【そば百名店】

メニューはコースのみ。満腹至福のご馳走蕎麦店へ

 

そばは江戸時代から続く日本の伝統的なファストフード。現代のそば店も小腹が空いた時にふらりと寄れる気楽なお店が主流ですが、最近は割烹や小料理屋のように料理が充実したお店も増えています。

 

蕎麦研究家の前島敏正さんによると、「百名店」の中でも凝った料理を出しているのは、「無庵」や、その弟子筋のお店(「根津雙柿庵」「蕎麦恵土」「土家」)。天ぷらが充実しているのは「松翁」と、そこから独立した「蕎楽亭」です。

一方、どちらの系統にも属さずに独特の料理をコースで提供しているのが、神楽坂の「巽蕎麦 志ま平」です。今回は、こちらを取材しました。

 

完全予約制で夜のみ営業する個性派

かつて埼玉県で20年間蕎麦店を営んでいた店主の嶋田義昭氏が東京進出を果たし、牛込中央通りに「志ま平」をオープンしたのは、2005年11月。当初は昼も営業していましたが、2013年からは夜のみの営業となっています。

「ちょうど60歳を迎え、自分なりの定年を作りたくて夜だけの営業にしたんです。夜の予約が増えて忙しくなってきたことも重なりました」と嶋田さん。

メニューはコース(税込6000円〜)のみで、内容は前菜4種盛り、そばの実のスープ、そば寿司、季節料理の盛り合わせ、そばがき、そばのクレープ、そばの7品。ほぼすべての料理に「かえし」が使われているのが特徴です。前菜や季節料理は日によって内容が変わりますが、その他は定番。「そばの実のスープ」は、嶋田さんが20年前に洋食屋さんの「お米のスープ」にヒントを得て考案した名物料理です。炊いて裏ごししたそばの実に牛乳とかつお出汁を加えたスープは、まろやかなやさしい味わい。上に振られた「そば茶」の香ばしい香りが食欲をそそります。

「そば寿司」は、ごはんの代わりにそばを使って作った巻き寿司で、具材は錦糸玉子、かんぴょう、ゴボウ、キュウリ、紅ショウガなど。具材の甘みや酸味が利いて、お酒のアテにもぴったりです。3品目の季節料理は、野菜をふんだんに使ったひと口サイズのものが14〜15点。ますますお酒が進みそうです。

続いてそばがきが登場したら、次は好評の「そばのクレープ」。こちらはフランスでガレットとして親しまれている蕎麦粉のクレープを焼き、その生地に八丁味噌ベースの甘味噌を塗り、水菜、貝割れ、人参、きゅうりを巻いたもの。クレープが薄紅色をしているのは、ビーツが練り込まれているためです。

〆のそばは6種類から選べる仕組みで、選ぶそばの種類によってコースの金額は変わります。たとえば「せいろ」「かけそば」「そばがき」を選ぶ場合はコースの基本価格の6,000円(税込)ですが、太めの粗挽きそば「深山」を選ぶと+300円、「せいろ」と「深山」を盛り合わせた「二色せいろ」は+400円、「鴨せいろ」は+700円です。

「鴨せいろはウチの師匠の店の名物だったんですよ」と話す嶋田さんは、「一茶庵」のご出身。独立する前は「市川 一茶庵」(現在閉店)、「南浦和 一茶庵」で活躍された方です。そのため、そばは「一茶庵」の伝統を守って二八が基本。「鴨せいろ」は、合鴨の旨みを存分に楽しめるよう、つけ汁に合鴨の脂を細かく切って混ぜるのが嶋田さん流です。喉越しのよいせいろを合鴨入りのつけ汁につけて手繰れば、鴨のコクと甘みがほどよく広がり、満足至福。「志ま平」さんを訪れる日は、“小腹”ではなく“大腹”を空かせてお出かけください。

 

取材・文:小松めぐみ
撮影:石渡 朋