ユニークな経歴の若きシェフ

カウンター8席の落ち着いた店内、階段の奥には個室も 写真:お店から

白金台の駅を降りて徒歩4分。期待に胸が高鳴るカウンターフレンチが、11月24日にオープンする。10皿のおまかせコース1本で27,500円、ワインペアリングは料理に合わせて6杯で¥16,500と、なかなかに強気な価格設定である。しかし、しかしである。事前試食をさせていただいた筆者としては、期待は決して裏切られないと約束する。

シェフの吉田能氏

シェフを務める吉田能(たかし)氏は、フランス料理業界の巨匠ピエール・ガニェール氏やドミニク・ブシェ氏のもとで修業を積むと同時に、料理長を務めた実力派だ。しかし、コロナ禍の外出制限の中、時間ができるとともに自身について考えることが多くなったという。「料理長ではあっても、あくまでも偉大なシェフの名のもとに、仕事をしているのであって、その冠を取ったら、自分のことを知る人は誰もいない。たとえコロナ禍の中、一生懸命にシャルキュトリーなどを作って、暗い日常を楽しんでもらおうと思っても売り先がないんですね。それで、もっと自分を発信していかなければならないと、見よう見まねでYouTubeの活動を始めました」。丁寧で明快な理論にもとづくわかりやすいレシピ動画は、見る間に登録者数をふやし、わずか2年間で60万に達し、料理系YouTuber「城二郎」の名は一躍世に広まった。

Circulation&Passionで「CIRPAS」

そうしたなか、今年の5月、思いがけず新店のシェフへの就任が決まった。店名のCIRPASとは、レストラン業界に新しい流れ(Circulation)を、おおいなる熱量(Passion)を持って生み出したいという意味を込めた造語だ。

「自分の本分は、やはり、現場でお客様のために、おいしい料理を作ることだと思いますので、素直にうれしかったですね。新たな目標に向かって、まさにパッションを持って取り組んでいます」と吉田氏。

真剣な眼差しで盛り付ける吉田氏


吉田氏の料理は繊細で緻密。目にも美しい。食材の組み合わせの妙で楽しませてくれる、華やかで現代的に見える料理だが、氏は言う。「斬新に見えるかもしれませんが、自分としては、常に古典を大切にしています。師と呼べる人たちが、皆、エスコフィエから学び、そこから汲み取ったものを、時代に合わせて解釈し、料理をしてきたので、同じく考えています。それは、ソース作りやコンソメ、火入れ、盛り付けなど、あらゆることに生かされています」

シンプルで美しい料理を目指して

北海道“雲丹” 馬肉 タルト

コースの中から3品を見てみよう。まずは、アミューズの「北海道“雲丹” 馬肉 タルト」

タルトカップに馬肉のタルタルとウニを盛り合わせ、上にはアボカドのペーストを。旨みととろみが口の中で一体になって、溶けてゆく。ふっと香る海の香りは、タルトに仕込んだ青海苔。

ウニと馬肉がたっぷり(撮影用に花を除いた状態)

実はタルトに春巻きの皮を使っており、ごく軽く仕上げている。アミューズが重くなりすぎないようにという、ひと技だ。ちなみにペアリングは、サステナビリティを追求しているシャンパーニュ、テルモンで始まった。きりっとしたキレのよさとは相性抜群。

食用花で華やかさをプラス

山口“甘鯛” トマト 桃の助

うろこを全てはずしてから貼り付ける一手間で新食感が生まれる

メインの魚料理は「山口“甘鯛” トマト 桃の助」。うろこがパリパリで、甘鯛の素揚げかと思うかもしれないが、これが、また技ありなのだ。いったんうろこを全部はずして、改めて水で溶いた小麦粉でうろこを多めにはりつけるのである。

外はパリパリだが中は火が入りすぎない

そうして素揚げすると、ぱりぱり感がより楽しめ、うろこの接合部分にも完全に火が入るので、わずかな生臭さも抜ける。

トマトのきいたスープでさっぱりと味わえる

上から注ぐスープは、おろした甘鯛の骨などでとったフュメドポワソンと、発酵したトマトのエキスを合わせたものだ。甘酸っぱさがなんとも心地がいい。下に敷いた「桃の助」は、桃のように甘いからとその名がついた京都のカブ。スープの温度でわずかに火が通ってしなやかだ。ワインはイタリア・カラブリアのオレンジワイン。トマトの酸味を一層引き立ててくれた。

岐阜“元満さんの鹿肉” 加賀蓮根 チャツネ

驚くほど柔らかい鹿肉のソテー

メインの肉料理には「岐阜“元満さんの鹿肉” 加賀蓮根 チャツネ」。元満さんとは、女性のハンター。捕る頭数が少ないがゆえに、一頭一頭に向き合う姿勢が真摯で、処理が実に丁寧なのだという。

強火でサッとローストし中はレア状態に

調理はシンプルに、ロース肉を中をレアにロースト。オリーブオイルと塩をしてホイルで包んでオーブンで焼いた、もっちりとした歯応えのレンコンを添え、甘酸っぱい柿のチャツネをあしらっている。

ソースは軽めの仕上がりで食べやすい

ソースは鹿肉のジュを煮詰めたものだ。さらりとしながらも旨みが凝縮している。ワインはシャトーヌフ・デュ・パプ ドメーヌ・デュ・ペゴーと贅沢に。しなやかな鹿肉と口中でマリアージュをかなでる。

ワインはペアリングがおすすめ

こうした充実した料理とデザートで10皿構成のコースだから、充分な食べ応えと、時代感のある、端正なフランス料理に、心から満足させられることであろう。


 ワインはマネージャーの森田氏曰く、吉田氏の根底にある、フランス料理への憧憬を尊重し、フランス産ワインを中心にそろえている。結果、ボルドーやブルゴーニュは言うに及ばず、様々な地方のワインが味わえる。そうして一皿ずつに合うワインを見極めてペアリングを組んでいくそうだ。