〈食べログ3.5以下のうまい店〉

グルメなあの人にお願いして、本当は教えたくない、とっておきの「3.5以下のうまい店」を紹介する本企画。今回はフードジャーナリストの外川ゆいさんが10年以上通っているという日本料理店を紹介する。

教えてくれた人

外川ゆいのアバター

外川ゆい
フードジャーナリスト。つくり手のストーリーや思いを伝えることを信条に、レストラン、ホテル、スイーツ、お酒など、食にまつわる記事を執筆する。雑誌やwebでの取材のほか、予約サイト、HP、リーフレットなど。出産を経て食育への関心も高まり、食いしん坊な3歳児との日々の食卓を楽しんでいる。

話題の麻布台に静かに佇む、看板のない日本料理店

「おいしい店は食べログ3.5以上」のような通説があるが、食べログ3.5以上の店は全体の3%。つまり97%は3.5以下。口コミが少なかったりオープンから時間が経っていなかったりすると「本当はおいしいのに3.5に満たない」ことは十分あり得る。点数が上がってしまうと予約が取りにくくなることもあるので、むしろ食通こそ「3.5以下のうまい店」に注目し、今のうちにと楽しんでいるらしい。

白い扉を開けると、地下へと続く階段が現れる

六本木、六本木一丁目、神谷町、麻布十番の各駅のほぼ中心にある飯倉片町の交差点。その一角に日本料理店「朔旦冬至(さくたんとうじ)」は店を構える。麻布台ヒルズの開業で注目を集めるエリアだが、そんな賑わいとは対照的な佇まいだ。17年前にひっそりと開業して以来、多くの食通の著名人たちが通っている。そのため、看板を掲げずに紹介制のスタイルでゲストをもてなしていたが、今回特別に電話での予約が可能に。

L字形のカウンターに革張りの椅子が8席並ぶ

地下の扉を開けると、樹齢180年の欅のカウンターが鎮座。最近ではなかなか目にしないスケールで、壁に敷き詰められた玄昌石と共に贅沢な空間を演出している。カウンターのどの席からも、店主の下枝正幸氏が鮮やかに料理をつくり上げる様を楽しむことができ、見ているだけでもお酒が進む。行き届いた接客なので、接待などにも重宝する一軒だ。

掘りごたつ式で寛げる4名まで利用できる個室
 

外川さん

毎回、地下へと続く階段を下りながら「今日はどんなおいしいものが待っているのだろう」と心地よい緊張を覚える一軒。立地や空間も特別感抜群で、初めてご一緒する方々は、辿り着くまでに少し迷い、この空間に驚きます。

「説明のいらない」潔い料理を信条にゲストを魅了

下枝氏の料理は、非常に潔い。余計な説明をせずともおいしいと感じてもらえることを信条にしているからだ。それはただシンプルというわけではなく、素材選びから徹底した知識とこだわりを持ち、見えない部分で丁寧に手を掛けている。

白烏賊、馬糞雲丹、赤身、中トロを盛り合わせたお造り

お造りの鮪は、豊洲市場の仲卸「やま幸」から仕入れているもの。この日の赤身は、北海道の噴火湾の定置で獲れた157kg。中トロは、和歌山県の那智勝浦の延縄で獲れた173kgという立派な品。「やま幸」といえば、有名な寿司屋をはじめとする名店の仕入れ先として有名で、最近では麻布台ヒルズ マーケットに出店して話題になっているが、下枝氏は20年以上前からの長い付き合いだ。

素材に対し、自身が納得するおいしさを究極まで突き詰めることを徹底している。料理の主役となる食材はもちろんのこと、塩や醤油、鰹節に至るまで極上の素材を探し出すと、さらに仕立て直してから使う。お造りに添える醤油も自家製で、昆布、鰹節、日本酒を合わせ、じっくりと寝かせて土佐醤油に仕立てている。山葵もそのまま使用するのではなく、長野県産の2年物を一度枯らして戻すことで粘りと甘みが出るという。

上品な汁で味わう、そうめんの水茄子添え

おまかせコースは安定感ある定番のお料理を基軸に、季節を感じる料理も登場する。こちらは、出汁で炊いた水茄子が優しい口当たりの夏の一品。汁は控えめな味わいに仕上げ、茗荷、オクラ、生姜がアクセントに。使用する麺は、熊本県産の極細の手延べそうめんで、ゆで時間18秒とのこと。驚くほど細く繊細だが、しっかりとコシを感じる。水茄子の入荷次第だが7月末頃まで提供予定。

そうめんひとつにも店主の食材へのこだわりがうかがえる
 

外川さん

料理は一見シンプルですが、「朔旦冬至」でしか味わえないと思うものばかり。下枝さんの料理を味わうと、味覚がリセットされ、研ぎ澄まされるような感覚になります。