〈これが推し麺!〉

ラーメン、そば、うどん、焼きそば、パスタ、ビーフン、冷麺など、日本人は麺類が大好き! そんな麺類の中から、食通が「これぞ!」というお気に入りの“推し麺”をご紹介。そのこだわりの材料や作り方、深い味わいの秘密に迫る。

今回訪れたのは、食べロググルメ著名人の山本憲資さんがおすすめするそば店、西麻布の「おそばの甲賀」。きのこの王様とも称される、松茸を贅沢に使ったそばを紹介しよう。

教えてくれる人

山本憲資

Sumally Founder&CEO。1981年生まれ。大学卒業後、広告代理店を経て雑誌『GQ JAPAN』の編集者に。テック系からライフスタイル、ファッションまで幅広いジャンルの企画を担当。コンデナストを退職後、自ら起業、現在に至る。スマホ収納サービス『サマリーポケット』が好評。食だけでなく、アートやクラシック音楽への造詣も深い。

あの名店で14年間腕を磨き独立

山本さんの推し麺「おそばの甲賀」の「松茸そば」は時価で、取材時は4,600円。せいろで味わうタイプも同価格

「おそばの甲賀」の場所は、西麻布交差点からすぐ。六本木通りから1本路地を入ったところにあり、土日祝の昼間は行列になることも珍しくない。オープンは2007年。美食の料理店が点在するこの地で15年以上人気を保ち続ける理由は、当然クオリティの高さにある。

ウィンザーチェアが目を引くテーブル席。カウンター席もあるほか、入口すぐの場所には製麺室があり、ここで毎朝そばを打つ

店主の技術を裏打ちするもののひとつが修業先の存在だ。その名店はそばの老舗「室町 砂場 赤坂店」。ここで14年間腕を磨き、江戸前伝統の技に店主の感性を交えた味が「おそばの甲賀」のおいしさなのだ。

甲賀宏店主。高校卒業後から「室町 砂場 赤坂店」で働き、そば職人のいろはを身に付けた
 

山本さん

通うようになったきっかけは「室町 砂場 赤坂店」で修業されたご主人のおいしいそば屋があると聞いて。当初からそばもつゆも抜群においしいと思っていましたが、ある時食べた「松茸そば」には驚かされました。薄切り松茸とそばとの調和が見事で、搾ったすだちと旨みの取り合わせが、これまた染み渡るおいしさなんです。

感謝の思いを真心に、そばを打つ

甲賀さんが西麻布に店を開いたのは、親戚がここで甘味店を営んでいたから。「室町 砂場 赤坂店」で働き約10年経ったころから独立を考え始めた甲賀さんだったが、なかなか好物件が見つからなかった。そんなある日、親戚から「店仕舞いするから、そのあとどう?」と勧められ、出店を決めたという。

「砂場で働くきっかけは叔父の紹介だったんです。僕の叔父が原宿のアパレル会社を経営していて、砂場の常連だったので女将に『宏は見込みがあるから』って推してもらったんです」(甲賀さん/以下同)

一玉一玉丁寧に。江戸前の伝統を受け継ぐ技がここにある

食の専門学校も出ていない若者が、名店の砂場で働くことはありえないことだったと甲賀さん。ちょうど従業員が抜けるタイミングで声をかけてもらい、しかもすぐにそば打ちなども経験させてもらったとか。

「修業先の砂場には、感謝してもし尽くせません。身に着けた技術を人の為に使うことが目標なので、今日も真心込めてそばを打っています」

吟味の末にたどり着いた埼玉県産のそばの実

「松茸そば」には、1本丸々贅沢に使用する

「松茸そば」は、松茸はもちろん、そばやつゆなどにもこだわりが満載。そばの実は全国から6種類を取り寄せて吟味し、ずば抜けておいしいと感じたのが埼玉県入間郡の三芳町産だったそう。

一般的にそばの実は秋収穫だが、この農家では夏にも収穫。7月上旬に刈り取った「みのり」という粘りの豊かな品種を使い、握った手の指に指紋が浮かび上がるほど細かく製粉する。そこに5%ほど粗挽きそばを混ぜることで、穀物の甘やかな風味が加わるのだ。

配合は、小麦粉1に対してそば粉10の外一。小麦粉は珍しいことに中華麺用を使う。これにより、独特のしなやかな弾力になるという

このそばを数十秒サッとゆで、冷水で洗い締める。この所作はそばのコシを決める大事なポイントだが、冷たすぎても繊細な香りが消えてしまう。同店では約7℃(取材時は6.9℃)に設定した水で締め、理想とする食感と風味に。

洗う工程は、温かいそばでも同様。その場合は締めたあとに湯通しし、つゆの温度が下がらないようにする

「松茸そば」は鶏油もおいしさの決め手

つゆの要は盛り汁とダシだ。前者は枕崎産の鰹本枯節100%のダシとかえしを合わせたもの、後者は国内から選りすぐった鯖節と宗田節によるピュアなダシ。温かい「松茸そば」には1対5、せいろの「松茸そば」には1対1で合わせ、また「松茸そば」の場合は鶏油も加えて力強いつゆにする。

肉は大山どりを使用。鶏油入りのつゆにモモ肉を加えて火を通し、最終工程の盛り付けへ