〈食いしん坊が集う店〉

食べることが好きで好きで、四六時中食べ物のことを考えてしまう、愛すべき「食いしん坊」たち。おいしいものが食べたければ彼らに聞くのが間違い無し!今お気に入りの、“とっておきのお店”を教えてもらった。

「感情」

「感情」のスペシャリテ、鴨

今回紹介するのは東京・六本木にある「感情」。

ん、紹介制?とも思わせられる、一見入りにくい店だが、一度入ってしまえば、心地のいい内装と接客、そして、料理のおいしさに、すっかりなじんでしまったという、フードジャーナリストの小松宏子さん。もともと鴨好きということもあり、すぐにお気に入りの店にオンリストしたという、おすすめの一軒だ。

教えてくれる人

小松宏子

祖母が料理研究家の家庭に生まれる。広告代理店勤務を経て、フードジャーナリストとして活動。各国の料理から食材や器まで、“食”まわりの記事を執筆している。料理書の編集や執筆も多く手がけ、『茶懐石に学ぶ日日の料理』(後藤加寿子著・文化出版局)では仏グルマン料理本大賞「特別文化遺産賞」、第2回辻静雄食文化賞受賞。

お店とは思えない扉と、粋な店内のギャップに驚く

貼り紙には鉛筆で「感情」の文字 写真:お店から

六本木の古い雑居ビルを3階まで階段で上がると、「感情」と鉛筆で書かれた紙が、ドアに貼られている。開けるのにはちょっと勇気のいる外観だが、中へ入ると、シンプルにそぎ落とされた、それでいて心地のいい数寄屋造りの店内が広がり、そのギャップに驚かされる。

扉の素っ気なさと店内の造りのギャップがすごい

同時に、ここは何を食べさせる店なのだろうという疑問がふつふつと湧いてきた。これが初めて連れてこられたときの感想だという。

店主の豊田 仁さん

まだ若い店主・豊田 仁さんに尋ねると、あっさりと「鴨とそばの店です」と答える。それもなんとも心憎い。食事の最初に手打ちのそばが出され、季節の一品料理をはさみながら、鴨刺し、そして鴨焼きを堪能したのちにそばで締めるのがコースの全貌だそうだ。

幅広い経歴を持つ若きシェフ

フレンチから中国料理まで幅広く経験

とはいえ、豊田さんは和食店の出身ではない。「INUA」、「アニュ」などフレンチをベースにした店で研鑽を積んだのち、「桃仙閣」で中国料理のテクニックも学ぶなど、幅広い経験を持つ。鴨に惹かれたのも、修業中に、鴨の生産者や、ハンターの人たちとの出会いがあり、その奥深さに思いを寄せるようになったからだそうだ。

様々な経験がオリジナリティの高い料理を生み出す

さらに、祖父が寿司職人、父がフレンチ、叔父がそばの店を営んでいると、料理一家に生まれ、幼い頃から舌を磨いてきた。遺伝子+経験が、果たしてどんな料理を作らせるのか、楽しみだ。

シンプルで奥深い料理の数々

常陸 秋そば 十割

ai.m0409
出典:ai.m0409さん

まず一口の十割そばでコースは幕を開けるのだが、その理由は、空腹時が一番そばの香りと味がわかるから、と、豊田さん。だからつゆも無く、塩だけで食べさせる。

天ぷら

カフェモカ男
出典:カフェモカ男さん

次に出される2品目は変わり天ぷら。「そばを食べたら天ぷらが食べたくなるでしょう」と茶目っ気たっぷりに笑う。黒舞茸のオマージュなど、だしを含ませた天ぷらが出される。確かに腑に落ちるおいしさだ。

つぶ貝の酢ジュレ 焼き枝豆

写真:お店から

シンプルにお刺身で切り付けし、上には酸味を加えた貝の出汁ジュレをソースとしてかけ、焼き枝豆を添えている。

鴨刺し

誰もが感動するクオリティの鴨刺し

そしていよいよ、鴨刺しの登場である。胸肉を薄いそぎ切りにして供する。「うちの鴨は鮮度には自信があるので、生で出しています。味付けに、紹興酒や濃口醤油などを煮詰めた甘口の醤油を塗っています。鴨には甘みがよく合うんですよ」と豊田さん。

なかなか手に入らないという貴重な合鴨

そのなまめかしい食感と、蠱惑的な味わいに、鴨という素材の可能性を改めて思い知らされた。残念ながら、産地は秘密だそうだが、餌や育て方にこだわった、特別の合鴨であることは間違いない。

 

小松宏子さん

表面を炙って、たたきにした鴨刺しは多いけれど、完全に生というのは少ないですね。まったくくせがないのにも驚きますが、これなら鴨が得意でない人もいけると思います。

花ズッキーニのあおりいかしんじょう 大葉ソース

チーズではなくあおりいかを詰めてさっぱりと

続いて供されたのは、「花ズッキーニのあおりいかしんじょう 大葉ソース」だ。今が旬のズッキーニの花に、ミンチにしたあおりいかをいっぱいに詰めて蒸しあげた一品。がぶりと頬張ると、いかの旨みがあふれんばかりだ。

色鮮やかな大葉のソース

下には、中華の山椒ソースとフレンチにヒントを得た大葉のソースがしかれ、絶妙のアクセントになっている。

 

小松宏子さん

旬のあおりいかがぎっしりつまっていて、食べ応えも満点です。しんじょうというのは、椀だねに使う言葉ですが、まさに、和のメインディッシュの主役となるような贅沢な味わいです。

チキチキボーン

パリパリの皮がご馳走だ

続いて、今や、すっかり人気の定番となった「チキチキボーン(手羽先の北京ダック風)」が出される。桃仙閣で学んだ、ペキンダックの飴がけの手法を、手羽先に応用したもので、外はパリパリ、中はふっくらジューシー、はふはふと、熱々でほどよく甘やかな手羽先をいただくのは、コースの途中のアクセントにもなるし、なじみの味での箸休め的な意味合いもあり、とても楽しい。

 

小松宏子さん

嫌いな人のない味ですね。誰でも上がる、そんなポジティブなおいしさです。またあれが食べたいというお客様の声に応えて定番になったそうです。