行きたいのに、まだ行ってないお店、ありますか?
誰でも胸に秘めている「ずっと行きたいと思っているのに、まだ行ってない店」。その理由は千差万別、十人十色に違いない。人は何をきっかけにその店に行きたくなり、けれど行けないままになってしまうのか。それぞれの理由をひも解けば、その人の食への想いやヒストリーがわかるかもしれない。ということで、今回、お話を聞いたのはホフディランの小宮山雄飛さん。
小宮山雄飛(こみやま ゆうひ)
小宮山雄飛さんは、どんな店に行きたくなるのか
数々のメディアで食べ物にまつわる連載をもち、著書も多数。食べログのグルメ著名人としても多くのフォロワーをもち、アーティスト界きっての“食べること好き”としても知られる小宮山さん。東京で育ち、「東京のことならなんでも答えられるようになりたい」という小宮山さんは、当然のことながら美味しい店にも詳しい。
自らの嗅覚とネットワークで得た情報で、新規開拓するのが好きという小宮山さんが、「行きたいのに、まだ行ってない店」があるという。その理由は?そしていつになったら行けるのか。
――まず、小宮山さんの「行きたい店」の基準はなんですか?
小宮山さん(以下、小):“日々”行けるかどうかですね。だから、簡単に言ってしまえば、3万円4万円くらいするようなところだと、“日々”行くところじゃないんで……。
――3万円を払って非日常の体験をすることを楽しむ人もいますよね。
小:それは僕はないんですよね。気に入ったらまた行けるっていう日常感がほしいんです。仕事でフランスとか行っても、ガイドブックに載るような有名店とかに行きたいと思わないんですもん。だったら街角のビストロとかで美味しいお店を探した方が、また行く可能性があるから。
――じゃあ「ずっと行きたいと思ってるのに、まだ行ってない店」ってありますか?それは何か理由があります?
小:行きたいけど行ってない店……。ずばり「肉山」です。
――え!意外ですね。
小:食べ物好きって横のネットワークが強いんですよね。だから「肉山」も当然、初期の段階で「今日登山してきた」っていうSNSの投稿を見たりしていたんです。で、何度かお誘いも受けたんですけどタイミングが合わないことが続いて。すると段々恥ずかしくて行けなくなってくるんですよ。知ってるけど会ってないみたいな感じの、不思議な距離感ができて。肉山さんは何にも考えてないと思うんですけど(笑)。
――タイミングの問題でしょうか。
小:タイミングと少し恥ずかしさが……。「今日初登山してきた」と今更言うのもどうかなってなるし、かといって「行ってない」っていうのも、今みたいに「意外ですね」って反応になるのがどうにも(笑)。行ったとも言えないし、行ってないとも言えないみたいな不思議なグレーゾーンに……。先日も知り合いからお誘いを受けたんですよ。それは「アイドルの子と行く」という話で。それ、きっかけとしてはかなりいいな、と。でも結局行けなくて。
――“アイドルと行く”という口実があって初めてきっかけがつかめるはずだったのに(笑)。
小:そうなんですよ。食べることが好きだと、「人がまだ行ってないところに行きたい」というのってあるじゃないですか。しかも、僕はメディアで連載もしているので、既に知られた店だと、「別に僕が紹介しないでもいいですよね」っていう気になっちゃう。反対に、話題になってるからこそ絶対に行くっていう人もいますよね。ミーハーって意味じゃなくて、「みんなが好きなものを知りたい」という、マーケティング的な視点ていうんですかね。でも僕は、流行ってると行きたくなくなっちゃうというか、まだ知られてないものの方に行きたくなる傾向があるんですよ。お店だけでなく街も、まだ人がそんなに行かなかった頃の新大久保や、立石に通ったり。
――フロンティア精神ですかね。
小:そうなんですよね。例えば映画を観るときもそんな感じで。『君の名は。』なんて、こないだやっと観ましたからね。公開当初の2週間くらいで観なかった段階で、「コレ、今から観てもな」って思っちゃう。だって、いまだに『アバター』も観てないですから、僕。あれも気づいたら“今更”になってた。3年は言えませんでしたよね。「『アバター』観てない」って(笑)。
――肉山もまさにそんな存在なわけですね。今でも「行ってみたい」?「行っとかなきゃな」っていう気持ちが残っていますか?
小:「行ってみたい」っていうのはね、ありますね。でもなんかこう、変な言い方ですけど、もう自慢はできないじゃないですか。「登山したよ」って(笑)。
――今そういう状態にあるお店は「肉山」だけですか?
小:あとは「味坊」ですね。味坊も、食いしん坊の知り合い達が「行った行った、味坊」ってSNSで報告していて、しかもやっぱりその頃に誘われてるんですよ。その時に行けなかったという負い目も含んで「今更味坊行ったって言えないしなあ」っていう気分に。だから今から行くなら「無理やり連れてかれた」とか、なんか理由がないと。
――なるほど(笑)。いわゆる“食通”と言われるために行っておかなければいけないと思ってる店とかはありますか?
小:そうですね……。誰とは言えないんですけど、やっぱりその、教科書的になってるところに行ってないと「えー!」っていう顔する人いるじゃないですか。
――いますよね。フレンチだったらここ、お寿司だったらここ、のような。
小:で、そういう人に限って、僕からすると「え、これ行ってないの?」って店に行ってないんですよね、意外と。例えば音楽でも「ユーミンのアルバム聞いてないの?」みたいにくるわけですよ。でも、僕からすると「え、ニルヴァーナ、聞いてないんですか?」みたいな(笑)。で、店に関してもその“圧”で来る人いるじゃないですか。
――はい、いますね。
小:うちの父なんかも結構そうなんですよ。例えば本だったら「え、お前あれ知らなきゃダメだよ。池波正太郎読んでないの?」って。でも僕からすると「え、とんかつDJアゲ太郎読んでないの?」みたいな。「全然ダメだよ、アゲ太郎読んでなきゃ」っていう(笑)。
――そういう教科書っぽいお店をきちんと押さえているようなタイプの人が言ってるお店は、アンテナに引っかかって来ないんですね。
小:そう。でも、肉山が面白いのは本当にその住み分け関係なく、ボーダーレスにみんなが行ってるところですね。「あ、ここの人も行ってるんだ」って。僕と同じような食の好みではない人も、肉山や味坊はみんな行ってます。
食のフロンティア精神はいかに育まれたのか
――なのにまだ行ってない、と。先ほどフロンティア精神という話が出ましたが、どういう基準で開拓していくんですか?
小:僕はね、その町でなんか食べたいんです。例えば下北に行ったらそこで「どんな店が流行ってるのかな」とか「ここ行きたいな」という風に町ごとで覚えたい。例えば大阪から来た友人に「今日赤坂泊まるんだけど何か美味しいお店ない?」って聞かれたときに答えられないと嫌なんですよね。シェフの系統といった話は全然知らなくて、純粋に町で、「明日荻窪行くけど、どっか美味しいカレー屋ない?」とか、なんか聞かれたときに答えたいっていう。
――町ごとに答えることの方がむしろ難しいですよね。この町を知りたいと思う基準のようなものはあるんですか?
小:東京の全駅を語りたいんです。要はアド街の山田五郎さんみたいにならないと嫌なんですよね。「今日は門前仲町です」となったときに語れないと。
――その町を見る際に、ポイントというか、例えば一見だったりそれほど土地勘がない町で、いいお店を探し当てるのって結構難しいのでは?
小:ああでもね、それは食べログですよ。本当に。食べログ以前はね、都市伝説みたいな噂が面白かったんですよ。例えば「ラーメン二郎」は「なんか変な店があるらしい」「マシマシとかなんとかかんとかっていうのがあるらしい」っていう噂がくるんですね。
――20年以上前ですね。
小:あと亜細亜大の近くの「珍々亭」とか。亜細亜大に行った友達から「油そば知ってる?スープないそばあるんだよ」という話を聞くわけですよ。「なんだそれは?」と思って行ってみたりね。当時は学生同士でそういう情報交換があったんですよ。早稲田に行ってるやつが「高田馬場辺りになんかすげーカレー屋があるよ」と言って「夢民」を教えてくれたりとか。
――食べ物好きのキャリアはだいぶ長いですよね。そのきっかけはなんだったんですか?
小:父の影響です。本当に食べることが好きで、未だにそうですね。小さいときから酒の席に同席させられたりね。寿司屋や蕎麦屋に連れて行かれて「こうやって食うんだぞ」という流儀みたいなことを教えられたり。教えんのが好きだったんじゃないですかね。お蕎麦は最初にこうやって、締めにこう天抜きを食べるんだぞ、というふうに。
――当たり前のように今の小宮山さんの食のスタイルができあがったわけですね。
小:でもそれが元だからね。割と偏ってますね。さっき言ったように流行りものにもなかなか行けないし。どっちかというと保守派ですね、意外と。うちの父は、終戦間もない世代なんで、ちょうど洋食とかいろんなもの入ってきた時に、それこそうちの父が大学生の頃で、その当時六本木に、ピザのあの店はなんだったっけ……?
――ニコラス?
小:そう。ニコラスができて、うちの母をデートに連れて行って、「これが今一番かっこいいんだ」とかね。もうなくなっちゃいましたけど、「ハンバーガーイン」ってハンバーガー屋に連れて行ったり。で、その後、僕が生まれてからは今度は子どもに教えるのが好きになって。そんなふうに習ってるから意外と古いんですよ、考え方が。
――ではニコラスとかも連れて行ってもらったり……。
小:そう。「ここのこれを食べろ」と教えられることは多かったですね。
――英才教育ですね。小宮山さんは、いろんなジャンルをマニアックに深堀されますよね。カレーならカレーみたいな。その傾向はいつ頃からですか?
小:ラーメンブームがね、あったわけですよ。大学生か卒業直後のあたりに、ラーメン王の石神さんとかが出てきて。で、あそこから一気にコアなものが流行りましたよね。まだ僕が高校生ぐらいまでは、美味しいものってイコール高級で銀座みたいな。で、それまでは本当に好きな人しか行かないような、いわゆるB級とかマニアックなものとかが、どんどんどんどん出てきたんですよ。僕はそこでハマったんじゃないですかね。
小宮山さんが思う、これからの良い店
――当時はGoogleのような検索サイトも登場してないですし、情報収集の仕方も今と全然違いますよね。
小:今は、知らない店って、食べログがあるおかげで、まあ“ない”じゃないですか。地方のものすごいディープな店でも、食べログに載ってたりする。で、そのなかで「こんなすごいメガ盛りがあるぞ」とか、今はまだ言い合ってはいるけど、これからはそこから一周して、真っ当なお店をちゃんとみんな評価する時代が来るんじゃないかと思ってるんですよ。カレーは今、特にその段階に来ていて、ちょっと前までは大阪のスパイスカレーだとか、スリランカだとか、南インドだとか言ってたんですけど。まだまだ余地はあるんですけど、カレーが本当に好きな人はもうしばらくすると、「やっぱり何十年もやってる『デリー』と『中村屋』はすごいね」とか、「そこは美味しいけれどこれだけの額を取るんだったらこっちの方が頑張ってるね」とか、そういう真っ当な部分を重視することになる気がしてるんです。
――なるほど。一周して。
小:派手なことをしているとか、予約が取れないとか、そういうことではなくて、本当に値段からサービス、味のトータルで「ここがいいね」っていうようなところに。
――「やっぱり、こういう店がいいね」みたいな。
小:なると思いますけどね。ここ数年は予約の取れない3万円のお店みたいなものがもてはやされて、みんな行く。いや、みんなは行かないですけど行ける人は行くじゃないですか。その一方でいわゆるB級とか、ネタも探してる人がいる。そろそろそういうのじゃなくて普通に真っ当な仕事をして、しかも、ちゃんとした年月続けているお店を評価するようになるような気がしますよ。
こないだものすごく久しぶりに「隋園別館」に行ったんですよ。昔はよく家族で行ってたんですけどね。で、行ってみたら、とてつもないことはないんですけど、やっぱり普通に美味いんですよ。「普通に美味い」っていうのがあんまりいい表現じゃないみたいにここんとこなってたんだけど、「普通に美味い」って言うのは意外と一番褒め言葉なんじゃないかという気がしたんですよね。「ここ普通に美味いよね」ってさらっと思うような。