【おいしいパンのある町へ】

Vol.16 神奈川・大船「CALVA(カルヴァ)」

日々多忙なスケジュールをこなす現代人にとって、食料品を買うときにも利便性は不可欠。「おいしいパンが食べたい」「今日はケーキを買おうか」と思いつつも専門店を巡るのが面倒で、複合施設などで妥協する人も多いのでは。そんな現代人の生活習慣に焦点を当て、独自のビジネスを展開するのが「CALVA(カルヴァ)」だ。

「CALVA」が店を構える大船駅は、都心から40分ほどにあるベッドタウン。大型チェーンのファストフードや飲食店が軒を連ねる駅前を横目に歩くこと、約5分。絵本から飛び出してきたような、エメラルドグリーンの外壁が登場。店からほのかに漂うバターの香りとの相乗効果で、パリの街角へと瞬間移動したかのような感覚に包まれる。

看板には「CALVA」を挟む、「ブーランジュリー」&「パティスリー」の文字が。その名の通りこちらは、本場フランスでパン作りを学んだ兄と、同じくフランスでスイーツ作りを学んだ弟の職人兄弟が営む、パンとスイーツの複合店。

ケーキ屋を営む両親の影響から、ものづくりを職に

今年でオープン10年目を迎えた店の共同オーナーで、ブーランジェを務めるのが、田中聡さん。ここ大船で生まれ育った、生粋の“地元っ子”だ。「両親はこの場所で30年間、ケーキ屋を営んでいました。その影響からか、小さい頃からものづくりが好きで。高校卒業後はとにかく何でもいいから、物を作る仕事がしたかったんです。でもなぜか、ケーキだけは大嫌いで(笑)。ちょうど東京プリンスホテルの製パン課で募集があり、入社が決まりました」

しかし当時、パンへの思い入れは無いに等しかった。「単純に、“東京の一流ホテルで働くって、かっこいいな”という考えしかありませんでした(笑)。働き始めてからも、とくにパンへの愛情は生まれなかった。そんなこんなで1年が過ぎた頃、休日にふと思い立って、実家で食パンを作ってみたんです。職場では簡単に作れていたはずなのに、ひどい仕上がりで。すでに一人前になったつもりでいた自分の甘さを痛感しました。それからですね、パン作りに本格的にハマったのは。終業後も居残りし、先輩たちと一緒に夜中まで練習を重ねる日々が続きました」

 

そんな生活が4年半ほど続くうち、先輩たちは次のステップに進むため、続々と退社。有名レストランやパン屋へと飛び立っていったそう。その影響から自身の将来を真剣に考えはじめた聡さんは、「みんながやっていないことを、やってやろう」と思い立った。「同じことをしても勝てないな、と思ったんです。だったら別の方向から攻めるしかない、と、パンの本場・フランスへ行くことを決意しました」

さらなる成長を目指し、渡仏を決意

学生ビザを取得し、ノルマンディー地方にある小さな街・カンでの生活をスタートさせた聡さん。語学力がないとパン作りも学べないと、まずは語学学校に入学した。「僕にとってパンは嗜好品で、毎日食べるものではなかったんですよね。でもフランスの人々にとってパンは主食で、日常に欠かせないもの。それを作っている僕って、もしやスゴイんじゃないか!?と(笑)。仕事に対するプライドが芽生えるきっかけになりました」

 

語学を習得後、シャモニーという街のパン屋に弟子入り。充実した日々を過ごすも、ビザの期限のため余儀なく帰国することに。フランスの国立パン学校への入学を決意し、学費を貯めるため、東京プリンスホテルでアルバイトをスタート。「そんなある日、先輩から、三國清三さんのレストランを手伝わないか、と誘っていただいて。三國さんの店では初めてパン屋を併設するという新しい試みで、パン屋の責任者を探していたんです。迷いましたが、料理界の巨匠のもとで働けるチャンスなんて、なかなかありませんから」

一流シェフのもと、パン作りから経営までの知識を習得

丸の内店のオープンを機に入社し、なんとその後、8年間を勤め上げる。「パン作りに限らず、店の図 面を出したりスタッフを集めたりと、普通はシェフがやらないことまで任された。怒涛のような8年間 でしたが、幅広い能力を身につけることができました」

 

三國シェフのもとで経営の知識を身につけ、独立を考えはじめたとき。弟・二朗さんから“一緒に店をやらないか?”という意外な提案を受ける。「5歳下の弟は、僕と入れ違いで『東京プリンスホテル』に入社し、パン作りを経てパティシエの道に進んでいました。特別仲が良かった訳ではありませんが、同じ職場で働いたという共通点から、仕事の話をする仲間に。どの街にもおいしい店は溢れ、有名シェフでも店が潰れてしまう時代だからこそ、他にはない切り口で攻めなければいけないな、と」

良き理解者でありながら、最大のライバル。ふたりがいたから今がある

「パンとスイーツが同時に買えて、さらにそれらを食べられる料理店もできたら最高だよね、と話していたときに、ちょうど三國シェフのもとで一緒に働いていた料理人の鈴木謙太郎も独立を考えていたんです。両親から受け継いだ店を改築し、1階に僕たち兄弟の店、3階に鈴木の店『シェ・ケンタロウ』(現在は北鎌倉に移転)

 

「3人の異なる意見をまとめるのは、本当に大変でした」と語るも、それ以上に得るものがあったという。「職人って自分の世界にどっぷりと浸かってしまうと、客観的な判断ができなくなるんですよね。そんなときに、ふたりの意見がとても参考になる。互いにアドバイスをし合う良き理解者であると同時に、ライバルでもあるので。ふたりに負けてたまるか、という意地が、より頑張るための活力になっています」

人の足が絶えない店内には日々、80種類ものパンがずらりとラインナップ。「土地柄からバゲットなどのハード系のパンは売れないと思っていたのですが、いい意味で、予想を裏切られました。お客様から“本格的なハード系は都内まで買いに行っていたけど、地元で手に入るようになって本当に嬉しい”というお言葉をいただき、自信がつきました。流行に左右されず、自分がおいしいと思うパンを作っていくことが、僕の使命だと感じています」。そんな聡さんが自信を持って紹介してくれた、人気メニューがこちら。

ネット通販で大ヒット! 発酵バターたっぷりのクロワッサン

「誰もが好きなパンといえば、クロワッサン。定番のアイテムだからこそ日々研究を重ね、ベストな味わいを目指しています。味わい深い発酵バターを使い、小麦はフランス産、国産、カナダ産を独自の配合でブレンド。特に力を注いでいるのが、折り込みの作業。手間を惜しまず丁寧に行うことで、層が均一に仕上がり、サクッ&フワッとした食感が生まれます」(165円)

 

県外のお客様の「毎日食べたいけど、なかなか買いに行けない」という声に応えるべく、冷凍クロワッサンを開発。瞬く間に話題を呼び、テレビでも取り上げられるまでに。(10個入り1,850円)

アツアツ&ホクホク!オーダーを受けてから揚げる自家製ルーのカレーパン

「カレーパンほど、アツアツがおいしいパンはない!」という思いから、オーダーを受けてから揚げるというスタイルを貫いているそう。「もっちりした生地にバゲットを砕いたパン粉をまぶして、ザクッとした食感を加えました」

 

たっぷりと詰まったフィリングは、「シェ・ケンタロウ」のシェフ鈴木さんが監修する本格派。「ベースはビーフカレー。ピーマン、玉ねぎ、なす、ズッキーニなど、野菜をふんだんに使用しています。大きめにカットし、素材の味わいと食感をしっかりと感じられるのがポイント」(160円)

フランス人シェフの祖父から受け継がれる、ボルドー伝統の味

「三國さんのもとで働いていたときに出会った、フランス人シェフのレシピを再現。あまりのおいしさに感動して、“ぜひ作り方を教えてほしい”と懇願しました。聞くと、彼も祖父から教わったのだとか。りんごから起こした天然酵母を使った、クラシックな製法が特徴的。シェフの名前から、『ティエリー』と名付けました」

 

素朴な味わいにほどよい酸味が好アクセント。ハード系パンからのラブコールが高く、リピーターが続出。「パンそのものの風味が強いので、バターやオリーブオイルでシンプルに味わうのがおすすめ。味の強い肉料理とも相性抜群です」。店頭では、ミニカップのオリーブオイルも販売。(378円、オリーブオイル70円)

新鮮野菜がどっさり!カラフル&ボリューミィなタルティーヌ

ハード系のパンをどう食べたらいいかわからない、と言う人のために発案したのが、スライスしたカンパーニュに野菜をたっぷりと盛り付けたタルティーヌ。数種類のなかでも、緑色野菜を使った「緑のタルティーヌ」が人気を誇る。

 

「ベシャメルソースを塗ったパンに、塩胡椒でシンプルに味付けした野菜を盛り付け。最後にチーズとグリーンピースのソースをかけて焼き上げます」。ボリューム満点で、これひとつで大満足。あっさりとした味付けの野菜はジューシーで、素材の旨みが口いっぱいに広がる。(410円)

マスカルポーネのムースからいちごソースがとろ〜り!パティシエ二朗さん自慢の一品

パティシエの弟・二朗さん手がけるスイーツのなかで、看板商品として掲げるのがこちら。ハートにかたどったマスカルポーネのムースのなかには、甘酸っぱいいちごのソースがたっぷり。サンドされたホワイトチョコとコーンフレーク、ドライストロベリーのクランチによる食感が楽しい。真っ赤なハートのインパクトが受け、オープン当初から人気No.1をキープ。(496円)

田中聡さんに聞く、大船の一押しグルメ

この地で生まれ育った聡さんにとって、大船の街はまさに“庭”。地元民ならではのチョイスは要チェック!

本格派なのに、ボリューミィでお腹いっぱいに!「ビストロ ボナップ」

「移転した『シェ・ケンタロウ』の跡地にオープンした、ビストロ。こちらのシェフもまた、三國さんの店で経験を積んだ実力派です。丁寧に作られた料理はどれもボリューミィなのに、リーズナブル。鴨のコンフィは、ぜひ一度食べて欲しいです」

元築地の寿司職人が厳選する鮮魚が贅沢!「料理屋 あがる」

「8席ほどしかない小さなお店なのですが、いつ行っても満席。築地で働いていた寿司職人の目利きとだけあって、魚の質がすこぶるいいんです。何を食べても外れがないけれど、やっぱりおすすめはお寿司!」

撮影:山田英博

取材・文:中西彩乃