方創生の仕事を通じて出会った工房から届くもの。
「害獣として駆除される鹿の命を、きちんと“おいしさ”として届けたい」という思いから生まれたプロジェクトによって、大切に処理・加工されている。

まったく臭みのない肉を麹に漬け込み、繊維質をほぐし柔らかくしている。炭火焼きにされた肉は周りがカリッと香ばしく、噛むほどに品の良い旨みがじわりと湧いてくる。

歯でサクッと噛み切れる柔らかさ

この皿では付け合わせの野菜もりっぱな主役だ。野菜は、日本料理の炊き合わせのように、一つひとつ野菜にあった方法で調理され、ホクホクしたり、ねっとりしたり、多彩な表情を見せてくれる。

「特製ボロネーゼ」。少量多皿コースでは〆に提供されるが、グラム数を選ぶことができる

コース、アラカルトすべてに共通して登場するのが、関口シェフのスペシャリテ「特製ボロネーゼ」。パスタの量より多い肉の存在が圧巻。パスタ料理というより、これは肉料理ではないかと思ってしまうほどだ。

粗挽きの豚肉をハンバーグのように固めて焼き、ハーブやスパイス、赤ワインで煮込んでいる。ソースの旨みのベースは肉と同量の野菜。キャラメル状になるまで炒め甘みを引き出している。

モッチリしたパスタも濃厚なソースによく合う

たっぷりとすり下ろしたチーズと肉と共にパスタを頬張れば、お腹いっぱいでもペロリと食べてしまうおいしさだ。

「季節のリオレ」900円。リオレもコース、アラカルト共通で供される

デザートは、ポップアップのときも大人気だったスイーツ「季節のリオレ」。リオレは米を牛乳と砂糖で炊いて作るスイーツ。取材時には「ファーム根本」のいちじくを使用。ギリギリまで糖度を高めてから収穫したいちじくはとろける甘さ。牛乳にいちじくの葉を入れて、リオレ自身にいちじくの香りを移している。

添えているのは白ゴマのジェラート。西洋のデザートであるリオレが、東洋風の衣をまとって現れたような、予想を裏切るおいしさに唸ってしまう。

ワインは関口シェフが“今飲みたいもの”をそろえている。ボトルは6,000円ぐらいから。グラスは一律1,000円。あれこれ試したくなる

生産者と食べ手をつなぐ、“ミツバチ”のようなレストラン

料理を通して何ができるのか模索してきたという関口シェフ。訪れた人と直接触れ合いながら、料理を提供できる「ape」という舞台でどんなパフォーマンスを見せてくれるのか、楽しみは尽きない

「生産者の方々がいてこそ料理は成り立ちます。だからこそ、スポットライトがもっと生産者の皆さんに当たるべきだと思うんです」と熱く語る関口シェフ。店名の「ape(アペ)」はイタリア語で“ミツバチ”の意。花から花へと飛び回り、自然の恵みをつなぐように、生産者と食べる人たちをつなぐ存在になればとの思いが込められている。

現在、不定期に開催されている生産者と共にテーブルを囲む「ファーマーズディナー」をもっと頻度多く開催したいと関口シェフは語る。自然の恵み、食べる喜びが満ちている食いしん坊の感性をくすぐる一皿を味わいに訪れてみてはいかがだろう。

食べログマガジンで紹介したお店を動画で配信中!
https://www.instagram.com/tabelog/

※価格は税込

文:小田中雅子
撮影:木村雅章