シグネチャーののどぐろの炭火焼きと羽釜ご飯

のどぐろの脂が落ちると、炭から煙が立ち上る

「朔旦冬至」を象徴するメニューのひとつがこちら。鳥取県境港の特定の漁場で獲れるのどぐろの中でも目の大きさや尾びれのかたちに至るまで、下枝氏が納得のいく形状のものだけを仕入れている。そのため提供は入荷次第。数日寝かせた後、醤油や味醂などに漬け込み、カウンター内にある炭の焼き台で焼き上げる。強火だが、魚の真下には炭を置かないことで、必要最低限の時間で絶妙な火入れ加減に。香ばしい香りが漂い食欲を刺激する。

のどぐろ自身の脂を纏い、艶やかな姿で提供される

口へと運ぶと、皮目は揚げたかのような歯ざわりで、内側の身は煮魚のようなとろりとした食感。そのコントラストが実に秀逸だ。添えてある鬼おろしと自家製の醤油でいただく。説明のいらない料理を信条に生み出される数々は、無駄のないシンプルな姿だが、食せば思わず息を呑むものばかり。

 

外川さん

のどぐろの炭火焼きは入荷次第なので、訪れた日にあったらそれだけで心が躍ります。登場すると、常連のお客様から「そうそう、これが食べたくて」という声が。

羽釜から湯気が立ち上る自然栽培米の「あきさかり」

締めのご飯は、カウンター内にある羽釜で炊き上げる。火の当たりが丸く、ほどよい食感を残せるのが特徴だ。土鍋よりも短時間で仕上げられるので、ゲストそれぞれに最適なタイミングで提供することができる。厳選するお米は、福井県の標高560~570mの棚田で湧き水を引き込んで自然栽培米している「あきさかり」。下枝氏が指定する通常より低い精米歩合にすることで、でんぷんが少ない軽やかな炊き上がりに。

ご飯のお供や卵、味噌汁、おかずが次々と提供される。最初のひと口はそのままお米の風味を堪能していただきたい

お茶碗に盛られた「あきさかり」は、どこか懐かしいお日さまの匂いを感じ、噛めば噛むほどじわじわと味わいが深まる。それは、最近流行りの、一口目で甘みを強く感じるご飯とは一味違う、驚くほどあっさりした味わい。しかし、上質な旨みがあり、深く印象に残る。

炊き立てのご飯と共に提供されるのは、味噌汁、自家製の昆布塩、漬物、蓮根の金平、明太子、鰹節、卵かけご飯用の卵と自家製醤油、本日のおかず。「旅館の朝ごはんが好き」という下枝氏の言葉を聞くと納得するラインアップだ。一膳が少なめの量で、2膳3膳、いや4膳5膳とお代わりしてしまうだろう。

料理は、8~9品前後で構成されるおまかせコースのみで25,300円~。お肉なしのおまかせコースは19,800円~。お好みやお腹の具合によって追加に応じてくれるのもうれしいところ。

 

外川さん

プリッとした食感で上品なうまみを感じる羽釜のご飯は、延々と食べ続けてしまうような優しい味わい。いつも気づけば3膳以上はお代わりしてしまいます。

空間、料理に加え、店主の人柄がまた訪れたいと思わせる

富山県の日本酒「羽根屋」1合1,760円。フランス・ローヌ地方のワイン「エルミタージュブラン」1本24,640円

日本酒やワインも下枝氏自らがセレクトしているので、料理との相性の良さは言うまでもない。「お酒も存分に楽しんでほしい」という思いから、良心的な価格設定で、お酒に詳しい常連客からは驚かれることもしばしば。日本酒は1合1,210円~、ワインはグラス2,200円~、ボトル10,780円~。

「朔旦冬至」店主の下枝正幸氏は、料理人歴38年

紹介制、しかも看板のない隠れ家と聞くと少々構えてしまうが、一度訪れれば、その居心地の良さにまた来たいと思うに違いない。料理はすべて店主の下枝氏がひとりで担当しているが、ゲストへのトークもさすがで、寛いで食事ができるムードをつくり出してくれる。「卵かけご飯の卵選びのため自ら243種類食べ比べた」など食材の話は興味深いものばかり。

ちなみに、聞きなれない店名の「朔旦冬至」とは、陰暦11月1日が冬至にあたる日のこと。19年と7カ月に一度だけ巡ってくることから瑞祥吉日とされ、古来より盛大に祝われたおめでたい日と伝えられている。そんな店名に相応しいご馳走感ある料理を味わうことができるが、いずれも身体思いで毎日でも食べたくなるものばかり。一度電話で相談すれば予約が可能になるので、ぜひ訪れてみてほしい。

 

外川さん

下枝さんと初めてお会いしたのは20年ほど前。以来、「これまで食べたことのない感動する味」をたくさん教えてもらいました。訪れるたびに、お腹と心が満たされることはもちろん、フードジャーナリストとしての経験値も高めてもらっています。

※価格はすべて税込

取材・文:外川ゆい 撮影:松川真介