〈自然派ワインに恋して〉

シェフの料理とマリアージュするのは、自然派ワイン。そんなレストランが増えている。あの店ではどんなおいしい幸せ体験が待っているのだろう。ワインエキスパートの岡本のぞみさんが、自然派ワインに恋して生まれたお店のストーリーをひもといていく。

ナビゲーター

岡本のぞみ

ライター(verb所属)。日本ソムリエ協会認定ワインエキスパート、日本地ビール協会認定ビアテイスター/『東京カレンダー』などのフードメディアで執筆するほか、『東京ワインショップガイド』の運営や『男の隠れ家デジタル』の連載「東京の地ビールで乾杯」を担当。身近な街角にある、食とお酒の楽しさを文章で届けている。

魅惑の美味! 東南アジア香る創作中華料理

内観

中華と自然派ワインのマリアージュを楽しめる店は、ここ数年グンと増えている。2017年にオープンした月島にある「hugan(フガン)」もそんな店の一つだが、上海蟹やカラスミなど季節の食材を使った意欲的なメニューが並ぶ。さらに、チリソースにココナッツミルクを添えるなど、東南アジアンテイストを加えることで、魅惑の味わいに。異国情緒のある中華料理と自然派ワインの掛け合わせとは、想像するだけでワクワクする。メニューは、一皿880円〜のアラカルト、全9品のおまかせコース(8,800円)のいずれでも注文できるようになっている。

左から店主の鶴岡久也さん、女将の鶴岡美沙さん

店主の鶴岡久也さんは、アジア料理のレストランで修業した後に独立。自身の店を中華料理にした点について「東南アジアを旅したときに、中華鍋や中国の技法を使って料理を作っているのを見て、“中国こそ料理の原点”だと思い、自身の店づくりを考えました」と話す。女将の美沙さんは、ご主人を手伝ってサービスを担当。夫婦で料理に合うワインを試すなど研究に余念がない。

カラスミは自家製を毎年12月に仕込み、一年を通してさまざまな料理に使われている

鶴岡さんにとって中華料理は、広東や四川など地方料理があるところも魅力的に映ったそう。中国のさまざまな地方の食材や調理法に世界各国の特徴あるワインを合わせて、味わいの広がりが提案されるのもフガンの魅力。ワインのペアリングコースはないが、料理とグラスワインを合わせてもらうこともできるので、ぜひ試してみたい。

自家製カラスミビーフン×塩味白ワイン

「自家製カラスミの冷製ビーフン」1,800円

この時期の前菜のおすすめは「自家製カラスミの冷製ビーフン」。調理法は、葱油で和えただけ。つるつるとのどごしのいいビーフンとカラスミをシンプルにあわせた料理だ。カラスミそばやカラスミスパゲッティに着想を得た料理だが、それらよりも互いを繊細に引き立てあい、カラスミの素材の良さや熟成感を存分に味わうことができる。スタートからの奥深い味に、全身が味覚に集中した。

アレクサンドル・バンのテール・ドーブ2019(グラス1,300円、ボトル8,800円)

自家製カラスミの冷製ビーフンに合わせてもらったのは、塩味を感じる白ワイン。「こちらのワインは、リンゴ酸と塩味のあるミネラル感、そして旨みを感じるタイプ。カラスミの味になじみながら、旨みでふくらみを与えることができます」と鶴岡さん。カラスミビーフンのシンプルで熟成感のある味が、ワインによってふっくら豊かになるのを感じることができた。

白子春巻き×バターリッチな白ワイン

「白子の春巻き」1,400円

春巻きを割ると、とろりとした白子が登場する「白子の春巻き」。白子の天ぷらをヒントに、大葉とおぼろ昆布を巻いて、中華料理にアレンジ。シンプルにライムと塩でいただくと、パリッとした皮ととろりとした白子が絶妙に合わさる。天ぷらよりも衣がパリッとしている分、味に心地よいメリハリがあった。

バシェ・ルグロのムルソー レ グランシャロン2018(グラス20cc 980円、50cc 2,000円、80cc 3,200円)

これに合わせたいのが、バターのような豊かさのある白ワインのムルソー。「白子のもったり感はフランス料理だとバターやクリームと合わせます。それをワインに置き換えてムルソーを合わせました。フレッシュさもあるワインなので、搾ったライムにも合います」と鶴岡さん。ムルソーの樽香やボディの豊かさが、白子の春巻きをワンランク上のおいしさに引き上げていた。

オマール海老チリソース×なめらか赤ワイン

ココナッツミルクで東南アジアっぽいミルキーさを添える
「オマール海老のチリソース ココナッツミルク添え」8,800円のコースの魚料理
 

次は鶴岡さんの真骨頂ともいうべき、中華料理とアジアが最高の位置で昇華した料理。軽くボイルしたオマール海老に粉をつけてさっと揚げた後、熟成豆板醤を使った本格派チリソースと合わせ、さらにココナッツミルクを添えたもの。「チリソースにココナッツミルクを添えると、タイのプーパッポンカレーやシンガポールのチリクラブの要素が加わり、辛さと甘みがマッチした料理になって、よりワインが楽しめます」と鶴岡さん。早くワインと合わせてみたい!

フレデリック・コサールのモルゴン・コート・ド・ピュイ2020(グラス1,500円、ボトル11,800円)

おすすめのワインは、フランス・ボージョレのガメイを使った赤ワイン。「エレガントなワインですが、辛い料理に負けない野趣性もあり、ココナッツミルクにもマッチします」と鶴岡さん。口のなかでオマール海老の旨みとソースの辛さ甘さが口福をもたらしていたところに、なめらかな質感とコクのある果実味の赤ワインがしっとりとまとめあげる見事なペアリング。メインディッシュの興奮はなかなか冷めそうになかった。

鶴岡さんの「私が恋した自然派ワイン」

鶴岡さんが恋した自然派ワインは、ドメーヌ・レシュノーのニュイサンジョルジュ2018(グラス20cc 900円、50cc 1,800円、80cc 2,650円)

鶴岡さんが選んだのは、ブルゴーニュ・ニュイサンジョルジュの1.5ℓのマグナムボトル。自然派ワインの本質的な魅力を知った赤ワインだそう。

「それまで自然派ワインは、濁っていて、香りが独特のワインというイメージでした。しかし、こちらのワインを飲んで、エレガントでありながらピュアで力強いのも自然派ワインの魅力なんだと気付かせてくれました。

ワインはマグナムボトルだと瓶内の熟成もまろやかになっておいしいもの。できるだけお店でもマグナムを用意してコラヴァン*で栓をして、少しずつつ提供できるようにしています」

*コラヴァン…ニードルで穴を開け、栓を抜かずにワインを注ぐことができるツール。ワインの酸化を極力遅らせて数カ月提供することができる。

バラエティに富んだ中華料理に合わせたワイン

フガンでは、中華料理のバラエティに合うワインをラインアップしている。油を大胆に使う料理のため、酸がしっかりとあるきれいめなワインを中心に、グリューナーフェルトリーナなどのスパイシーなワイン、タンニンのあるオレンジワインなどが用意されている。また、中華料理に合う酸化熟成を経たヴァン・ジョーヌもあり、さまざまなマリアージュが楽しめるようになっている。ボトルワインは80種類(5,800〜20,000円)、グラスワインは12種類(900〜3,000円)が揃えられ、高級ワインはコラヴァンで少量ずつ提供されている。

外観

フガンのエキゾチックな中華料理と自然派ワインのマリアージュは、懐の深い中華料理を世界のワインで遊ぶような魅惑のおいしさを感じることができた。ふらりと立ち寄ってアラカルトで楽しむもよし、記念日にあわせてコース料理で楽しむもよし。新年の幕開けに食べると、幸先のいい一年が送れそうな味だった。

※価格はすべて税込、サービス料別(10%)

※外出される際は人混みの多い場所は避け、各自治体の情報をご参照の上、感染症対策を実施し十分にご留意ください。
※営業時間やメニュー等の内容に変更が生じる可能性があるため、最新の情報はお店のSNSやホームページ等で事前にご確認をお願いします。

取材・文:岡本のぞみ(verb) 
撮影:木村雅章