本田直之グルメ密談―トップシェフが内緒で通う店
毎回、大反響の本連載。今回はとうとう札幌へ。この街を代表する鮨の名店「鮨 一幸」店主の工藤順也さん。わずか25歳にして店を引き継ぎ、2代目としてさらなる飛躍を実現した工藤さんを魅了する店とはどんなところなのだろうか。次の札幌滞在の際には是非予定に組み込みたい、ディープな店ばかりのようだ。
本田:札幌を代表する鮨店「鮨 一幸」。どんな札幌のディープな店を教えてもらえるか、ワクワクしながらきたよ。
工藤:プレッシャーですね(笑)。今日は仕事終わりに行ってる店を中心に考えてみました。まず、夜もやってるといえば「(シンガポールスタイル・)コピティアム」です。
本田:初めて聞いた。アジア料理?
工藤:はい。シンガポール料理と銘打ってますね。もう14年くらいやってるんですけれど、確かな調理力と独自の世界観が好きで。深夜2時くらいまでやってますし。インスタ映えとは程遠い空間もいい。あと、ハイボールが札幌で一番うまいですね。サウナの後に駆けつける感じです。
本田:料理は?
工藤:もちろん料理もうまいですよ。入りやすいし、安いし早いし、感じもいい。札幌では一番流行ってるお店のひとつです。オーナーがアジアを放浪してる人で、1年の間で6~8月だけいて、あと全て海外にいるんですよ。ドラえもんのTシャツ着てて、一番下っ端が来たなあと思ったら、「僕社長です」って言われて、すごく驚きました。場所もちょっとアングラなんです。怪しさがあって。僕はお店には、雰囲気、料理、人柄が合致した独特な世界観を求めているので、そういうのが揃ってるのは、いい店だなぁと思いますね。
本田:食べてみるとちゃんと作ってるなっていうのは分かるんだね。
工藤:料理長が作るのと、そうでないのがはっきりわかるくらい、料理長は抜群にうまいです。
本田:よく食べる料理は何?
工藤:基本的に全部美味しいなとは思うんですけれど、僕はシンプルなのが好きなので、もやしの炒め物ですかね(笑)。
本田:珍しくない? もやしって(笑)。
工藤:もやしって、火入れひとつで、家庭の味になったりプロの味になったりするじゃないですか。そういうのが面白いなと。
本田:夜といえば、ジンギスカンも行くの?
工藤:行きますよ。ジンギスカンはやっぱり札幌の〆ですからね。「(炭火兜)ひつじ」が遅くまでやってて、なおかつ道産羊を使ってるのがいいんです。翌日に獣臭がしないんですが、それって大きなポイント。羊を食べると翌日後悔することもあるんですけど、ここのは健全な状態の羊を使っているのですごく美味しい。ごはんが3杯くらいおかわりできるのもジンギスカンならではだと思います。焼き肉よりご飯が進む。それは、僕にとっては最高ですね。
本田:道産の羊使ってるところって、北海道では少ないの?
工藤:うーん、最近は少し増えましたけど、それでもやっぱり少ないですね。東京でも「羊SUNRISE」がいいって言いますよね。
本田:すごいよあそこも。羊の牧場っていうのは行ったことある?
工藤:あります、あります。焼尻島で羊を管理してるのが僕の友達で。
本田:知床の、ちょっと下の方、あのあたりも牧場が結構あるみたいで。もしタイミングが合ったら知床行く時に寄ろうかなぁって。羊SUNRISEの店長が「僕が案内します」って言ってくれて。
工藤:へぇ、行きたいですね!
本田:普通、羊の牧場なんてあんまり見たことないでしょ、北海道の人でも。ジンギスカンは東京でもすごい流行ってるけど。
工藤:もともと北海道のジンギスカンっていうのはものすごく臭いものが多かったんです。食べた瞬間、赤ワインで流し込むような。今はとてもヘルシーで、ずいぶん変わりました。僕はすごく好きですねジンギスカンは。
本田:これも店終わってから行くの?
工藤:はい、〆ジンギスカン。完全におまかせで、少しずつ良い部位を出してもらっています。たまに羊のタンとか食べられますしね。
本田:いいね。ジンギスカンは他にも行くの?
工藤:「八仙」も美味しいですよね。塩ジンギスカン。そもそも僕、脂がダメなんですよ。脂っこいのがダメで。そういう意味でもジンギスカンはいいんです。牛肉も訓練したんでいい肉なら、かなり量も食べられるようになりましたけど。魚の店でいいのは「五十嵐」ですね。カウンターフレンチですごく個性があります。
本田:へえ! 面白そう。
工藤:ちょっと癖のある人なんですけども、とにかく味が決まってるんです、バチッと。テリーヌをコハダで作ったりしていてそれもすごくいい。毎日6kgのコハダを仕込んでるそうで、鮨屋を押さえて日本一コハダを使ってるんじゃないかという(笑)。たまにマグロも仕入れていたり、いい魚を使った料理が多いので値段は結構するんですけど、紹介した方は皆さんリピートされますね。
本田:どういうシェフなの?
工藤:ずっとフランス料理の修業をされてた方なんです。日本の魚を多く使っていて、築地からも取り寄せてますよ。まだ全国的にはメジャーじゃないけれど、札幌では一目置かれていますね。間違いなく自信を持ってすすめられる店です。
本田:シェフはまだ若いの?
工藤:もう41歳くらいですかね。
本田:興味深いね。予約は結構埋まってる感じ?
工藤:予約が取れないって感じではないです。紹介じゃなかったら一言も話さなかったり少しとっつきにくいところがあって。でも今はそんなこともないです。一人でやられています。
本田:王道のフレンチとはまた違う世界観。魚を中心に日本の食材を、フレンチの技法で料理をするっていうスタイル、面白そうだね。フレンチといえば「ル・ミュゼ」もあるよね、札幌には。
工藤:「ル・ミュゼ」もそうですね。料理はもちろんですけれど、シェフの世界観が具現化されてますよね。ああいう立派な建物や雰囲気とお皿や料理が合致した店って、東京でも少ないし。以前「カンテサンス」の岸田さんが行かれて、その感想を聞いたら「どうやったらあんな店を持てるの?」って。そういう意味でも札幌を代表するフレンチですね。
本田:一軒家だよね。相当大きいけど、もともと自分の家だったとか?
工藤:違うんです。ゼロから自分で建てたんですよ。もともと芸術や美術への造詣が深く、陶芸もやっていて、皿も自分で作っていて。しかも後輩を立てる人なんで、褒めて褒めて、みんなを伸ばしていくような方で、北海道にはなくてはならない存在ですよね。
本田:パリで二ツ星の「パッサージュ53」の佐藤伸一シェフも後輩なんだよね。
工藤:「(ミュゼの)石井(誠)さんのおかげ」って佐藤さんも言ってる。恩師のような存在ですよね。
本田:コラボもやってたよね。
工藤:店の中に、“イデア”っていう個室があって、シェフがつきっきりで料理してくれる、すごく贅沢な空間もあります。4人くらいが限界ですけど、コースも別扱いになっているというか。イデアはおすすめです。僕はイデアしか行かないくらい。
本田:昼夜ひと組ずつやってる感じなのかな。目の前で料理してくれるのは確かにいいね。
工藤:はい。あとは「天ぷらあら木」もおすすめです。今、4年目くらいなんですけど、僕が初めて行ったとき、「どうですか」って聞かれたので「つまんない天ぷらだったよって」答えたんです。そしたら彼「じゃあどうしたらいいですか」って食い下がってきて。「北海道でやってるならいい素材いっぱいあるんじゃないの? 例えば、半熟卵のシャコ天ぷらもできるだろうし、いろいろな可能性があるよ」って言ったら、翌日からすぐにやり始めて、ものすごい吸収率が高くて。もともと「えさき」にいたんですね。そこから天ぷら屋さんに転向して、メキメキと力をつけて、いきなり二ツ星を取ったっていう。20代前半の時にご両親が亡くなってるんですよね。帰るとこがないっていうのが彼にはあって、そういう真剣さや生きる力っていうのが、魅力がありますよね。
本田:30代前半くらいなの? 魚の使い方とかも教えてあげたりしてるの?
工藤:僕の2つ下なんで35歳ですよ。魚はそうですね、教えてあげるというのは口幅ったいですが。野菜の扱いについても抜群なものを持ってます。山本益博さんが「みかわ以来だ」って言ったくらい。これからもっと伸びてくると思いますね。今、天ぷらは、全国的にいいところがいっぱいありますけど、やっと札幌でもいい店が出てきた感じです。ばちこを揚げたりシャコやったり、今度は数の子もやるし。
本田:数の子って揚げて大丈夫なの?
工藤:これがね、結構キマるんですよ味が。そういう意味では北海道ならでは。他の土地のお客さんにも行ってほしいおすすめのお店です。
本田:最初に行ったきっかけは?
工藤:お客さまが連れてってくださったんですよ。ちょっと苦労してる店があるから見てやってくれっていう話で。
本田:それは彼にとってみたら、最高にラッキーだよね。それで変わっていったわけだから。そういうこともあるんだね。
工藤:次のおすすめは、毛色を変えて、「バーマデューロ」。うちのお店の後に行く方も多いんです。もともとバーはあんまり行ってなかったんですけれど、ここ3年くらい通って、バーテンダーと寿司職人ってすごく似てると思ったんですね。米と魚という、生息地も全く違う食材同士を合わせて、その一体感を求めるために僕らは湿度や粘りをコントロールしていきます。バーも同じ。バーテンダーも、バラバラの素材を合わせて、飲んだ瞬間にはこういう生き物がいたかのような一体感を感じさせてくれる。ほとんどの方のはこれとこれを混ぜたなってのが分かるんですけれど、マデューロの白野さんだけは、ものすごく一体感を作るのが上手いんです。温度管理から全部合わせていくんですよ。そういう意味では僕はちょっと、痺れましたね。
本田:温度まで調整してるってすごいね。
工藤:そうです。グラスの温度から氷から、酒から、合わせていくんですよ。そういうのがとても上手ですね。僕は、最初、ウィスキーの水割りから始めるんです。これが水で割ったとは思わせないくらいの水割りを作るんです。
本田:(サイトを見ながら)写真に写っている、試験管みたいな、これは何?
工藤:これで色々作ってくれるんですよ。おまかせでって言ったら、飽きずにコースのように作ってくれます。でもジントニックもいい。
本田:最後はB級コースに入っていきたいな。超B級は何かないの?
工藤:世界を代表する「アパッチ」。
本田:なるほど。最高だよねあそこ(笑)。スナック的な。気に入られないと結構厳しいよね(笑)。おれは大好きだけど。ちゃんとアパッチさんとやっていける人だけ行って欲しいね。
工藤:一見さんお断りっていうふうに書いてはいないんだけれど、ほぼそういう感じ。あんまり知らないと、その場で帰される、怖いイメージあるじゃないですか。実際行くと小柄なおじさんなんですよ、マリオみたいな(笑)。
本田:帰されることもあるのね。
工藤:帰されるとこ何回か見たことありますね(笑)。飲食店で重要なのは、非現実感をどう演出するかなんですけど、あそこはそういう意味では最高の店です。
本田:ポッキーが最高の温度帯で出てくる(笑)。あとは赤ウインナーとか添加物だらけの漬物とかもいいよね(笑)。
工藤:「お前、料理人舐めるなよ!」みたいなことを先輩から言われてて、最近出さなくなったけど、悪いものも平気で出してくる(笑)。あとは、コマイです。
本田:コマイってなんだっけ?
工藤:コマイという魚、それを干したものです。漁師さんから送られてくるので美味いです。
本田:あそこさ、なぜか料理人がみんな集うよね。なんでなの?
工藤:たぶん僕が呼んだから(笑)。
本田:あ、そういうことなの? さっき「ラーメンQ」行った時も、プロサウナーの大が「Q」の子たちに「今日アパッチいるからおいでよ」って言ってて。そんなにみんな行ってるんだって思ったよ。それも順也経由なんだね、なるほど。なんなんだろうね、あの居心地の良さ。
工藤:最近は勝手に客が値段を付けるようになって。今日はもう1,000円でええだろ、みたいな。そもそも基本的には、何飲んでも3,000円だったかな? 地元の人で頻繁に行ってる人だと2,000円とか、まちまち。
本田:あとね、選曲がいいあそこは。
工藤:そうなんですよ。もともと音楽バーみたいなことやってたみたいなんですけど。
本田:70〜80年代ぐらいの音楽が最高にいいよね。それが居心地の良さのひとつだよね。アパッチって一歩間違えると福岡の「つどい」みたいになるかなっていう感じがして。
工藤:「つどい」さん、全然わかんないです。
本田:まぁ「つどい」は、ラーメン屋なんだけど、スナックみたいなラーメン店で、クリエイティビティがすごいのよ。最初はとっつきにくい感じで、奥さんがにこりともしない。長いカウンターの店で。メニューもアレとかソレとか夜の匂いとか、よくわかんない名前で。カップラーメンを全部オマージュして、ゼロから、麺から作ってて。UFOを「汁なしのアレ」っていう名前で、完璧に再現されてるんだけどめちゃ美味いわけ。そういう不思議な世界観。店内にシュールなダジャレが書いてあったりしてインスタ映えもするからそこは、めっちゃ有名になっちゃって。店主のキャラと酒のセレクションと飯が美味い、昔のスナックみたいなところをネオスナックって位置づけてるんだけど。ある意味アパッチもネオスナックのひとつかなって。
工藤:アパッチさんあれで70歳ですからね。
本田:すごいね。何時までやってるんだっけ?
工藤:19時から、だいたい4時くらいまで。マスターが眠くなったら終わりです。今日、23時に終わったらすぐ出られますから。アパッチ行きましょう。
本田:いいね! 読者の皆さんがアパッチ行くときはこの記事を見たとひとこと言ってもらってアパッチさんと気が合えば入れてもらえるかもね(笑)。アパッチあとは「ひつじ」も行きたい。
工藤:その前に1回「コピティアム」でちょっと1杯ビール飲んで、「アパッチ」か、「ひつじ」行くか。また「アパッチ」に戻るか?
本田:「アパッチ」に戻る(笑)? そういうパターンもあるんだ。札幌は独自の食文化があり、食の楽しみ方がある。北海道ならではの食材も魅力あるしね。いつ来ても楽しいけど、今日はよりディープな世界を教えてもらったよ、ありがとう。
★「鮨 一幸」の店主 工藤順也さんが通う店
文:小松宏子
撮影:若松和正
撮影協力:みんなのことば舎