〈食べログ3.5以下のうまい店〉

巷では「おいしい店は食べログ3.5以上」なんて噂がまことしやかに流れているようだが、ちょっと待ったー! 食べログ3.5以上の店は全体の3%。つまり97%は3.5以下だ。

食べログでは、口コミ数が少なかったりすると「本当はおいしいのに点数は3.5に満たない」ことが十分あり、点数が上がると予約が取りにくくなることもあるので、むしろ食通こそ「3.5以下のうまい店」に注目し、今のうちにと楽しんでいるらしい。

そこで、グルメなあの人にお願いして、まだまだ知られていないとっておきの「3.5以下のうまい店」を紹介する本企画。今回、日本ガストロノミー協会の理事も務める編集者、大木淳夫さんが「まさに、すごい店でした」と振り返るのは、オープンから半年を過ぎても食べログの口コミ数0件という、隠れ家的なフランス料理店だ。

教えてくれる人

大木淳夫

「東京最高のレストラン」編集長 
1965年東京生まれ。ぴあ株式会社入社後、日本初のプロによる唯一の実名評価本「東京最高のレストラン」編集長を2001年の創刊より20年に渡り務めている。その他の編集作品に「堀江貴文 VS.外食の革命的経営者」(堀江貴文)、「新時代の江戸前鮨がわかる本」(早川光)、「にっぽん氷の図鑑」(原田泉)、「東京とんかつ会議」(山本益博、マッキー牧元、河田剛)、「一食入魂」(小山薫堂)、「いまどき真っ当な料理店」(田中康夫)など。 好きなジャンルは寿司とフレンチ。現在は、食べログ「グルメ著名人」としても活動。食べログマガジンにて「大木淳夫の新店アドレス」を連載中。2018年1月に発足した「日本ガストロノミー協会」理事も務める。最新刊「東京最高のレストラン2023」が発売中。

星付きレストランを渡り歩いたシェフの集大成「Ciotat(シオタ)」の料理とは?

南フランスをイメージしたという木々が看板代わり。店頭から得られる情報は少ない
 

大木さん

かつて、私の信頼する食通から「すごいビストロができましたよ」と教えてもらったのが、まだ全く無名だった渋谷の「ビストロ バー ア ヴァン コダマ (Bistrot Bar a vin Kodama)」でした。その後の大躍進はご存じのとおりです。あれから3年。ふたたびこのグルマンから、すごい店発見!と連絡を受けたのがこちら「Ciotat(シオタ)」です。江戸川橋はいいお店が多いのですが、そういう「おいしい店」エリアからは離れた音羽通り沿いのバス停前。 しかし、扉を開くとそこは別世界。繰り出される料理は、うっとりするほどフレンチの香りを纏っていて、当然ワインも進みます。まさに、すごい店でした。

店を一人で切り盛りするのはオーナーシェフの廣田駿さん。その経歴はとても華やかだ

店名の「Ciotat(シオタ)」とは南フランス、プロヴァンス地方にある港町のこと。「修業時代に遊びに行った思い出の場所というだけで深い意味はないんです。自分の名字とも似ていたので(笑)」と、のっけから軽快に笑いを誘う廣田さん。少年のような表情を見せるが、耳を疑うほど経験豊富な料理人である。

20年ほど前、辻調理師専門学校のフランス校で基礎を学び、当時ミシュラン三つ星だった正統派フランス料理店「Au Crocodile(オ クロコディール)」のスタージュ(実地研修)で料理人デビュー。卒業後は銀座に誕生したばかりの「ベージュ アラン・デュカス 東京(BEIGE ALAIN DUCASSE TOKYO)」で4年ほど働き、再び渡仏。アラン・デュカスの愛弟子が手掛けるミシュラン三つ星店「Oustau de Baumaniere(ウストー・ド・ボーマニエール)」で腕を磨く。

帰国後もマンダリン オリエンタル 東京のメインダイニング「シグネチャー(SIGNATURE)」や「ロオジエ」の元シェフがプロデュースした「ル サロン ジャック・ボリー(LE SALON JACQUES BORIE)」などで活躍。と、まるでグルメ漫画の主人公のような経歴の39歳なのだ。

伝説のレストラン「アラン・デュカス」オープニングメンバーの2人から薫陶を受ける
 

大木さん

完全ワンオペでありながら、華麗なる経歴と技術を持つシェフは、まるで散歩でもするかのような軽やかさで、精緻な料理を作ります。そんなわけでカウンター越しにとても話しかけやすい。知識も豊富であたりもやわらかいので、シェフとの楽しい会話もこのお店の大きな魅力のひとつでしょう。

「子供たちに何かあった時すぐ駆けつけたい」との理由で自宅近所に店を開いた廣田さん

2022年9月のオープンから半年以上経つ「Ciotat(シオタ)」。なんと、食べログの口コミは0件だ。3.5以下どころか、まだ点数もついていない状態である。これまで料理一筋で飲食店経営に関して不慣れという廣田さんは「ここは僕にとって馴染みのエリアなので、きちんとリサーチしておらず……よく考えてみたら、夜は人通りが少ないんですよね」と笑う。

店頭にメニューや料金などの提示もなく、一見客は足を踏み入れにくそうな雰囲気だが、廣田さんの性格は非常にオープン。コース料金は仕入れ次第で変動するものの、基本的には4〜5皿の料理にデザートが付き8,000〜9,000円ほど。事前に予算を伝えれば柔軟に対応してもらえる。さらに料理は「東京最高のレストラン」編集長のお墨付き。予約の取りにくいお店になる日も、そう遠くないだろう。