【THEご褒美スイーツ 〜知っておきたい通な店〜】

「食事と同じくらい、むしろそれ以上にデザートやスイーツにも絶対手を抜きたくない!」と、日々おいしいスイーツを探し求めるスイーツガチ勢の皆さんにお届けする本連載。スイーツの歴史研究のみならず、製菓にも精通するお菓子の歴史研究家・猫井登さんが「これを食べるために出かける価値あり!」と太鼓判を押す、ご褒美スイーツを紹介します。

〈第4回〉「BASCULE(バスキュール)」

「バスキュール」は、2022年7月、横浜市営地下鉄・センター南駅のほど近くにオープンしたパティスリーだ。オーナーシェフの佐藤徹氏は「シェ・シーマ」「パティシエ・シマ」を経て渡仏。パリで修業中に金子美明氏と意気投合。金子シェフが自由が丘に「パリセヴェイユ」をオープンしてから19年間に渡り、お店をともに築いてきた。

バスキュールという店名は、仏語で「シーソー」の意。バランス感覚を大事にしながら、良い時も悪い時もその場を楽しんでいきたいというシェフの思いが込められている。横浜にお店を構えたのは、シェフの出身地だからだそう。

グレーを基調としたスタイリッシュな店舗に入ると、左手に厨房、右手にショーケースがある。中には、色鮮やかで芸術的なアントルメやプティガトー、焼き菓子や季節の果物を使用したコンフィチュールなどが並ぶ。

生菓子は、日により15~20種類。12〜13時に最も多くの種類がそろうが、ショーケースに登場するとともに売れていくので、お目当てのケーキがある場合は予約するのが確実。今回は、特におすすめの生菓子を3種類紹介しよう。

【ご褒美スイーツ①】「ヴァシュラン」650円

「ヴァシュラン」

ヴァシュランは、本来メレンゲの中にアイスクリームやシャーベットを詰めたアイスケーキだ。パリで出張料理人をしていたギュスターヴ・ガルランという人物が1887年に考案したといわれる。チーズのヴァシュラン・モン・ドールに似せて作ったからこの名が付けられた。フランスでは、コースの締めくくりに、アシェット・デセール(皿盛りのデザート)として登場することが多い。

コンビニでもハイレベルなスイーツが販売される中、パティスリーならではのお菓子を提供したいと、佐藤シェフはヴァシュランをプチガトーにアレンジ。クープ形に焼いたメレンゲの中に、苺、フランボワーズ、グロゼイユなどのフリュイルージュ(赤い実)のとろとろコンポートをたっぷりと詰めて、上にクレメ・ダンジュをこんもりと絞った。

クレメ・ダンジュとは「アンジュ地方のクリーム」という意味で、もともとは酪農家がバターを作る際に、撹拌機に残ったクリームにソースをかけてデザートとして食べていたものだ。現在では、フロマージュブランという酸味のあるフレッシュチーズに生クリームやメレンゲを加えて作られる。実は、この「クレメ・ダンジュ」、佐藤シェフが修業したパティシエ・シマのスペシャリテ(同店での商品名は「クレーム・アンジュ」)。修業店の商品へのオマージュが感じられる逸品だ。

フォークを入れるとメレンゲが割れ、中からベリー類の果肉がたっぷりと入ったとろとろのコンポートが流れ出す。甘酸っぱく濃厚なベリー類の味わいにクレメ・ダンジュのミルキーな酸味が爽やかさを与え、さっくりとしたメレンゲの食感がアクセントとなる。メレンゲの内側はホワイトチョコレートでコーティングされ、しっかりとサクサク感を保っている。口中が高級な苺ミルクのような味わいで満たされ、至福の時間を味わうことができる。

【ご褒美スイーツ②】「ミルフィユ・マロン・ユズ」680円

「ミルフィユ・マロン・ユズ」

まず、ミルフィユのベースとなるパイ生地は「フィユタージュ・アンヴェルセ」。通常の仕込みのパイは「生地」で「バター」を包んで折り込んでいくが、フィユタージュ・アンヴェルセ(逆さ仕込み)では、逆に小麦粉を含む「バター」で「生地」を折り込んでいく。後者の方がグルテンの形成が少なく、軽やかな食感となり、口溶けが良い。

間に挟まれたクリームは、上段がマロングラッセ入りのマロン・ムースリーヌ(ムースリーヌとは、本来、カスタードクリームにバターを合わせた繊細でなめらかなクリームを指すが、ここではマロンを合わせ、軽さを出すためにイタリアンメレンゲが加えられている)。下段は、マロン・ムースリーヌに、クレーム・ユズを挟んだものとなっている。

パイ生地はしっかりと焼き込まれ、香ばしく、表面はしっかりとキャラメリゼされていてそれだけでも味わい深い。上段は、柔らかなマロングラッセの旨味も合わさり、マロンの濃厚な味わいを存分に堪能できる。下段は、ともすれば重くなりがちなマロンクリームに、ユズのまろやかな酸味が爽やかさを添え、後味を軽いものにしてくれる。

フランス菓子においては、マロンといえばカシスを合わせるのが定石。ここではそれがユズに代えられているが、やや尖った酸味と独特の苦みを有するカシスよりもはるかに相性が良い。日本人ならではの構成と唸らされる。

【ご褒美スイーツ③】「タルト・カフェ・ノワゼット」600円

「タルト・カフェ・ノワゼット」

ザックリと焼き上げたショコラ味のパートシュクレ(クッキー生地)の底にプラリネを薄く流し込む。このプラリネが凝っていて、ヘーゼルナッツとコーヒー豆を一緒に粉砕して作られたお店独自のもの。

その上にコーヒーのガナッシュ(チョコレートクリーム)を流し込み、その中心にジャンドゥーヤのクレーム・ブリュレをしのばせる。ジャンドゥーヤとは、チョコレートにヘーゼルナッツをすり潰して合わせたものだ。これに卵黄や生クリームを合わせるとクレーム・ブリュレとなる。仕上げに、光沢のあるチョコレートのグラサージュがかけられ、上にはクリームフェッテ(無糖の生クリーム)のクネルがあしらわれている。

撮影:猫井登

外見からは、チョコレートのタルトだと思ってしまいがちだが、一口目で、名前が示す通りあくまでコーヒーのタルトであることを認識させられる。最初に、コーヒーの香りと味わい。これに重層的にチョコレートとヘーゼルナッツの甘味と旨味が重なっていく。重くなりがちな味わいを上にのせられたクリームフェッテがまろやかなミルキーさで優しく和らげてくれる。上部のローストされたヘーゼルナッツのカリッとした食感、生地のザックリ感もいい。実に緻密に計算されたタルトレットである。

写真上段、左から順に「ミルフィユ・マロン・ユズ」「ヴァシュラン」「サヴァラン」「ブリック」、写真下段左から順に「タルト・カフェ・ノワゼット」「タルト・オ・フリュイ」「ミニュイ」 撮影:猫井登

今回は、3種類の生菓子しか紹介できなかったが、こちらのお店では、季節のフルーツを使った「タルト・オ・フリュイ」、ラム酒とグランマニエをたっぷりと染み込ませた「サヴァラン」のほか、チョコレート系の生菓子である「ミニュイ」=ブラックベリーティーのクリーム、フリュイルージュのジュレ、ブラックベリーのムースショコラを合わせたもの。「ブリック」=ビターとミルクの2層のムースショコラ、プラリネクリスティヤンなど、多くがラインアップされているので、是非試されたい。

最後に、シェフにお店の今後について伺った。

「今までは製造を3人で回していたので、なかなかキツかったですが、春からは2人増えます。目指しているのは、あくまでフランス流のパティスリー。ヴィエノワズリーもやりたいし、将来的にはキッシュなどのトレトゥール(お惣菜系)も置きたいですね」

実力店の今後が益々楽しみである。

※価格はすべて税込

撮影:外山温子

文:猫井登、食べログマガジン編集部