【噂の新店】「新富町 湯浅」

新店オープンもさることながら、去年から今年にかけ相次いでいるのが、レストランの移転リニューアル。麻布十番から赤坂に移転した「薪鳥新神戸」、銀座から霞が関に移転した「ラルジャン」、そして、店名を「旧雨」に変え西早稲田でリスタートした新宿御苑前「古月」等々。枚挙にいとまがない。そんな中、ここ「新富町 湯浅」も、2024年4月、6年目の節目に新たなスタートを切った。

2024年4月にリニューアルオープンを迎えた「新富町 湯浅」

「コロナ禍を経て、以前に比べ“会食の目的の意味”が重要になってきているように思うんです。だからこそ、お客様がこの店でどう過ごされたいのか、何を召し上がりたいのかをより理解し、満足していただけるよう空間や料理のペース配分などを考え直す必要がある、と考えたんです」と、オーナーシェフの湯浅大輔さん。今は亡き四川の名店、千駄木「天外天」や「御田町 桃の木」「筑紫樓 銀座店」などで腕を磨いてきた手練れである。

オーナーシェフの湯浅大輔さん

そこで、店内をより機能的かつ落ち着きのあるシックな空間に改変。改装前も、オープンキッチンでカウンター席もあるにはあったが、なまじっかテーブル席があるためかあまり活用されていなかったとか。今回のリニューアルでは、思い切ってテーブル席を無くし、カウンターも6席と縮小。その分、料理の精度を高めることに努めたという。一方、需要の多かった個室は残し、接待など6人までの会食に充分対応できるようにした。

店内は、6席のカウンターと、6人まで対応可の個室がある

モノトーンでまとめた店内はグッと高級感漂う空間に変わり、それに伴いコースもややグレードアップ。フカヒレをはじめ魚介をふんだんに用いた内容となっている。実は湯浅シェフ、独立する前の数カ月間、魚河岸でも働いたことがあるそうで、魚介への思い入れは人一倍強い。ある日の「季節のおまかせコース」18,500円のメニューは、次の通りだ。

大連特級クラゲ ミント和え/鶏魚(イサキ)新生姜 四川山椒醤油/吉切鮫胸鰭 上湯スープ/真ハタ 新牛蒡 香り蒸し/穴子 黄韮炒め/車海老 海老味噌炒め/梅山豚 酢豚/本日のお食事/芒果布丁 パッションフルーツ/香港式 チーズケーキ/中国茶

見ておわかりのように、肉料理は最後の梅香豚を使った酢豚ぐらいのもので、コース料理の大半が魚介メニュー。中でも、湯浅シェフの自信作が、コースの定番でもある車海老の一品。

車海老 海老味噌炒め

「最初は、車海老でチリソースを作っていたんです。それはそれで好評でしたが、結局、そのおいしさってタレの味だよなぁ」と思った湯浅シェフ。せっかくなら、車海老本来の味をもっと生かしたいと考え、車海老は、紹興酒を加えたスープでボイル。チリソースの代わりに、車海老の海老味噌を活用することにした。

「今の思いをシンプルにお皿に表現したい」という湯浅シェフの意気込みを感じる一皿

といっても、海老味噌をただ添えるのではなく、にんにく、生姜、長ネギのみじん切りと共に炒め、塩と紹興酒で調味。シンプルな仕上がりながら、ネギと生姜の薬味が、茹でただけの車海老を中華に引き寄せ、その品の良い甘みを邪魔することなく引き立てている。そこには「奇を衒うことなく、また、中華の枠にも囚われず、今の思いをシンプルにお皿に表現したい」という湯浅シェフの思いが込められている。

ハタの清蒸魚

一方魚の扱いにも、中華の枠に囚われない湯浅シェフならではのアプローチがなされている。例えば、真ハタ。通常、“清蒸魚”といえば広東料理がお馴染みだが、その場合、鮮度の良い魚が良しとされる。あの「福臨門魚翅海鮮酒家」では、厨房内の水槽に活けの魚を置いていたほどだ。

アツアツに熱した太白胡麻油をかけて完成

しかし、湯浅シェフは「あえて5日間ほど寝かせてから使っている」とのこと。それというのも、寝かせることでハタの身を落ちつかせ、うまみを凝縮させた方が魚本来の味をより引き出せると考えたからだ。タレは、真ハタの骨でとっただし汁に紹興酒や醤油を合わせたもの。アツアツに熱した太白胡麻油をかけた瞬間のジュワッという快音、立ち上る香気に、胃袋がますます開いていくようだ。

魚介への思い入れも深いが、湯浅シェフが最も気合いを入れているのは、やはり“フカヒレ”。その魅力に目覚めたのは「筑紫樓」時代だそうで「フカヒレは、中華の王道とも言うべき乾貨(中国語で乾物の意)の逸品。手間をかけた分だけ返ってくる素材でもありますね」。そう話しながら見せてくれたのは、見事な原ビレ。最近は既に処理済みのフカヒレを用いる店が多い中、湯浅シェフは、原ビレからきちんと戻している。

戻す前の状態のフカヒレ

それだけではない。なんと自ら産地にまで足を運んでいるのだ。場所は千葉館山。フカヒレ加工会社「信和キンシ」の天日干しの吉切鮫や毛鹿鮫のヒレを購入している。「フカヒレの戻し方は、本を読んだり、生産者の方に聞いたりとほぼ独学。産地を訪れることで、学ぶことは多かったですね。料理によっての使い分けなども教わりました」

現在は、毛鹿鮫の尾鰭は姿煮に、吉切鮫の腹鰭はスープに用いているそうだ。姿煮は、ワンランク上の「フカヒレ姿煮コース」28,500円の一品としていただけるほか、吉切鮫は上記の通り「季節のおまかせコース」の一皿として登場。シンプルな上湯スープ仕立てだが、それだけにフカヒレとスープの良し悪しが如実にわかる。

吉切鮫胸鰭 上湯スープ

味の要の上湯は、金華ハムや豚の腕肉、老鶏、鶏ガラの定番アイテムに牛すね肉を入れるのが湯浅流。「牛のすね肉を入れることでうまみの土台をしっかりさせたいと思ったんです」と湯浅シェフ。これを蒸すこと約6時間余り。素材のうまみがじんわりと滲み出たスープは黄金色。澄んだうまみの中に、なるほどフカヒレを受け止めるだけの力強さも感じられる。味蕾の奥底にじわじわと染み入る味のグラデーションも見事だ。

「京葱SAMRAI」の九条ネギ

オープン以来のファンが多いと言う酢豚の後は、いよいよ選べるお食事。麻婆丼、魯肉飯、九条ネギの汁そば、自家製ビーフジャーキーの4種類からお好きなものをどうぞ。という趣向だ。今回選んだのは、湯浅シェフお気に入り「京葱SAMURAI」の九条ネギを使った汁そば。聞けば、九条ネギに特化したグループ生産者が、土作りから徹底し、一本一本丁寧に手作業で収穫したネギだそうで「ネギの甘みと苦みのバランスが良く、香りのあるところが気に入っています」とのこと。

九条ネギの汁そば

スープは、鶏胸肉と腿肉のミンチでとった清湯がベースの醤油味。ここに九条ネギをたっぷりのせるだけだが、それで充分。余計なものは何もいらない。香味油の香りやネギの甘みがさりげなくうまみに抑揚をつけている。ちなみに、自家製ビーフジャーキーは麺飯ではなく、いわばつまみ。「中には、お酒をまだ飲みたいという方もいらっしゃるので」という湯浅シェフの気配りだ。

具材はスープ・麺・九条ネギのみ。シンプルイズベストなうまさ

「料理は、料理人一人ではできません。生産者、卸売り業者、そしてお客様がいて初めて成り立つものです。さらに言うなら、その料理を古来何百年にもわたり継承し、時代に合わせて発展させてきた先人の努力も忘れてはいけないと思っています」

アルコール類は自家製ビーフジャーキーをアテに楽しみたい

コロナを契機に、レストランの在り方、料理人としてのあるべき姿を今一度見つめ直し、リスタートを切った湯浅シェフ。さまざまな思いを胸に刻みつつ、これからも感謝の気持ちでお客様に喜んでいただける料理を作っていきたいと語る中に、静かな情熱が潜んでいる。

※価格は税込、サービス料別

撮影:佐藤潮

文:森脇慶子、食べログマガジン編集部