2022年4月、西荻窪にオープンしたフレンチ「ドゥイエ」。古民家を利用した一軒家のレストランには、自然派ワインになじむやさしい味のフレンチがあった。

〈自然派ワインに恋して〉

シェフの料理とマリアージュするのは、自然派ワイン。そんなレストランが増えている。あの店ではどんなおいしい幸せ体験が待っているのだろう。ワインエキスパートの岡本のぞみさんが、自然派ワインに恋して生まれたお店のストーリーをひもといていく。

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岡本のぞみ

ライター。日本ソムリエ協会認定ワインエキスパート、日本地ビール協会認定ビアテイスター/『東京カレンダー』などのフードメディアで執筆するほか、『東京ワインショップガイド』の運営や『男の隠れ家デジタル』の連載「東京の地ビールで乾杯」を担当。身近な街角にある、食とお酒の楽しさを文章で届けている。

西荻窪駅南口にオープンした期待の新顔「ドゥイエ」

ドゥイエの内観

中央線の西荻窪駅・南口周辺には自然派ワインを出すビストロやイタリアンが軒を連ねている。そんな一軒として新たに加わったのが、今年4月にオープンしたフレンチレストラン「douillet(ドゥイエ)」。

アーチ窓が目印の古民家にある店内は、オフホワイトをベースにした木や石の丸みのある椅子やカウンターが置かれ、温もりが感じられる。「ドゥイエ」は、フランス語で“柔らかい”や“居心地のよい”を表す言葉。「料理や自然派ワインを通して、そんな場所づくりをしたいですね」と、シェフの千葉良太さん。

聞けば「ドゥイエ」の名付け親は、“ぐるぐる”ラベルでおなじみのイタリアのコスタディラ。自然派ワインの生産者と関係が深いとは、ニューオープンながらあなどれない店の予感がする。

西荻窪の人気店のメンバーが立ち上げ

左からオーナーの菊地得郎さん、ソムリエの野原なつみさん、シェフの千葉良太さん

オープンして3ヶ月ほどのドゥイエだが、実は西荻窪に住む人にとっては知られた存在。オーナーの菊地得郎さんは西荻窪でイタリアンと自然派ワインの人気店「CICLO(チクロ)」も運営しているから。オープン前の試作段階では、地元の人たちの意見も取り入れられた。また、海外のワイン産地を訪ねた経験も豊富で、関係が深い生産者も多い。

ソムリエの野原なつみさんもフランス料理店やワインショップを経て、チクロで働いていたメンバー。シェフの千葉さんは都内のフランス料理店数軒で経験を重ね、菊地さんとは飲み仲間だった。

「地元の皆さんがくつろげるのはもちろん、外からわざわざ足を運んでもらえる店にするのが目標です。フランスの田舎町へ小さなレストランを訪れるように、23区の端っこにある西荻窪まで脚を伸ばしてほしいですね」と、意気込みを聞かせてくれた。

ドゥイエの楽しみ方は、17時からのディナータイムと20時からのバータイムの2つがある。ディナータイムは、5皿(5,000円)と7皿(7,000円)のシェフのおまかせコースのみ。それぞれのコースには、4杯(4,000円)と6杯(6,000円)のワインペアリングコースをつけることもできる。

バータイムはワイン1杯から気軽に楽しめて、メニューもアラカルトから選べる。アラカルトは、ワインが進む「パテ・ド・カンパーニュ(1,200円)」や「フレンチフライ(500 円)」などのビストロメニューが中心。ディナータイムよりカジュアルダウンして楽しめる。

シマアジとミュスカデ、夏の爽やかマリアージュ

「縞鯵のクリュ 夏カブのソース」は、ピエール・エ・シャンタル・リウボーのル・ヴォワ イヤージュ・エクストラオルディネール ミュスカデ2019で組み合わせ

シェフのおまかせコースはアミューズのあと、前菜が続く。5皿の場合は2種類、7皿の場合は3種類がつく。この月は「縞鯵のクリュ 夏カブのソース」から始まった。

「フランス料理から外れたくないので、生の魚を使うことは少ないですが、今回はシマアジがおいしすぎて、昆布締めにして仕上げています。夏カブのなめらかなソースとアクセントに使ったフェンネルとスモモの風味も楽しみながら、夏のいろんなおいしさを味わってみてください」とシェフの千葉さん。

ソムリエの野原さんがペアリングしたのは、フランス・ロワール地方のミュスカデ。

「一般に個性の強くないミュスカデですが、こちらは澱に触れさせるシュール・リー製法を長めにされているので、少し旨みがあってシマアジの昆布締めにぴったり。刻んだスモモやフェンネルの香りを爽やかな風味で楽しんでください」

いまが旬のシマアジは脂がのってたっぷりとしている。やさしい味のカブと爽やかなフェンネル、スモモと合わせた一皿を、少しコクを増したフレッシュな白ワインでいただく夏らしい組み合わせだった。

夏野菜とハモの甘い香ばしさを凛と包み込む

「玉蜀黍のブランマンジェ 炙りハモ」は、ドメーヌ・メールランのマコン・ラ・ロッシ ュ・ヴィヌーズ・ブラン 2018を合わせて

「淡白なハモをラケという手法で甘辛く焼いたら、焼きとうもろこしのようになると思い、とうもろこしのブランマンジェの上にのせました。食べ飽きないように枝豆とヤングコーン、ドレッシングであえた水茄子を添えて。食べる場所で味が変わるようにしています」とシェフの千葉さん。

ラケとは、蜂蜜にスパイスを加えたものを塗ってオーブンで焼く手法。今回はガスバーナーで炙って香ばしさをプラス

ワインは、フランス・ブルゴーニュ地方マコンのシャルドネでペアリング。

「しっかり甘いとうもろこしの一皿なので、果実の甘みとやわらかい酸のある白ワインにしました。塩気もあるワインなので、香ばしい炙りとの相性もいいですよ」とソムリエの野原さん。

食欲のない季節でも夏野菜の甘さと爽やかさと合わせて、ハモの香ばしさをいただける一皿。ほどよいボディと塩気のあるミネラル感が利いたワインが好相性だった。

鹿肉から漂う稲藁の香りを引き立てる18年熟成のワイン

「夏鹿のロティ 黒胡椒のソース 稲藁の香り」には、ファビアン・デュヴォーのソーミュー ルシャンピニ2004をペアリング

メインの肉料理は「夏鹿のロティ 黒胡椒のソース 稲藁の香り」。

「夏の鹿は秋冬に比べると、あっさりしているため、稲藁でいぶして野性味のある香りをつけています。骨や筋から出たエキスにたっぷりと黒胡椒を削った、伝統的なポワブラードソースをつけてお召し上がりください」とシェフの千葉さん。

こちらに合わせるのは熟成したロワールのカベルネ・フラン。

「夏鹿には重たい赤ワインではなく、こなれてなめらかになった熟成ワインを選びました。熟成したカベルネ・フランは青くささがおさえられ、稲藁のいぶした香りによく合います」とソムリエの野原さん。

鹿肉はやわらかい肉質がみずみずしく引き出された焼き加減で、稲藁の懐かしい香りがふわりと漂う一皿。タンニンややや青い香りがとけ込んだ、なめらかな赤ワインとの相性は抜群。鹿肉にも万願寺とうがらしにもぴったりだった。ペアリングで熟成した赤ワインが出てくるのは、かなりうれしい。

料理と一緒に自然派ワインの素直なおいしさを感じて

バータイムはワイン一杯から気軽に

この後、5皿のコースには肉料理がもう一皿。7皿のコースはさらに魚料理がつく。デザートは、パイナップルのマリネ、ココナッツアイスなど食後酒に合わせたい一皿が出される。

料理は日本の季節の食材を生かしながら、きっちりとフランス料理の手法やクラシックなソースが使われていた。クラシックなフランス料理にはこだわりがあるものの、どこか軽やかでやさしい雰囲気にするのがシェフの千葉さんの得意とするところ。ソムリエの野原さんはそんな料理になじむとの思いから、自然派ワインを選んだ。

「自然派ワインは、体にすっと入る素直なおいしさがあります。ワインにむずかしさを感じるのではなく、気軽にやさしい料理とあわせて、おいしいと感じてもらえたらと思います」