〈これが推し麺!〉

ラーメン、そば、うどん、焼きそば、パスタ、ビーフン、冷麺など、日本人は麺類が大好き! そんな麺類の中から「これぞ!」というお気に入りの“推し麺”をご紹介。その厳選された材料や作り方、深い味わいの秘密に迫る。

今回は、連載「森脇慶子のココに注目」でおなじみ、人気フードライター・森脇 慶子さんの推し麺が登場。暑い時期にぴったりの「すだちそば」がおいしいそば屋「明神下 蕎麦 おしん」を教えてもらった。

教えてくれる人

森脇 慶子

「dancyu」や女性誌、グルメサイトなどで広く活躍するフードライター。感動の一皿との出合いを求めて、取材はもちろんプライベートでも食べ歩きを欠かさない。特に食指が動く料理はスープ。著書に「東京最高のレストラン(共著)」(ぴあ)、「行列レストランのまかないレシピ」(ぴあ)ほか。

ひきたて、打ちたて、ゆでたてを徹底した「明神下 蕎麦 おしん」

神田明神から明神女坂を下り、歩いて2分ほど。そば激戦区のこのエリアに、期待の新星が2023年8月末に現れた。それが「明神下 蕎麦 おしん」だ。

お店は神田明神にも近く、散策にも最適の立地

店主の黒崎慎さんは、そばだけでなく関西のだし文化を大切にする「土山人」に惹かれ「東京 土山人」を皮切りに、本店の「芦屋 土山人」など系列店で計10年ほど研鑽を積んでいる。「明神下 蕎麦 おしん」でも「土山人」時代の経験を活かし、ひきたて・打ちたて・ゆでたてをモットーに、自家製粉石臼挽きの手打ちそばを振る舞う。

 

森脇さん

かなり細打ちのそばは、つなぎ無しの十割。まずはせいろでいただくと、そばの甘みや香りがより味わえます。

入り口入って左手にカウンター席、右手にテーブル席を配置した店内

そばは十割から二八まで、一番おいしいと思う配合を日々試行錯誤する黒崎さん。微粉と粗びきを組み合わせ、香りと味の良さを追求している。そばの加水率も品種によって変えているが、比較的加水率は高めで、なめらかで香りの良いそばが特徴だ。

「土山人」に伝わる特注の道具も活用して、店内の一角で毎日そばを打つ店主の黒崎慎さん

使用するそばの実は時期によって使い分けているほか、せいろ、田舎そば、温かいかけそばなど毎日3種類のそばを打ち分けている。

せいろ用のそばのゆで時間はわずか10秒! その細さは0.8mmほど

例えば訪れた日の「せいろ」900円には、埼玉県三芳町のそばの生産者として名高い「みよしそばの里」の新そばを使用。店内の石臼でそばを打つ直前に製粉し、十割で打っている。せいろ用のそばはかなりの細切りのため、ゆで時間はわずか10秒。千葉の職人による竹細工に盛られたせいろは、なんとも風流なたたずまいだ。

「せいろ」

「みよしそばの里」の新そばは、粘り気も香りも甘みも強いため、まずは何もつけずにそのまま食べてみるのがおすすめ。細切りのため咀嚼しすぎず、思い切りすすることで、香りがよく感じられる。お好みでテーブルに置いてある沖縄県産の海塩「塩夢寿美(えんむすび)」を少しつけてみれば、そばの甘みが開く。その後はそばつゆにつけて、ズズッとすすってほしい。

そばそのものを堪能できる「せいろ」は、まずはそのまま、次に海塩、最後はだしの利いたつゆで楽しみたい

そばつゆは、1808年創業の丸勝かつお節の備長炭で炙った本枯節で取っただしに、かえし醤油を加えたもの。一般的なかつお節よりも濃厚でコクのある味わいをした本枯節を使ったつゆが、清廉なそばの味わいを引き立ててくれる。

すだちの爽やかな味と香り、澄んだだしの味わいをまとった「冷かけすだち」

すだちのスライスは時間がたつと、苦みや渋みが出てきてしまうので、適度なタイミングで取り出すのがおすすめだ
 

森脇さん

「土山人」系列を思わせる、すだちそばがおすすめです。ガラスの器にスライスしたすだちを浮かべた、見るからに涼しげな一杯。繊細な喉越しが、すっきりとしただしによく合っています。清涼感あふれる味わいは、暑い日にはピッタリの逸品。訪れた日は、京都産のそばでしたが、日によって変わるようです。

森脇さんイチオシは、期間限定(今年は9月中までの予定)で登場する「冷かけすだち」1,450円だ。せいろと同じそばを使用するものの、10℃以下の冷たいだしをかけて提供するため、食感を意識してゆで時間は30秒弱と少し長い。

食べやすいように薄くスライスされたすだち

だしはすだちの爽やかな酸味と香りに合わせて、かつおの酸が立つように、あえて血合いが適度に入った新鮮なかつお節を使用し、甘がえし醤油も加えて作りあげている。味の決め手となるすだちは徳島県産。「フレッシュな味わいを楽しんでほしい」と提供直前にスライスし、1人前に約1.5個分も散りばめている。

夏の暑さも吹き飛ばす、爽やかな一杯

目にも涼やかな「冷かけすだち」は、澄んだおだしをすする喜びに満ちている。細切りのため麺と麺の間にしっかりだしが含まれ、すするとかつおだしの酸味を伴うイノシン酸系のうまみ、すだちの爽快な香りと酸味が口の中で上品に混ざり合う。こんな涼しげで粋な一杯に出合えるのなら、猛暑も受け入れられるというものだ。

まるで飲むだし巻き! おだしがジュンワリしたたる「関西風だし巻き卵」

せいろ、冷かけ、温かいそばでだしを使い分けている「明神下 蕎麦 おしん」でこそ味わってほしいのが「関西風だし巻き」900円だ。温かいそばで使われるかつお節、いわし節、アジ節、まぐろ節を合わせた混合節で毎朝取るだしをたっぷり使っている。鳥取県産のブランド卵とともに、おだしを存分に感じられるよう高火力で巻きあげた一品だ。

だし巻き卵には卵を3個使用している

卵3個分とは思えないほど大きなだし巻き卵からは、ジュンワリとおだしが滴っている。「茶碗蒸しをイメージした」と黒崎さんの言う通り、おだしと卵の優しい溶け合い方にうっとりしてしまう。しかも歯が不要なほどホワホワの食感で、卵焼きというより湯葉のような趣だ。

「関西風だし巻き卵」

ネギと辛味大根のおろし、造り醤油をつけていただくと、日本酒を一献傾けたくなる。全国各地から仕入れる日本酒の品ぞろえも豊富なので、そば飲みにも訪れたい一店だ。

※価格はすべて税込

撮影:佐藤潮

文:中森りほ、食べログマガジン編集部