目次
【おいしいパンのある町へ】
Vol.11 東京・下北沢「mixture(ミクスチャー)」
カルチャーの発信地として圧倒的な存在感を放つ街・下北沢。数は少なくなったものの単館映画館やライブハウスが残る貴重な街並みだが、近年急速に再開発が進展。素朴さが色濃く残る下町風景にはモダンな建築物が続々と現れ、過渡期真っ只中にある。
そんな街の様子を体現しているともいえるのが、「mixture(ミクスチャー)」。老舗「大英堂」の味を継承するモダンなカフェとしてリニューアルオープンした。
老舗「大英堂」を継ぐまで
1959年から下北沢で愛され続けた「大英堂」が「mixture(ミクスチャー)」として再始動したのは、2005年。オーナーシェフの中井滋さんはサラリーマン時代の4年間、「大英堂」でパン作りを学んだ。「カフェ経営が昔からの夢で。そのためにもパン作りを学びたいと思っていたときに、友人から薦められたのが『大英堂』でした。ご年配のオーナー夫妻が毎朝作るコッペパンがおいしくて、飛び込みで手伝わせていただけないかとお願いしたところ、快く受け入れてくださって。サラリーマンとして働きながら週に1度、お店に立たせていただくように」
同時に料理研究家の下で料理を学ぶ日々を送るにつれカフェ経営への思いが強くなり、脱サラを決意。退職して調理学校に通っていたところ、「大英堂」のご主人の訃報が届いた。「奥さんから閉店すると伺って……ショックでしたね。それと同時に、できることならば愛着のあるこの場所で自分の店を開きたいな、と。まだまだ勉強が足りないとは思いつつ、“ここでお店を開かせてください”と申し込んだんです」
応援してくれたすべての人へ、おいしいパンで恩返しがしたい
「そんな経緯から急遽、お店を開くことに。当時はスタッフもおらず働いていた僕を支えてくれたのは、『大英堂』を愛したこの街の人々でした。朝イチで店を訪れ“どう?”と声をかけてくださったり、栄養ドリンクを差し入れてくださったり。感謝しても、しきれません」
当初はパンを15種類ほどに減らし、代わりにパスタなどのフードメニューを揃えていたという中井さん。しかし「こんなパンが食べたい」というリクエストに応えるうち、1年ほどで、ラインナップは倍以上に増えた。「想定外ではありましたが(笑)、僕が目標としていたのは“街に寄り添うお店”。お客さんに喜んでもらえるのが、やっぱり何よりも大切です」
「ミクスチャー」という店名に込めた、“地域との融合”への想い
その目標こそが、“混合”の意味を持つ「ミクスチャー」という店名の由来となっているとか。「下北沢で働きはじめて最も印象的だったのが、この街の持つ団結力や、支え合いの精神。ここ数年で街並みは大きく変化しましたが、人と人との繋がりは変わらない。新しく越して来た方や外国人の方も増え、より多様化している下北沢のカルチャーをうまくミックスさせて共存していきたい、という願いを込めて名付けました」
街の人が、食べたいときに食べられる身近な存在であるべく、パンは130円〜とリーズナブルな価格設定に。7:30のオープンと同時に多くの人で賑わう店内には、約60種類のパン、15種類のサンドイッチがずらり。「大英堂」から受け継がれる伝統のコッペパンなど、一押し商品がこちら。
下北沢で60年間親しまれる、昔なつかしコッペパン
「大英堂」から受け継がれる看板商品が、1959年から配合を守り続けている「甘コッペ」。「甘みが強い味わいが、うちの特徴。低温長時間発酵で、もっちりとした食感に仕上げています。近所にある成徳高等学校に卸しているのですが、30年以上前の卒業生の方が、わざわざ買い求めに来てくださることも。“懐かしいなあ”と喜ぶ顔を見ると、より一層やりがいを感じます」(130円)
甘コッペを使用したサンドイッチ各種は、どれもベストセラー。なかでも人気No.1は、店から徒歩数分の場所にある卵専門店「とよんちのたまご」の卵を使用した「たまごパン」。茹でてマヨネーズと和えたシンプルなフィリングは、卵そのものの濃厚な旨みが味わえる。フレッシュ野菜のサラダパン各種は、女性の支持が高め。写真は「カボチャと卵のサラダパン」(150円)
オーナーお気に入り!プチ贅沢感がたまらないレーズン食パン
中井さんが満を持して「食べて欲しい」とプッシュするのが、「レーズン食パン」。「物心がついたころから朝食はほぼ毎日、食パンでした。たまにレーズン入りが食卓に並ぶと、すごく気分が上がって。うちのモーニングセットにつくトーストがレーズンパンなのは、それが理由なんです(笑)」
コッペパンの生地をベースにした、ほどよい甘さが絶妙。「厚みのあるトーストが好き。厚切りしても食べきれるよう通常よりも一回り小さい型で焼き上げているのがポイントです」(300円)
外国人から絶大な人気を誇るドイツ風クロワッサン オーダマンド
ここ数年で多くのゲストハウスが誕生し、観光客が増加。さらに外国人居住者も増えたという下北沢。毎日のように訪れる外国人から支持されるのが、こちらのクロワッサン。「試しに作ってみたところ、外国人の方が毎日のようにリピートしてくださるように。それから定着しました」
日本ではフランス風のクロワッサンが定番ながら、こちらは珍しいドイツ風。「生地を何層にも重ね、ふわっとした食感のフランス風に対し、ドイツ風は生地を練り込み、ずっしりとしているのが特徴。カスタードクリームをサンドした『クロワッサン オーダマンド』が、とくに人気です」(190円)
“街の魅力”がぎゅっと詰まったコロッケサンド
お店の向かいにあった精肉店のコロッケが大好きで、思いついたというコロッケサンド。「地域のお店とのコラボレーション商品のなかでも、初期に取り入れた人気メニュー。精肉店が閉店することになったときも、どうしてもこのコロッケの味を守り続けたくて。ご主人に頼み、作り方を伝授していただきました」
「正直、コロッケをイチから手作りするのは大変。それでも続けたいと思うのは、街への感謝の気持ちが大きいですね」。合挽き肉と人参、じゃがいものみのシンプルな具材のコロッケを、千切りキャベツとともにサンド。コッペパンの甘みとウスターソースが絶妙にマッチ。(150円)
もっちり食感にキッズのラブコールが続出! プレッツェル
近所の子どもたちがシンプルなコッペパンを選ぶ傾向に気付き、具材がなくてもおいしいパンを模索していたところ、たどり着いたのが「プレッツェル」。
もちっとした食感が、子どもたちの間で大ヒット。取材中も「僕、プレッツェル!」という愛らしい声が、何度も聞こえてきた。極めてシンプルな味わいの生地に、まろやかな天然の海塩・ゲランドがアクセントに。(160円)
中井さんに聞く、下北沢の一押しグルメ
パン作りのヒントにも!? カルチャー発信地ならではの食べ処はここ!
本格エジプト料理でビーガンに開眼! 「デリショップ うちむら」
「お客さんに薦められて行ったのを機に、すっかりエジプト料理に魅了されてしまいました。それまであまり惹かれなかったビーガンメニューも、こんなにおいしいのか!と感動。おすすめは、ひよこ豆のフムス。ハマりすぎて、うちのサンドイッチにも使わせてもらっています。そら豆を使ったファラフェルも絶品です」
「本屋 B&B」で読書をしながらのリラックスタイムが、至福のひと時
おなじみ、Book & Beer(本とビール)というユニークなコンセプトで知られる書店。「本のセレクトが絶妙で、暇を見つけてはちょくちょく訪れています。頻繁に開催されるイベントも幅広く、どれも興味深いものばかり。カルチャーを発信する街ならではのお店だと感じています」
撮影:山田英博
取材・文:中西彩乃