〈秘密の自腹寿司〉

高級寿司の価格は3~5万円が当たり前になり、以前にも増してハードルの高いものに。一方で、最近は高級店のカジュアルラインの立ち食い寿司が人気だったり、昔からの町寿司が見直され始めたりしている。本企画では、食通が行きつけにしている町寿司や普段使いしている立ち食い寿司など、カジュアルな寿司店を紹介してもらう。

教えてくれる人

武智 新平

1970年生まれ。食雑誌をメインにフリーの編集&ライターとして活動中。食事では寿司、そば、カレー、洋食全般など、お酒は特に日本酒が好きで、仕事でもそれらを担当することが多い。一見でも心地よく、かつリーズナブルに楽しめる店を中心に紹介していきたい。

目白駅の線路沿いに佇む隠れ家ながら、子どもも歓迎の寿司店

優しい雰囲気と温もりのあるもてなしが、地域に愛されるゆえん

目白駅のほど近く、山手線に沿って数軒の飲食店が並ぶ。その一角に板張りの外壁に白いのれんと、小さいながらも上品な佇まいの店がある。「鮨あさづま」だ。のれんをくぐって店内に入れば、白木のカウンターとネタケースが目に入る。温かみのある清潔さ、15種ほどそろう旬のネタに期待が高まるはずだ。

目白駅を出て信号を渡り、線路沿いに1分ほど歩く。小さな手形をあしらった白いのれんが目印だ。ちなみに手形は大将の朝妻吉郎さんの息子さんが生まれた時のものを記念してあしらったのだそう。子煩悩な大将の優しさがうかがえる
ゆったりめに取られたカウンター席。ネタケースに並ぶ食材は、大将が豊洲に足を運び目利きしたものに加え、もう30年近く付き合いのある豊洲の仲卸から仕入れる。旬であること、そして産地よりも身質の良さを重視している
 

武智さん

隠れ家めいたお店は見つけづらい場合も多いのですが、同店は駅から歩いてすぐ。奥ゆかしい佇まいながら、迷うことなく見つけられるのがうれしいです。そして、おいしさはもちろんのこと、息子さんの手形があしらわれたのれんには優しさが、自身の目の届く範囲にとどめたカウンターの席数に大将の真摯さが表れていて、とても居心地の良い空間になっています。

五つ星ホテルで料理長も務めた、この道38年の匠の味と技

「高校時代に寿司屋でバイトをしなければきっと別の人生を歩んでいたと思うよ」と大将の朝妻さんは笑う。その店の大将は実に人柄が良く、寿司屋に興味を持つようになったそうだ。そして専門学校で寿司を習うと、木挽町や白金の有名店などで修業を重ね、五つ星ホテルの寿司店で料理長を務めるまでに。「ただホテルの寿司はNOのない世界。お客様にリクエストされたら、断れないんです。そうではなく、自身の思う江戸前寿司を気楽に食べてもらえる店をやりたくなって」。加えて息子さんが生まれこともあり、子供といる時間を長く持ちたいと海外赴任を断って自身の城を構えた。6年前のことだ。

大将の寿司はこれまでの経験がベース。町寿司、有名店、ホテル……さまざまな店、さまざまな流儀で握ってきた中で「これだ」と思える寿司を提供する。ネタとのバランスを考えシャリには米酢のみ。白身は旨みがのるように昆布締めに。エビはゆでた車海老と生海老の2種を用意する。わさびは御殿場産のみ使用。夜のコースには新生姜を使った自家製ガリを添えるなどなど。細やかなところだったりもするが、38年にわたって握り続けてきた大将のこだわりが詰まった寿司が味わえる。

朝妻吉郎さん。専門学校を卒業後、有名店やホテルなどで握り続け、6年前に自身の城として同店を開いた。話術も巧みで寿司を頬張る時間以外も楽しい。出張で握るサービスも行っているので、希望の方は電話で確認を
 

武智さん

有名店を渡り歩いてきた大将が集大成として握る寿司は、ただただ「おいしい」のひと言。加えてネタのことや握りの技術のこと、寿司文化の歴史など、知識も豊富なので「今日のネタはどこの? なんでそこから?」「昔、こんなお客さんがいてね……」なんて、握る合間の会話も楽しいんです。近隣に住む方がうらやましい限り。

ネタはもちろん、シャリもうまい! 大将のこだわりが生きる

店のコンセプトは特にはない。強いて言えば「自身がおいしいと思うものを真摯に握る」「緊張することなく楽しく寿司を楽しめる店に」だろうか。昼も夜も同じ魚ながら使用する部分を変えることで、ランチは2,000円とリーズナブルに、夜は予算に応じて気兼ねなく過ごせるよう6,800円〜といくつかのコースを用意している。経歴にお金を払うわけではないが、大将が握る江戸前の握りがこの値段……必食の価値あり!

切る、炙る、握るなど寿司を握る大将は真剣そのもの。しかしその合間には、明るい人柄と豊富な知識を活かした会話も。「これが楽しい。常連さんに可愛がられています」も納得
氷を使ったネタケース。取材した日に並んだのは、ウニ、生海老、車海老、平貝、平目、コチ、縞鯵、ノドグロ、鯛、鰹、鯵、白イカ、昆布締めの金目鯛、つぶ貝、岩牡蠣の15種。白身は締めたり、軽く炙ったり。味付けも煮切りだけでなく塩だけでなど、バリエーション豊かに味を合わせてくる
 

武智さん

切り口のエッジがピンと立ったネタがいいのはもちろん、大将のシャリがおいしいんです。 使うのはその時々でお米屋さんと相談して仕入れる、粘りの少なく、旨みのある米。 寿司酢に赤酢を使う店が増えていますが、同店では「白身や光り物だと赤酢に負けてしまうものもあるんです。それに江戸時代、赤酢は庶民の酢でした。流通が発達しネタの質も良くなった今、米酢の方がネタに合うとも思うんですよ」と米酢一本。 と、「あさづま」の握りには全て理由があります。聞けば、丁寧に答えてくれる。それだけで「ここはおいしい!」と確信。実際に頬張れば、脂のりがほどよいもの、昆布締めで旨みを加えたものなど、ネタの個性を引き出す技術はさすがのひと言。シャリと絡み合えば、穏やかな酸味と米の旨みがその個性をさらに引き立て……「旨いです」しかありません。