【噂の新店】「CYCLE」

フランスのミシュラン三つ星レストランであり、2019年には世界のベストレストラン50で第1位を獲得し、2021年には殿堂⼊りを果たした「Mirazur」(以下、ミラズール)。同店を率いるマウロ・コラグレコ(Mauro Colagreco)シェフによる、⽇本初のレストラン「CYCLE」(以下、スィークル)が東京・大手町に、2023年10⽉27⽇(⾦)にオープンした。

土壌の力を守り土地の文化を理解し、生物多様性を尊重するガストロノミー

Gault&Millau「Revelation of the Year」受賞、⾮フランス⼈シェフとして初めてGault&Millau「Chef of the Year」を受賞、ミシュランガイドで三つ星を獲得、世界のベストレストラン50で第1位を獲得し、2021年には殿堂⼊りを果たすなど華々しい経歴を持つマウロシェフ。世界中から注目を集めるシェフが、日本に新たなお店を出店するに至った背景には、日本の食文化に加え食器や装飾品などの伝統工芸品に吹き込まれた日本の美に魅せられただけでなく、⾃然農法の祖である福岡正信⽒の哲学に出合ったことなどがある。

宮本悠平シェフ

そして「ミラズール」でスーシェフを務めた日本人シェフ、宮本悠平氏の存在もあった。2019年にミラズールチームに加わり、マウロシェフの右腕として世界のベストレストラン50で1位、またミシュラン三つ星の獲得に尽力。その腕の高さを買われ、35歳と若手ながらマウロシェフに「スィークル」のヘッドシェフを任された。

立派なオリーブの木が目印

お店は皇居にほど近い⼤⼿町に誕⽣した複合ビル「Otemachi One」の1階、緑豊かな広場や水景が広がる「Otemachi One Garden」に⾯する一角にある。樹齢300年を超える2本のオリーブの⽊に出迎えられて店内に入ると、浅間山の溶岩石の上にそそり立つ神代⽊(長きにわたり地中に埋もれていた間に変色をし、色合いが濃くなった木の呼称)に目を奪われる。2面ガラス張りで天井の高い開放的な空間には、秋⽥・⼭形をまたがる⿃海⼭(活⽕⼭)で 2500年前に⼭体崩壊した際の埋もれ⽊を使ったオブジェやテーブルを配置。日本の伝統的な左官技術を用いた版築の壁が地層を思わせるなど、インテリアからも命をつなぐ生命への敬意が感じられる。

自然光が気持ちよく差し込む店内

生命への賛歌とも言える「根、葉、花、果実」をテーマとしたタパス4種

「タパス」

料理はバイオダイナミック農法の4つの要素「根、葉、花、果実」がテーマだ。⾷材本来の⾃然のエネルギーを余すところなく引き出し、⾃然の絶え間ない循環とそのエネルギーを表現している。

この種のライフサイクルを特に体現しているのが、ランチコース(16,500円〜)、ディナーコース(26,400円〜)のどちらにも含まれる4種の「タパス」だ。この時期は、松ぼっくりやどんぐり、栗など実りの秋を思わせるプレゼンテーションで、器の中からタパスを探す楽しみもある。

「根」

誕生を意味する「根」は、キャラメリゼした玉ねぎとタピオカで作った薄いチューブ状の生地に、南仏の料理であるピサラディエールをイメージしたオニオンピューレとアンチョビ、オリーブ、パセリを使ったクリームを詰めた一品で表現。玉ねぎとタピオカのチューブが甘くほろ苦く、表面のタイムやクリームに含まれるパセリがハーブのシャワーのような印象で、食後に清涼感が残る。

「葉」

成長を意味する「葉」は苔玉のイメージで、牡蠣とエストラゴンの入ったカレー風味のコロッケで作り上げた。フライパンで色づくように牡蠣を焼き、オリーブオイルを入れて乳化させて、エストラゴンをしっかり利かせてカレー粉少々とセロリを加える。それらを自家製のパン粉にほうれん草のピューレ、クロロフィルを合わせて緑色に仕上げた衣で揚げ、最後にエストラゴンをトップにあしらった。エストラゴンの香りに、牡蠣のうまみとほろ苦さがシャンパンを誘う。

「花」

再生を意味する「花」は炙りシメサバに、角切りのリンゴ、エシャロットのクリームに菊の花のピクルスをあしらったタルトで表現。うすはりグラスのようなタルトをサクサク頬張ると、塩と酢で締めたサバの和の趣の酸と、シードルビネガーとシェリービネガー、エシャロットで作られたクリームの洋の酸、菊の花の発酵感を帯びた酸が調和して味わいの花が開く。

「実・種」

再誕生を意味する「実・種」は、栗の粉と栗の花由来のハチミツに卵、焦がしバターを合わせて香ばしく焼き上げた栗形のフィナンシェで演出。口に含むとジュンワリと焦がしバターの味わいがあふれ、栗の香りとアルマニャックの高貴な香りが鼻から抜けていく。

ちなみにフードロス削減への意識が高いのもこのお店の特徴だ。マウロシェフは2022年末に、⽣物多様性のためのUNESCO親善⼤使に初めて指名されたシェフだ。現在、⼟壌と⽣物多様性の保全という⽬標を掲げ、⽇々のオペレーションの中でサステナビリティに取り組んでいる。たとえば食事が始まる前に供されるウェルカムブイヨンは、その日の料理で使われた野菜の端材を使って作られている。いただいた命を余すところなく使い、おいしくいただくという責任、そして命への敬意が細部にまで行き届いているのだ。

大地の恵みを全身で味わう前菜とメイン

「里芋/コーヒー/ホタテ」

この日の前菜は里芋を丸ごと使った「里芋/コーヒー/ホタテ」。トップにあるのは里芋を洗い、塊のままオーブンで焼いてから中身をくり抜き、乾燥させた後に揚げた皮だ。くり抜いた中身は角切りにして炒めたもの、そして燻製してソースにしてあり、薪火で焼いたホタテと、ホタテのヒモと黄色ワインのヴァン・ジョーヌで作ったソースと絡めてある。

カリカリッとした里芋の皮の食感が病みつきになりそう

さらにオーブンで香りを立たせたヘーゼルナッツと、この日は野生のヒラタケのソースも合わせてあり、最後に上から挽いたコーヒー豆の粉を振りかけた。里芋の皮由来の力強い土の味わいに、コーヒー豆のビターで芳しい香りがよく合う。

彩り鮮やかな魚料理が登場

魚料理は、同時に供されるシーベジタブルのプレートからいただこう。アオサノリのチップスには焦がしたレモンのピューレとオゴノリとトサカノリがトッピングされている。レモンピューレの目が覚めるような酸味と、多彩なノリのミネラル感がメイン料理へと口の中をととのえてゆく。

手で持ってパクッと味わえる気軽さもうれしい

緑のマーブルソースが美しいメイン料理「海藻/春菊/アンコウ」は、アンコウの頭から取ったコラーゲンとオリーブオイルで作ったソースのピルピルに、春菊のピューレを合わせたもので覆われている。

「海藻/春菊/アンコウ」

中には春菊の茎と松の実、レモンジュースとレモンの皮、オリーブオイルで作ったペースト。その上に春菊の葉っぱを軽くソテーしたものと、サッとソテーしたミリンという海藻がのり、スダチの皮でマリネして塊でグリルしたアンコウが鎮座する。さらにトップにはオゴノリ、トサカノリ、マイクロ春菊、フィンガーライムがあしらわれている。

トップのオゴノリやフィンガーライムの独特の食感がアクセントになっている

肉厚なアンコウの弾力ある食感とふくよかな味わいに、春菊や海藻の青さとミネラル感が鮮やかな印象を残す。

アルゼンチンタンゴのように耳でも楽しい、シェフスペシャリテのデザート

「ナランホ・エン・フロール」

コースの終盤では「ミラズール」のシグネチャーデザート「ナランホ・エン・フロール」が登場する。「ナランホ・エン・フロール」とは「花咲くオレンジの木」という意味で、アルゼンチンタンゴのダンスの名前でもあり、アルゼンチンにルーツを持つマウロシェフならではの一皿だ。サフランクリームとオレンジのリダクション、その上に生のオレンジと半割のアーモンド、オレンジのソルベ、そしてアーモンドミルクのエスプーマがのる。

クリスタリンを割る瞬間は思わずワクワクしてしまうはず

スプーンの裏でクリスタリン(結晶糖)を割る音が、タンゴのステップのようだ。お皿の底からすくい上げ口に含むと、オリエンタルなサフランの香りが鼻をくすぐる甘酸っぱいオレンジソルベに、フローラルさを携えたエスプーマの口溶け、カリッと食感のアーモンドのビターさが響きあう。

口中に広がるサフランとオレンジの香りが爽やかなデザート

宮本シェフいわく今後はオレンジではなく、日本産の柑橘に置き換えたデザートも計画しているとのこと。

「共生」をテーマに取りそろえたワインは新旧約4,200種類

店内のセラーにはワインがびっしり

料理とのマリアージュを楽しむワインは「共生」をテーマに、新旧織り交ぜた約4,200種類がラインアップされている。「プレミアムワインペアリング」26,400円では、クラシックなフランスの高級ワインから、有機農法やバイオダイナミックの考えを取り入れた世界各地のナチュールなど新しい造り手のワインまで、ゲストの好みに合わせてペアリングしてくれる。ソムリエを務める苅田和希氏は「レフェルヴェソンス」や「スリオラ」「レストラン サンパウ」で経験を積んだ一流だ。また「ノンアルコールペアリング」9,900円〜では、コンブチャや甘酒を使ったドリンクが供される。

ビルの一角にはミニ菜園があり、ハーブや野菜を育てている

店名の「スィークル」とはフランス語で「周期、循環」という意味だ。「このレストランと美⾷の体験を通して、常に⽣まれ変わる⾃然の美しさ、循環するエネルギー、そして私を魅了するすべての⽣物の相互作⽤を再表現したい」というマウロシェフの思いから、名付けられた。このお店では希少肉や高級食材は登場しない。中心に据えられるのは野菜やハーブであり、見過ごされてきた、もしくは私たちがこれまで料理に取り入れようと思わなかった食材が多い。このレストランは、私たちに新たな気づきや視点を与え、食の世界を鮮やかに広げてくれる稀有な存在だ。

※価格はすべて税込、サービス料別

撮影:佐藤潮

文:中森りほ、食べログマガジン編集部