【そば百名店】

名店の系譜を辿る第2回

今食べるべきそば店100軒がわかる「そば百名店」。さらに深く知るためのひとつの方法に「系譜を追う」というのがあります。名伯楽の店と、その出身者が開いた店。それを辿るのもそば好きの楽しみのひとつなのです。

 

「そば百名店」の中には、多くの逸材を輩出している名伯楽の店が数軒存在します。また、そこから独立した弟子たちの店も「百名店」入りしています。主要なそば店の師弟関係が頭に入れば、お店を訪れる楽しみも深まるというもの。というわけで、そば研究家の前島敏正さんがそば界の師弟関係をひもとく「名店の系譜」を3回にわたってお届けします。第2回は東京都立川の名店「無庵」編です。

 

「無庵」の系譜

「2017年の百名店の中には、立川の名店『無庵』出身者のお店が3軒ランクインしています。根津の『根津雙柿庵』、葉山の『蕎麦恵土』、東村山の『土家』は、みな『無庵』で修業した人たちのお店です。『無庵』は、一見何のお店だか分からないような佇まいと、季節の素材を生かした料理が特徴的。お弟子さんたちのお店も、一見客がふらりと入れる雰囲気ではなく、お料理が凝っている傾向がありますね。わざわざ訪ねて行くような立地であることも共通点です」(前島さん)

 

 

「無庵」とは一体どんな店なのか?

 

個性的なそば店の主人たちを育ててきた「無庵」が開業したのは、1989年。異業種出身の竹内洋介さんが「一茶庵」でそば打ちを習得し、立川の実家を改装して開いたのが「無庵」です。間口の広い日本家屋は風格ある佇まいで、看板にも行灯にも「蕎麦」と書かれておらず、入りにくい雰囲気ですが、竹内さんは意図してそうしたと言います。

「当時はそば屋が6500円のコースを出すことなんてありませんでしたから。そば屋だと思われると『定食はないのか?』となるので、外からはそばを出す店だと感じさせないようにしたんです」

 

暖簾をくぐれば、店内も旧来のそば店とは異なり、まるで趣味人の別荘のような雰囲気。薪ストーブや民芸品が設えられた店内には、真空管アンプから流れるジャズがしっくりと馴染み、古き良き日本の暮らしを彷彿させます。

「私は自分が好きな空間の中で、季節の味をお皿にのせて表現し、お客様にゆったりとした語らいの時を過ごしてほしいと思っています。料理もそばもあって、お酒も飲める──ウチは総合的なバランスを楽しんでいただく店です」

 

空間、季節、料理、酒を愉しみ、そばで〆る。

アラカルトや「そば游膳」コース(6500円、前日までに要予約)で提供される料理は、旬の野菜を生かした季節感溢れるものばかり。「蕎麦豆腐」や「お椀」「蕎麦寿司」に続いて登場する「季節の点心」には、ホッキ貝と葱のぬた、大浦牛蒡の田舎煮、合鴨のロースト、薩摩芋のレモン煮など、素材を生かした素朴な料理が盛られ、お酒が進むこと請け合いです。

「やり過ぎては粋さがなくなりますから、素朴で控えめな仕事をすることが大事です。プレゼンテーションしなくても、わかる方にはわかってもらえます」

〆のそばは、八ヶ岳山麓産と茨城産、福井産の玄そばを乾燥させ、熟成させて自家製粉し、手打ちしたもの。玄そばを殻ごと挽いているため、打ったそばには鬼殻(薄片)や甘皮の星が飛び、野趣のある香りが豊かです。いわゆる“挽きぐるみ”のそばは、「無庵」のそばの特徴のひとつ。弟子筋の「根津雙柿庵」「蕎麦恵土」「土家」のそばにも、やはり鬼殻や甘皮の黒い星が飛んでいます。そば以外の料理に関しても、そば豆腐やそば寿司など、そば粉を生かした素朴な料理が揃っているのが弟子筋の3店の共通点です。

「自家製粉のそば粉を生かしたメニューを作り、そば粉の生かし方を身につけるのが『無庵』の仕事ですから。ほどよく色んなお遊びができるのが、そばの面白さです」(竹内さん)

 

「根津雙柿庵」「蕎麦恵土」「土家」のさらなる共通点は、どの店も人通りの少ない住宅街にあること。なぜなら、竹内さんが「人の来ないところにお店を出しなさい」とアドバイスしているからです。

「私は弟子が独立する時に『美味しい水のある場所を探しなさい』と言うんです。それは水で味が決まるからですが、弟子は『お客さんは来ますかね?』と不安がります。中には開業後、お客さんが来ていても不安がる人もいますが、そういう時はこう言うんです。『不安なら商業ビルに出せばいい。でも、それじゃ自分の個性は出せないよ』と。ウチの弟子たちは『無庵』が好きで、本当は自分がお客になりたいと思っているぐらいですから、個性で勝負せねばなりません。そういう店にわざわざ来てもらうためには、住んでいる人しか通りかからないような場所がいいんです」

 

「無庵」ではプロ向けの「開業育成講座」も開かれており、独立を夢見て門を叩く人が絶えないとか。「無庵」の系譜に連なる店は、今後も郊外にぽつぽつと増えてゆきそうです。

 

 

※夜はそばのみの注文は不可(昼はそば1枚から可)

 

【営業時間変更のお知らせ】

2013年7月1日より、午後の営業時間が午後 5時30分~に変更になりました。