〈自然派ワインに恋して〉

シェフの料理とマリアージュするのは、自然派ワイン。そんなレストランが増えている。あの店ではどんなおいしい幸せ体験が待っているのだろう。ワインエキスパートの岡本のぞみさんが、自然派ワインに恋して生まれたお店のストーリーをひもといていく。

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岡本のぞみ

ライター。日本ソムリエ協会認定ワインエキスパート、日本地ビール協会認定ビアテイスター/『東京カレンダー』などのフードメディアで執筆するほか、『東京ワインショップガイド』の運営や『男の隠れ家デジタル』の連載「東京の地ビールで乾杯」を担当。身近な街角にある、食とお酒の楽しさを文章で届けている。

型にはまらない料理には自然派ワインが合う

ビストロニドの外観

料理とワインのペアリングは、二つが一体となって、どれだけ新しい世界を見せてくれるかが魅力になる。「bistro nid(ビストロニド)」のシェフ・黒葛原徹さんが作るのは、フレンチをベースに発酵や和のテイストを加えたフュージョン料理。「自然派ワインを合わせたのは、決まりきったものがないおもしろさがあるから」とその理由を語る。

自然派ワインには、黒ブドウと白ブドウを混ぜた白でも赤でもないワインやオレンジワインがあるように、型にはまらない。自由な発想の二つが出合ったら、どんなおいしさへ導かれるのか、心躍らせずにいられない。

左からソムリエの河合友樹さんとシェフの黒葛原徹さん

シェフの黒葛原さんは「ブノワ」「ルグドゥノム・ブション・リヨネ」などフレンチで修業した経験を持つが、独立後のビストロニドではフュージョン料理を提供している。なぜ?

「特にリヨンの郷土料理店で働いて、リヨン出身のシェフが郷土料理をやるから意味があると痛感しました。自分でやるなら、料理として洗練されたフレンチをベースにしつつも、東京に暮らす自分らしい料理で意味のあるものを作りたいと思いました。料理はジャンルにとらわれなければ、無限の組み合わせがある。それを追求しています」

黒葛原シェフの自分らしさは、和のテイストやサステイナブル。大量廃棄を見てきた経験から、発酵調理や東京近郊の食材を取り入れて料理が作られている。

ビストロニドの2F
店内には至る所にドライフラワーがある

店内は、1Fにカウンター4席と2Fにテーブル席18席がある。外観はモダンな印象だが、内観は築50年以上という年月を感じる木造建築。ドライフラワーが無数に吊り下げられ、乾いた幻想の森に迷い込んだよう。ランチはコース(5品5,500円)のみ、ディナーはコース(7品7,500円)とアラカルトを用意。コースにはペアリング(6杯5,500円〜)を合わせることもできる。

nid流・生ハムメロンを野生味とみずみずしさのある赤ワインで

「藁でいぶした本州鹿の生ハム」(ディナーコースから、アラカルト1,600円)とクロ・マソットのキュヴェM エ・テ・トワ ルージュ2019の組み合わせ

今回は、ディナーコースとアラカルトの両方に共通した料理をいただいた。「藁でいぶした本州鹿の生ハム」は自家製。本州鹿を3日塩漬けして2週間冷蔵庫で熟成させ、藁でいぶしてある。まわりには野山をイメージして、ミモレットチーズやグーズベリー、山ブドウの葉などがきれいに散らしてある。

こちらは生ハムメロンをイメージして、メロンの果肉と発酵トマトウォーターのガスパチョをかけていただく。鹿の生ハムは、塩気のあるなめらかなまぐろのような初めての食感。ガスパチョをかけると、メロンの甘みと酸味がさわやかに利いた味わいになった。

メロンや発酵トマトなどのソースをかけていただく

こちらには、フランス・ルーションのサンソーという品種を使った薄めの色の赤ワインをペアリング。

「自然をイメージした土っぽいニュアンスのある一皿なので、ミネラルの旨みのある赤ワインを持ってきました。サンソーで土っぽい風味を合わせつつ、きれいな果実感が感じられると思います」とソムリエの河合さん。

野生味となめらかなみずみずしさが共存しながら、後味はハムの旨味をワインのハーブっぽい苦みでまとめたペアリング。野山を歩いて、自然の風景の一つひとつと出合うような変化のある組み合わせだった。

鮎のコンフィと夏らしいワインのマリアージュ

「鮎のコンフィ」(ディナーコースから、アラカルト1,400円)とイル・モルテッリートのビアンコ・カライアンク2021を組み合わせ

夏が旬の鮎は12時間かけてコンフィにした後、表面を炭で焼いて提供。パリッとした皮目から香ばしい匂いが漂う。下には米酢と合わせたキヌアを敷いて、鮎寿司をイメージ。鮎のワタなどを使ったソースとふわふわしたピンクの赤紫蘇の泡と一緒にいただく。

骨までやわらかくした鮎は、ワタの苦みや赤紫蘇の梅っぽさが加わり、日本人にはなじみ深い味わいとなる。鮎が縦に置いてあるのは、川を遡上している様子に見立てられているから。皿に風景を入れるのが、黒葛原シェフらしいセンスだ。

鮎のコンフィは、イタリア・シチリア州の白ワインと組み合わせられていた。

「柑橘系の果実酸のあるボディにミネラルやハーブ感も加わったワインを持ってきました。コンフィ(オイル煮)で仕上げてあるので、フレッシュで引き締まりのあるペアリングです」とソムリエの河合さん。ほがらかでクリアな味の白ワインとの組み合わせは、夏らしさを盛り上げてくれた。

肉と赤ワインの新マリアージュは発酵と熟成がカギ

メインディッシュの「黒毛和牛イチボの炭焼き」は、低温調理した後、炭火でグリル。とうもろこしのすり流しと、肉醤と発酵ブルーベリーなどで煮詰めたソースが添えられている。香りづけに、あぶったヒバがのせられて完成だ。

「イチボはフレンチだと、ジュのソース(肉の端材や骨髄で取ったエキスを香味野菜と煮詰めたもの)の濃い味でいただくのが一般的です。でも、日本だとわさび醤油でさっぱり食べますよね。日本人の感覚に合わせて、肉醤などの発酵したソースで合わせています」とシェフの黒葛原さん。

「黒毛和牛イチボの炭焼き」(ディナーコースのメインディッシュを+500円で変更可。写真は2人前、アラカルト4,500円)は、サン・フェレオーロのアウストリ ランゲ・ロッソ2013と組み合わせられていた

ペアリングは、イタリア・ピエモンテ州の9年熟成の赤ワイン。バルベーラとネッビオーロがブレンドされている。

「ほどよくさしが入ったお肉なので、熟成されつつ酸味のある赤ワインで合わせました。熟成して味も香りもこなれ感のある赤ワインは、脂身がある赤身肉と相性が良いですよ」とソムリエの河合さん。

王道の“赤ワインと肉”だが、ボリューム感や脂っこさがなく体にすっとなじむ組み合わせ。赤身肉に肉醤の発酵ソースと熟成ワインは、新時代の赤ワインと肉のマリアージュになりそうな予感がした。

ソムリエ河合さんの「私が恋した自然派ワイン」

ソムリエの河合さんが恋した自然派ワインは、マリア・ボルトロッティのエリージョ・ビアンコ(グラス1,100円、ボトル6,500円)

ソムリエの河合さんの最近で一番お気に入りワインは、マリア・ボルトロッティのエリージョ・ビアンコ。イタリア・エミリア・ロマーニャ州のソーヴィニヨン・ブランを使ったオレンジワインだ。

「オレンジワインですが、フレッシュドライな味わいです。甘みはそんなにありませんが、ソーヴィニヨン・ブランらしい華やかなアロマティックさが広がります。

ワイン単体で飲んでも完成された味なのに、食事と合わせてもちょういいのが魅力ですね。当店では、生春巻きと合わせることが多く、エスニック料理とも好相性。パプリカのチリソースにとてもよく合いますね」

グラスは約10種類、ボトルは約40種類を用意

ビストロニドの自然派ワインは、フランスやイタリアが中心となっている。グラスワインは8〜11種類(900〜1,200円)、ボトルワインは40種類(5,000〜9,000円)が用意されている。ペアリングコースの場合は、自然派ワインになじみがあるかどうかが先に聞かれるため、もし苦手なタイプがあれば、アレンジしてもらえる。

シェフとの会話も刺激的

1Fのキッチンにある大きなテーブルは、作業台とカウンター席が一つになっている。シェフと一体感を持ちながら料理をいただける

ビストロニドの料理はフュージョンでありながら、味わいに奇をてらったところがなく、素直においしかった。風景に見立てられた皿のなかには色々な要素があって、シェフのクリエイティビティを十分に感じた。自然派ワインとの組み合わせには、一体になるだけでない広がりが見えた。変化する味に情景が浮かんだり、これからの新定番になりそうなマリアージュがあったりしておもしろかった。

2Fのテーブル席は落ち着いて食事するのにぴったりだが、少人数での利用なら、1Fもいい。キッチンの正面に席が設けられているのは、シェフがお客様とおしゃべりしたいから。料理と自然派ワインに、シェフとのおしゃべりが加わると、より刺激的になるだろう。五感でクリエイティブな時間を味わってみよう。

※価格はすべて税込

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取材・文:岡本のぞみ 撮影:木村雅章